『おどろきの金沢 』伝統工芸と現代アートの狭間で

堀内 勉2017年06月28日 印刷向け表示
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おどろきの金沢 (講談社+α新書)
作者:秋元 雄史
出版社:講談社
発売日:2017-06-21
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本書を読んで、金沢21世紀美術館について長年抱いてきた素朴な疑問が氷解すると同時に、過去10年間にわたり、金沢という場を巡って、伝統工芸と現代アートの世界で稀に見る革新的なことが行われてきたのだというのを初めて知った。

これまでずっと疑問に思っていたのは、「なぜ金沢21世紀美術館が作られたのか?」「金沢の伝統工芸と現代アートの関係はどうなっているのか?」ということである。

考えてみれば、金沢というのは不思議な街である。人口は46万人に過ぎないが、古くから観光都市として栄えており、特に北陸新幹線が開業した2015年3月から8月までの観光客数は、兼六園で前年比142%の167万人、ひがし茶屋街で187%の130万人を記録した。1年間の金沢市全体の観光客数は800万人を超えており、その勢いは今なお止まることを知らない。

そうした中で、2004年に開館した金沢21世紀美術館も、来館者数が同年10月の開館から翌年3月までで68万人、2005年度は130万人を超え、2015年度には237万人に達し、開館以来延べ2045万人(2017年3月末現在)が訪れている。

1350万人(2015年12月現在)の人口を抱え、外国人観光客だけでも年間887万人(2014年度)が訪れる東京都でも、東京都現代美術館で39.5万人、森美術館で84.8万人であることを考えると、桁外れの来館者数である。

こうした金沢の魅力はどこにあるのだろうか。京都や東京と何が違うのだろうか。個人的にも金沢はよく訪れるが、戦災に遭っていないためきれいな街並みが残っており、観光ポイントもコンパクトにまとまっていて、美術館・博物館も充実しているので、何度来ても飽きることがない。特に、その何とも言えず上品で質の高い、街全体の雰囲気が気に入っている。

洗練され過ぎているが故に、どこか取っつきにくい京都の公家文化とも、歴史を顧みずに前へ前へと突き進む東京のアグレッシブな雰囲気とも違う、伝統文化を感じさせてくれる、落ち着いた素敵な雰囲気を持っている。

秋元氏は、金沢の魅力について、東京と対比する形で次のように書いている。

金沢にいると時間は宝だと思う。この感覚は東京では得られない。「いま」にしか興味を示さないまちにはわからないだろう。時間の蓄積はお金では買えない、もっとも大切な財産である。こんな感覚はある歳になるまでわからなかったが、金沢で実感するようになった。それは抽象的な感覚ではなくて、まちや祭事を通して実感され、暮らしのなかで感じるものである。それを歴史というと、とたんに噓っぽくなるが、実際はそういうことなのだ。現代社会はほとんど失っているが、過去からつながる時間軸こそが、私たちをまっとうな生へとつなぎとめる。

それでは、「なぜ金沢21世紀美術館が作られたのか?」「金沢の伝統工芸と現代アートの関係はどうなっているのか?」という、上述の疑問に対して、本書がどのように答えてくれているのかを見てみたい。

先ず、「なぜ金沢21世紀美術館が作られたのか?」という点についてであるが、そもそも、私にはなぜこの古都金沢(金沢市民は「古都」と呼ばれるのを好まないようだが)に、金沢21世紀美術館のようなエッジの効いた、しかも現代アートの美術館ができたのかが不思議でならなかった。

この美術館の立ち上げは、前金沢市長の山出保氏が並々ならぬ情熱をもって推し進めたプロジェクトであるということは知っていた。だが、なぜ歴史ある伝統工芸のまち金沢の市長が、伝統工芸と対極に位置する現代アートの拠点を、それも美術館の建物自体を、現代建築の最先端をいく丸いガラス張りの(秋元氏曰く)UFOのような形で作らせたのか、そこにはどのような経緯があったのだろうか。

山出氏は1931年生まれの85歳。生粋の金沢人で、1990年から2010年まで金沢市長を5期務めた。金沢では「反骨の人」として有名だそうで、2013年には『文化でまちづくり ー 金沢の気骨』という本を出している。

山出氏が考えた美術館のコンセプトが、「買い物かごをさげて来てもらえるくらい、まちに開かれた美術館」である。今でこそ、青森県立美術館、十和田市現代美術館、大分県立美術館などにも見られるように、まちや市民に開かれた美術館という考え方は定着してきたが、同館の開館当時は日本ではほとんど前例がなかった。

山出氏は、「新たなことをしないと、まちづくりや文化は進歩しない」という信念のもと、古い雰囲気のまちの中心地に、あえて現代美術館を建てようと考えたそうだ。既に金沢には、石川県立美術館という古典美術、伝統工芸の作品を所蔵する館があり、市がそれと同じような美術館を作る意味はない。市が建てるなら、もっと市民に近い、買い物帰りの奥さんと子供達が立ち寄って遊ぶような感覚で美術に触れられるくらい庶民的な美術館が良い。だから現代美術館でないと駄目だと考えた。

こうしたコンセプトに沿って、建築空間というハード面が考えられ、更に所蔵品や常設展示、展覧会の企画や展示方法、教育プログラムなどのソフト面が設計されているのが、金沢21世紀美術館なのである。建築ユニットSANAA(注)の設計による建物のハード的なユニークさは一目瞭然だが、後者のソフト面についても、来館者に最も人気があるレアンドロ・エルリッヒの「スイミング・プール」や、ジェームズ・タレルの「ブルー・プラネット・スカイ」などの素晴らしい常設展示に加え、キュレーター陣のレベルの高さを反映した企画展や教育プログラムも非常によく練られている。

(注)金沢21世紀美術館の建築は、妹島和世氏と西沢立衛氏の建築ユニットSANAA(Sejima And Nishizawa Architectural Association)によるもので、このユニットは、同館の建築で第9回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展金獅子賞を受賞している。今ではルーヴル美術館ランス(ルーヴル別館)を始め、欧米で多くの美術館建築を手掛けており、2010年には建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞した。

しかしながら、金沢は市民が一丸となって伝統文化を守ってきたまちである。金沢21世紀美術館の設立を巡っては、市民と山出氏ら開館準備側との間に激しい攻防があったそうだ。反対派の意見は、「伝統のまち金沢で現代美術とはけしからん」「建てるなら工芸や理解しやすい絵画、彫刻中心の美術館がふさわしい」ということだったらしい。

そんな声にもめげず、山出氏は、「県と同じ美術の館を建てるのは、それこそ税金のムダ遣い。建てるなら、世界を相手にした現代美術館だ」と、当初の信念を貫き通した。

それまで美術といえば、器や着物、絵画や彫刻といったモノに集約された表現に慣れ親しんできた金沢の人々にとって、同館が示した現代アートは、宇宙から落ちてきた隕石並みに得体の知れないものであり、それが市民との間に深い溝を作ってしまっていた。

こうしたことから、2007年の金沢21世紀美術館長着任に当たって、秋元氏が山出氏から依頼されたのは、「美術館をもっと市民に浸透させてほしい」「工芸を大切にしてほしい」というミッションだった。

ここで次の疑問点、「金沢の伝統工芸と現代アートとの関係はどうなっているのか?」につながってくる。伝統工芸の息づく金沢に、現代アートを受け入れる余地はあったのだろうか、金沢21世紀美術館に対する反発は、如何にして今のような共存共栄に変わったのだろうか、伝統工芸の職人と現代アートのアーティストとの交流はあるのだろうか。

そもそも、伝統工芸と現代アートは立場を全く異にする創作領域である。前者では、素材や技法を守り、発展・継続させることが何より大切である。制作プロセスが複雑で、各工程に優れた職人がいないと完成しないものもあり、何代にもわたる職人や作家の研究努力の積み重ねの果てに、伝統的な技術や技法が受け継がれている。

一方、後者は、価値観の対立と階級闘争の中で、前の時代を根絶やしにする西洋美術の流れの先にあり、19世紀の社会変革の時代を経て、美術とは作家が持つ見方や考え方の「個の表現」を前提にするものになっている。

従って、この2つの領域は元々立ち位置が異なっており、優劣をつける必要のないものだが、余りにも金沢21世紀美術館が成功した結果、対立の構造が生み出されてしまったのである。

こうした対立を解消するために秋元氏が考えたのが、現代アート的な手法で段階的に「工芸なるもの」を見せていき、最終的には「金沢・世界工芸トリエンナーレ」という現代工芸と現代アートのボーダーをいく、大規模な国際展覧会を開催することだった。

そのために最初に企画したのが、トリエンナーレのプレイベントとしての「自由な工芸 ー 金沢の工芸の現在」展(2009年)だった。美術館が所蔵している金沢ゆかりの工芸のコレクションを展示し、展覧会のコンセプトは現代アート的に「見る側の自由」として、「同じ仕様のガラスの標本箱ひとつにつき1点の作品を入れて、キャリアや年齢に関係なく、展覧会場に等間隔で並べた。人間国宝の伝統的な作品の隣に現代アート系の美大の先生の作品があったり」するもので、工芸作家達の間に激しい論争を巻き起こした。

次が本番の「第1回金沢・世界工芸トリエンナーレ」(2010年)である。これは国内外の工芸を見せる国際的な展覧会で、「工芸的ネットワーキング」というテーマが設定された。

「工芸」とは、器や着物といった出来上がった「かたち」のことではなく、「つくり方」や「材料」こそが最も重要なのだとして、こうした新しい傾向の工芸を「工芸未来派」とネーミングした。工芸未来派は、個を前提にした現代的な表現を特徴として、集団主義に縛られず、修得した技術を基に自分のスタイルでの表現を追求するものである。

2012年には、金沢21世紀美術館の企画展として工芸未来派展を開催し、日本各地から12名の作家を選んで紹介した。 尚、この工芸未来派展は、2015年には現代アートの本場であるニューヨークのアート&デザイン・ミュージアムに巡回するところまで広がった。

工芸未来派については、秋元氏は更に考えを拡張し、その後、50名の作家を紹介した書籍『工芸未来派:アート化する新しい工芸』(2016年)を著してしている。

工芸未来派展以後も工芸界との交流は続き、「第2回金沢・世界工芸トリエンナーレ ー 工芸におけるリージョナルなもの」(2013年)では、更に工芸とは何かを分解し、第1回では東アジアで留めていた範囲を、アメリカやオーストラリアにまで広げ、別の地の工芸の展開を学び、日本の精緻な工芸とは異なるフォークアートの発展型の工芸から、政治的テーマや人道的な立場から制作される工芸や、ローカルとグローバルが出会う場としての工芸ダイナミズムを検証した。

こうして、最初は金沢の工芸というローカルなものから始まった活動の視点は、次第に日本全体へ、東アジアへ、欧米へと、国際的な広がりを見せていったのである。

このように、山出氏が生み出した金沢21世紀美術館という器は、秋元氏という最強の館長兼キュレーターを得たことで、「伝統の金沢」と「現代の金沢」が融合・昇華して、加賀藩の武家文化をベースにした「創造文化都市」として結実していったのである。

秋元氏がよそ者として10年間金沢に住んでみて一番驚いたのが、金沢の人々が「金沢は世界の中心」だと思っていることだそうで、その点について次のように書いている。

彼らには、金沢は日本の地方都市のひとつという意識がない。文化についていうなら、ほかの地方都市だと東京の意向をうかがうことが多いのに、金沢は東京を経由して考えない。金沢とパリ、金沢とトリノなど、ダイレクトに海外の都市と結びつけて考えることができる。金沢は、日本の一都市である前に国際都市だ。そういう認識が金沢の人に浸透しているように感じる。

地方を変革していけるのは、余計なしがらみを持たない「よそ者、若者、ばか者」だと言われる。秋元氏は若者でもばか者でもないが、よそ者として無謀にも飛び込んだ金沢というまちで、悪戦苦闘しながらも最終的に人々の意識を変え、金沢の持つポテンシャルを十二分に引き出すことに成功した。

今は金沢を離れ、東京藝術大学大学美術館館長兼教授としての要職に就いているが、秋元氏には、これからもその独特の愛嬌あるキャラクターとよそ者パワーを存分に発揮して、日本全国を元気にしていって頂きたいと思う。 

工芸未来派―アート化する新しい工芸
作者:秋元 雄史
出版社:六耀社
発売日:2016-01-01
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