二次元世界の住人から、三次元はどう見える?──『フラットランド たくさんの次元のものがたり』

冬木 糸一2017年06月21日 印刷向け表示
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フラットランド たくさんの次元のものがたり (講談社選書メチエ)
作者:エドウィン.アボット・アボット 翻訳:竹内 薫
出版社:講談社
発売日:2017-05-12
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フラットランド。そこは二次元の世界。立体が存在しない、いわば紙の上の世界だ。

そんな世界にも住人は存在する。まず女性は直線で、兵士や下層階級の労働者は二辺の長さが等しい三角形。中産階級は正三角形と、それぞれ形で身分が決定されている──そんな特殊な世界を描きながら、自身の今いる次元の世界から、一つ上、あるいは下の世界がどのように見えるのかを物語として描き出したのが、本書『フラットランド たくさんの次元のものがたり』だ。

原書が出版されたのは1884年のイギリスである。当時は評価されなかったというが、「二次元世界の住人」という架空の視点を導入することで次元の本質をついた内容が、アインシュタインの相対性理論発表以後、再評価された。本書はその日本語新訳版である。百年以上前の本じゃん! と思うかもしれないが、扱うのは次元の話で、何百年経とうがその本質が変わることはない。今読んでも、まるで昨日書かれた本のように新鮮な気持ちで楽しむことが出来るだろう。

数学的な科学読み物としておもしろいのはもちろんのこと、正方形の「わたし」が、次元の異なる世界の住人と出会い、自身がこれまで"この世のすべて"だと思っていた世界が、別の次元からみると僅かな領域に過ぎないちっぽけなものだったのだ──という、"世界認識が根底から覆されていく衝撃"には、純然たるSF作品を読んだ時のような興奮が伴っている。図形は出てくるものの、数式などは出てこないので苦手な人も(子供も)童話のように読むことができるだろう。

フラットランドとはどのような世界なのか?

さて、それではフラットランドとはどのような世界なのか? というところから本書の内容を軽く紹介していこう。形によって階級と性別が決まっていることはすでに書いたが(このキツイ階級制の世界は、本書が書かれた当時の時代性(批評的、あるいは風刺的な観点かどうかは別として)を感じさせる)、当然ながらあらゆる常識が我々の認識する三次元世界とは異なっている。

たとえば、辺の長さは年齢によって異なっており、生まれたばかりの女の子は2.5センチ程度しかない。成人女性になると30センチほど、成人男性はおおむね辺の長さを足したら60センチになる。また、自然法則によって、息子は父親よりも辺が一つ増えるから(母親は直線だから)、辺の数が多ければ多いほど位が高くなるこの社会では、世代を重ねるごとに階級も上がっていく。我々の世界では、子供は親を尊敬するように教えられるが、この世界では子供の方が階級が上がっていくので、最上位を円として、自分よりも息子を、息子よりも孫を尊敬するのである。

他にも、平面でしか他者を認識できないフラットランドの住人が、どのようにしてお互いの階級(何角形なのか)を確認しているのか? というあたりの二次元の世界での物の見方から社会の在り方までを隅々まで考証、構築していく部分にはハードSF的なおもしろさがある。

一次元の世界

そんな奇妙な世界の住人の「わたし」だが、ある時一次元の世界であるラインランドに迷い込んでしまう。ラインランドは一本の直線上から成り立っており、男性は短い線で女性は点だ。この世界では誰もすれ違うことができないし、いったん隣人になったら死ぬまで隣人同士ということになる。結婚はするが、触れ合えないので、声でお互いを認識することしかできない。

二次元世界の住人からすれば、極度に退屈な世界のように思えるが、王様によるとそれでも充分満足して生活しているという。「わたし」はおせっかいながらも、彼らに左と右の概念を教え、この直線の外にはもっと広大な世界が待っていることを伝えようとするが、これは非常に困難な試みである。二次元状の動きはラインランドの人には認識できないのであり、認識できない以上右や左の概念を言われても、ペテンにかけられようとしているとしか思えない。

わたし いかにも。陛下の世界の外へ、陛下の空間の外へです。陛下のいらっしゃる空間は、真の空間ではありません。本当の空間は平面なのです。陛下の空間は単なる線にすぎません。
王様 そなたが左か右へ動いてみせることができんのなら、言葉で説明せよ。
わたし 陛下が右側と左側の区別ができないなら、いかに言葉をつくしても、その意味をはっきり説明するなどかわぬことです。こんな簡単な区別がおわかりにならないはずはないのですが。
王様 そなたの言葉はまったく理解できん。

三次元の世界

一次元世界の住人に二次元の存在を教えようとして失敗した彼のもとに、今度は三次元の世界であるスペースランドからの来訪者が訪れる。来訪者は球体をしており、世界にはフラッドランドの住人が認識していない、「高さ」があるのだと宣言する。そんなことを言われても認識できないので、「わたし」はラインランドの王と同様、その存在を言葉では信じることはできない。

来訪者は、その場で消えたり出現したり(たとえば、紙につけていた指を離し、別の場所に再度置くみたいに)で三次元の実際的な証拠を示すものの、やはりペテンなのではないかという疑念が払拭できず、ついに「わたし」は業を煮やした来訪者によって強制的にスペースランドへと連れて行かれてしまう。その結果として正方形は、今まで自分が暮らしていた世界を上から見下ろすことになるのだが──その衝撃たるや! これまで当たり前だと思っていた世界観はその瞬間いっぺんに塗り替えられ、「わたし」は新しい世界の存在を頭と身体で理解することになる。

おわりに

一次元の世界、二次元の世界、三次元の世界が存在するのであれば、四次元の世界が存在したとしても何もおかしくはない。五次元、六次元の世界も想像することができるはず。世界は広い──それも"次元を遥かに超えて"広いのだということを、本書は二次元世界の住人の"認識変革"を通して追体験させてくれる。そして、それを他者に伝え、納得させることの困難さも。

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