『人の心は読めるか?』「どう読むか」の前に、そもそも「読めるのか?」

峰尾 健一2017年05月20日 印刷向け表示
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人の心は読めるか?──本音と誤解の心理学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
作者:ニコラス・エプリー 翻訳:波多野理彩子
出版社:早川書房
発売日:2017-05-09
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一見、読心術の本のような体裁である。だが、タイトルをよく読むと、人の心を「どう読むか」ではなく、そもそも「読めるのか?」という視点だということに気がつく。

「他人を理解する上で大事なのは、相手の気持ちを推し量る能力の”穴”を把握することだ」。まえがきで著者はそう語る。相手の心を推測するための手がかりを取りにいくのではなく、自らを省みて、誤解を引き起こす落とし穴を探っていく。そんなアプローチで、どんな時に心の読み違いが起きるのか、その背景にはどんな思考のクセがあるのかについて、考えていくのが本書である。

様々な着眼点の中でも特に興味深かったのが、相手が何を考えているか以前に、そもそも心のない存在として扱ってしまう「非人間化」が見られることが少なくないという話。

例に挙げられるのが、シカゴ大学のMBAの学生に対して行われた調査である。自分にとって意味のあることを成し遂げる、新たな経験をするといった、仕事それ自体に備わることからくる「内在的動機」と、給料や福利厚生、ボーナスなど、仕事そのものとは切り離された要素からくる「外在的動機」について、それぞれの動機が自分やクラスメイトにとってどれほど大事なのかを学生たちに尋ねた。

すると、「クラスメイトよりも自分の方が内在的動機を大切にしている」と考える人が多いことが判明した。著者の直球すぎる言い回しをそのまま引けば、「自分は意味のあることを成し遂げたいと思っているが、ほかの人の目的は、もっぱら金」。そんな極端なものではないとしても、似たような目線で他人を見ていたような場面は、誰しも少なからず思い当たるはずだ。

他にも、表に出ている行動だけで相手の心を判断してしまう「対応バイアス」の話や、自己中心的な性格は、自分に対する過大評価だけでなく過少評価にもつながるという実験結果など、様々な例が挙げられる。

少し横道に逸れるが、「ステレオタイプ」について書かれた章に興味深い研究がいくつか載っていたので、触れておきたい。

老化に関するステレオタイプを取り上げた、代表的な研究があるという。この研究では、18歳から39歳までの229人に対して、38年間にわたり追跡調査が行われた。その結果、調査開始時に老化に対して否定的なステレオタイプを持っていた被験者の56%が、心臓発作や脳卒中などの深刻な循環器疾患にかかった一方、肯定的なステレオタイプを持っていた被験者の中で、同様の疾患にかかった人の割合は18%にとどまったのである。

老化以外のステレオタイプについても、研究事例が紹介されている。スタンフォード大学の学生を対象としたある実験では、答案用紙に、名前や年齢に加えて人種を問う質問を入れた場合と入れなかった場合とで、黒人の学生のテストの成績に著しく差が出たそうだ(人種を問われたケースの方が成績が悪かった)。

特定の研究結果をもって、それが他の場合にもすぐ当てはまるとは言い切れない。だが、偏見や誤解というものがいかに私たちの身近にあり、それらは様々な形で我が身に影響を及ぼしうるということについて、できるだけ自覚的でありたいとは思うのだ。

では、人の心をより理解するためにはどうすればいいのだろうか。著者の結論はシンプルだ。それはずばり、「相手に直接聞く」こと。身も蓋もないと思われるかもしれないが、いかに私たちは人の心を読み違えているか、多彩な例を交えて終始たたみ掛けられるため、表情やしぐさから汲みとるとか、相手の立場に立って考えるというような方法は、もはや心もとないものに思えてしまうのだ。さらに言えば、「直接聞く」というのは、普段何かと理由を付けて避けがちなことでもある。

私たちは日々、己の想像力を過信し、相手の心を誤解している。読み違えていることに気がつかないことも多く、仮に気がついたところで、すでに色々と手遅れな場面も少なくない。日々、人々の心の内で、または時に面と向かって飛び交っている「どうしてわかってくれないの?」の応酬。その根底にあるものを、著者は詳らかにしていく。

人の心をどうやって読むのかではなく、そもそも読めるのか。そうした問いの立て方をすることで、私たちの中にある想像力の「死角」が浮き彫りになってくる。「相手に聞けば早い」という結論は元も子もないようにも思えるが、それは決して人の心を想像することが無駄だという意味ではない。

ただ、人と人との間で暗黙の内に設定されている「言わなくてもわかる」や「聞かなくてもわかる」のハードルは、往々にして高すぎるのだ。その現実的なラインとは何なのか、本書は教えてくれる。

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