『平均思考は捨てなさい』 みんなちがって、みんないい

村上 浩2017年06月02日 印刷向け表示
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平均思考は捨てなさい
作者:トッド・ ローズ 翻訳:小坂恵理
出版社:早川書房
発売日:2017-05-24
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2017年5月に経済産業省が若手・次官レポートとして発表した「不安な個人、立ちすくむ国家」は、「結婚して、出産して、添い遂げる」、「正社員になり定年まで勤めあげる」という「昭和の標準的人生」が21世紀には一般的ではなくなったため、この標準に基づいて設計された日本の制度や価値観が現代社会のあちこちに大きなひずみをもたらしているのだとしている。しかしながら、1950年代生まれにおいても定年まで正社員として勤めあげる人は34%に過ぎなかったという。彼らの人生が標準的なのだとすると、過半数のはずの66%の人々が歩んだ人生は例外的なものだったということだろうか。そもそも、一度しかなく、それぞれにバラバラのはずの人生の“標準”とは何を意味するのか。

『平均思考は捨てなさい』は、わたしたちの思考がどれほど平均や標準に縛り付けられているか、そしてその呪縛のためにどれほど多くの可能性が見過ごされてしまっているかを人間の個性、企業による標準化、新たな教育の可能性などの多角的な視点から考える一冊だ。この本は、人生はそのどれもが本質的に個性的であり、「標準的人生」など存在せず、平均的な人生と自らの人生を比べる必要はないのだということを教えてくれる。平均思考から解き放たれ、個性に光が当てられるようになれば、わたしたち一人一人の未来はより明るいものになるだろう。

平均思考はときに、人命に関わる重大な問題をも引き起こす。1940年代の米空軍は、ひどいときには一日に17人ものパイロットが墜落事故に遭うほどの、飛行機制御の不安定さに頭を抱えていた。電気系統やパイロットの飛行技術など様々な要素に疑惑の目が向けられたのち、最終的に原因と考えられたのはコクピットだった。1926年に初めて設計されたコクピットは、その当時の何百人もの男性パイロットの身体データの平均値をもとに規格化されていた。軍の技術者たちは、その後の20数年でパイロットの体が大きくなり、古い基準に基づくコクピットにフィットしなくなったのではないかと考えたのだ。

そこで、1950年に空軍は改めてパイロットの体を計測し、最新のデータを集めることを決めた。このときの空軍が幸運だったのは、このプロジェクトに、ハーバード大学で形質人類学を専攻することで人体が個々人でどれほど大きく異なるかを熟知していた、ダニエルズ中尉が参画していたことだ。ダニエルズは4,063人から得られたデータを基に、身長、胸回りや腕の長さなど10カ所の平均値を割りだした。そして、10項目すべてにおいて平均範囲におさまるパイロットがどれだけいるかを調べて衝撃を受けた。4,063人の内10項目全てが平均内の者はただの一人もおらず、3項目だけに絞っても該当する者はたったの3.5%しかいなかったのである。

平均的なパイロットは、この現実世界のどこにもいない、統計世界のみの存在に過ぎなかったのである。平均的パイロットに適応するように設計されたコクピットは、すべてのパイロットが使いにくいコクピットだったということだ。空軍はダニエルズの提案を受け入れ、コクピットの設計を平均に基づき規格化されたものから、パイロットが個々に調整可能なものへと変更した。そして、飛行技術は格段に向上したという。ダニエルズは1952年の時点で、こう結論している。

平均的な人間に基づいて設計されたシステムは最終的に失敗する

平均という考え方を初めて社会科学に持ち込み、人間にあてはめたのは1796年生まれのベルギー人アドルフ・ケトレーである。彼が生きた19世紀初頭、一流科学者の多くが天文学に夢中になっていた。この時代の課題は、測定者によって天体速度の測定値が異なることであった。そこで、別々に計測された値をまとめて平均値を割り出すことで、測定誤差を最小限にするという方法が考案された。ケトレーは、これをそのまま人間に流用し「個々の人間は誤差を伴うが、平均的な人間は真の人間の象徴だと宣言」することで、多くの知識人から高く称賛され、世間の平均に対する考え方の基礎をつくった。この時代における平均人は、平凡でつまらぬ者ではなく、完璧な人間であると理解されていた。

この平均に対する憧憬を一変させたのは、ケトレーより20年少々遅れてイギリスに生まれたフランシス・ゴルトン。階級社会イギリスの上流階級に生まれたゴルトンは、平均に階層の概念を加えた。ゴルトンは、ケトレーとは異なり、平均からの逸脱を単なるエラーであるとは考えなかった。ゴルトン、平均から上方へ逸脱したものを「有能者」、下方へ逸脱したものを「低能者」としたのである。平均以上であることに価値があるというゴルトンの思想はあまりに広く深く現代社会に浸透しているため、にわかには信じがたいが、平均が意味するところを正常から凡庸へと変化させたのは、「ほぼ100パーセント、ゴルトンひとりの手柄」であるという。

平均や標準化は、人類に大いなる繁栄をもたらしたのだということも忘れてはいけない。標準化による大量生産を謳ったテイラー主義こそが20世紀に前代未聞のスピードで、労働者の賃金を向上させ、消費者に手ごろな価格で便利な製品を提供し、多くの貧困層を救ったのである。著者も、その功績は過去一世紀のどのような経済政策よりも偉大であると認めている。ゴルトンに端を発した平均思考が、20世紀の大量生産・大量消費の時代を通じて、どのように世界中を覆っていったのか、人々の思考をどのように変質したのか、著者は丁寧に分析していく。その過程で、便利なはずの平均や標準化には大きな副作用が伴っていたことが明らかになっていく。

本書では、わたしたちが知らないうちにどっぷりと浸かっている平均思考から抜け出すために取り組むべき具体的な方法も紹介されている。「平均を王座から引きずり下ろす」ためには、一人一人が持つ才能がバラバラであること、個性がどのように形成され、表出するのかを知ることが鍵となる。コストコやモーニングスター・カンパニーなどの、社員の個性に着目した企業の採用・経営方法も興味深い。4番打者ばかりの野球チームがうまくいかないだろうことは誰でも想像できるが、多くの企業がいまだに画一的な指標で社員を評価している。平均思考から抜け出せず、個人の力を十分に活かすことのできない組織は、今後淘汰されていくことだろう。

ハーバード教育大学院で心/脳/教育プログラムを主催する著者は、「高等教育に平均はいらない」とも主張する。著者自身が、高校中退の後、2児の父として家族を養いながらハーバード大学に合格・卒業する過程で得られた経験と多くの研究をもとに、個性を生かすための教育の在り方が議論される。教育界で個性の重要性が叫ばれることは何も目新しいことではない。しかし、ITやWebの発展は理想に過ぎなかったものを現実のものする可能性を秘めている。平均を基準にせず、平均より抜きんでることを目指すことを辞めれば、目の前にはより多様なチャンスが待ち構えている。

誤った情報に基づく誤解が多くある発達障害がどのようなものかを分かりやすく解説してくれる一冊。レビューはこちら。 

格差の世界経済史
作者:グレゴリー・クラーク 翻訳:久保恵美子
出版社:日経BP社
発売日:2015-05-20
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格差がどれほど世代を超えて引き継がれてしまっているか、驚くべき調査方法で明らかにしていく一冊。レビューはこちら

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