すべてが調節されている──『セレンゲティ・ルール――生命はいかに調節されるか』

冬木 糸一2017年07月05日 印刷向け表示
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セレンゲティ・ルール――生命はいかに調節されるか
作者:ショーン・B. キャロル 翻訳:高橋 洋
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2017-06-15
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「果てしなく広がる平原」の意味を持つセレンゲティ国立公園ではキリン、シマウマ、ヌー、ライオン、など様々な動物の群れをみることができる。そして、そこで暮らす動植物たちは普遍的な法則に支配されている。たとえば牛疫が取り除かれヌーの生息数が増加すると、ヌーの主食である草は減少する。そうすると今度は乾季に燃える可燃物が減って火災が減少し、樹木が増加し、それを餌とするキリンが増加。また、ヌーの捕食者であるライオンやハイエナが増殖する。

つまり、ヌーの個体数が増加したというその一点の変動によって、連鎖的に捕食者、樹木、キリンなどなどの他の動植物にまで大きな影響を与え、セレンゲティ国立公園には新たな"均衡"が生まれることになる。本書『セレンゲティ・ルール――生命はいかに調節されるか』は、そうした生態系における個体数の調節機能から、人体および分子レベルでの調節機能まで含めて、『すべてが調節されている』という知識/ルールを解説していく一冊である。

 植物、動物、人体に対する私たちの支配は、現在も急速に進みつつある、分子レベルにおける生命の制御メカニズムの理解に依存する。人の生命に関して私たちが学んだもっとも重要な分子レベルの知識は、「すべてが調節されている」というものである。(……)

「すべてが調節されている」といきなり言われてもついていけないと思うので幾つか本書で述べられていく事例を紹介してみよう。たとえば赤血球、白血球、皮膚細胞など体内に存在するあらゆる細胞型は特定の数だけ生産され、疾病のほとんどは、特定の物質が過剰、あるいは過小に生産される調節機能の異常によって起こることがわかっている。膵臓でインシュリンの生産が落ち込めば糖尿病が発症し、悪玉コレステロールの量が増大すると心臓発作などが生じる。

近年の生物学の知見によれば調節されているのは分子レベルにとどまらない。『生物学の目標は、生命を調節するルールをあらゆるスケールで理解することにある。』というように、生命を調節するルールへの理解も進んでいる。生態系はかつては全てがボトムアップで調節されると信じられていた。たとえば、植物の数が草食動物の数を規定し、草食動物の数が捕食者の数を規定する、というように調節されるのだと。しかしそれでは大地が緑のまま残る理由に説明がつかない(なぜ食い尽くされないのか?)。この疑問については、今では一般的に150キログラム近辺を閾値として、それより小さい動物は捕食者の数によって調節され(植物量によってのみ数が規定されるわけではなく)、それより大きな動物は捕食によっては調節されないことがわかっている。

大きな動物は捕食で減らないのであれば、世の中はゾウだらけになるのでは? と疑問に思うかもしれないが、実際にはそんな景色はみることができないわけで、そこではまた別の調節の力が顔をみせる。たとえば、移動するヌーの群れは個体数が100万頭に近づくと、栄養不足で死亡する成獣の割合が高まることで増加の速度が鈍り、やがて個体数は減り始める。しかし、そうやって一度減った個体数も、次の季節には一頭あたりの食物供給量が増え、個体数は再度の安定することになる──というように、密度依存調節メカニズムが存在することがわかっている。

同様の事象が人体でもみられる。たとえばインシュリンは血糖濃度を低下させる役割があるが、既に血糖濃度が低下していた場合にはインシュリンを分泌する必要が無いので分泌を抑制する。密度依存調節メカニズムとこれはどちらも負のフィードバック調節であり、つまり生態系にも細胞にも共通して備わっているルールであるといえる。『生態系における調節の具体的な手段(捕食、栄養カスケードなど)は、分子レベルにおけるそれとは異なるにしても、いずれのレベルでも負の調節、正の調節、二重否定論理、フィードバック調節が個体数を調節しているのだ。』

こうしてみていくと、「すべてが」とは行き過ぎかもしれないが、確かにこの世界の多くの事象は何らかの均衡に達するように調節されているようだ。本書の凄さは、こうした負のフィードバック調節機能を筆頭とし、我々の細胞や身体が特定の物質の生産を増やしたり減らしたりする方法と、サバンナに生息するゾウの数が増減する理由を、引用部にもあるように正の調節、二重否定論理などの共通のロジックによって分析し、説明してみせるところにある。

何かの役に立つのか。

さて、仮にすべてが調節されているとして、勝手に何もかも調節されるんだったら何も気にせずに調節のメカニズムに適当にまかせておけば均衡に達するんだからそれでよくない? と思うかもしれないが、疾病を例にとるまでもなく調節機構は時としてバランスを崩すことがある。

人間が狩りすぎたり、環境の激変によって生態系の要が一気に消え調節機能が働かなくなることがあるし、糖尿病などの疾患は調節機能の崩壊によって発生する。そして一度調節機構が働かなくなると、元に戻すのが困難だ。たとえば先程ヌーの個体数が増えただけで、捕食者からキリンまでさまざまな動植物が増えた事例を紹介したが、ある動物が極端に減ってしまったからといって、ただそれを人間が育て、再度自然に放流してやれば生息数が元に戻るわけではないからだ。

より大きな話をすると、地球上の生態系、資源そのものが疲弊しつつあるという根本的な状況がある。生態学者が考案した尺度を用いた試算では、食用や家畜のために生産される穀物、放牧、森林の伐採、化石燃料の消費、増えすぎた人類などが地球に要求する需要を地球の総生産能力と比較すると、現在は地球の年間生産能力のおよそ150パーセントを消費しているという(50年前は70パーセント)。完全にオーバーしとるやんけ! つまり我々の生活を支えるためには地球が1.5個必要だということになるが、そんなものは(少なくとも近くには)どこにもない。

おわりに

つまり、我々がそうしたメカニズムをきちんと知ることは、あらゆるレベルにおいて"どのように介入すれば元の均衡状態まで戻せるのか"という知見に繋がることでもある。本書のおもしろさは、そうした実用的な知見に加え、各種調節機構の発見の歴史、まるでピタゴラスイッチのように一つの変化がまた別の変化へところころと繋がっていく、生態系や人体の機能に関する事実などなどを生き生きとして描き出していくところにある。愉しみながら、人体からこの地球に至るまで、あらゆる均衡に思いを馳せることができるだろう。

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