インドア派にこそ読んでほしい『NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる』

峰尾 健一2017年08月13日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方
作者:フローレンス・ウィリアムズ 翻訳:栗木 さつき
出版社:NHK出版
発売日:2017-07-25
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

帰省シーズン真っただ中。慌ただしい日常からしばし遠ざかり、インドア派としてはサイダーでも飲みつつ家でごろごろ。するつもりが、今年はわりと緑豊かな場所まで出かけることにした。まちがいなく本書を読んだせいである。読んでいて、田舎に帰ってきたのに部屋に引きこもっていることが、急にもったいなく思えてしまったのだ。

森や海など自然豊かな環境に行くと、気分が上向き、体調も良くなる。体感的には納得しやすい話だ。では、科学的にはどれほどのことが明らかになっているのだろう? 環境・健康・科学などについての記事を執筆する米国のジャーナリストが、自然と脳、自然と健康に関する研究の専門家たちに話を聞き、文献を読み漁り、時には実験に参加したりしながらそうした内容をまとめたのが本書だ。

自然のなかで過ごすと健康に良いという考えは、心理学の世界で数十年前から認識されてきたという。だがそのような研究は、従来の科学とは異なるソフトサイエンスだと見なされ、長らく目立った進展を見せることはなかった。そんな状況が最近になって変わりつつあるそうだ。

冒頭で取り上げられるのは日本の研究だ。自然と健康の関係、特に森林浴の効果について広く引用されているのが、本書の日本語版解説も手がける千葉大学の宮崎良文教授による研究である。森のなかをゆっくりと散策すると、都会を歩いているときに比べて、従来ストレスホルモンと呼ばれているコルチゾールの値が16%も下がったというものだ。さらに交感神経の活動は4%、血圧は1.9%、心拍数も4%下がったそうだ。

他にも宮崎教授の研究の成果として、「生体調整効果」が挙げられている。15分間、森林中を歩いた前後で血圧の変化を計測したところ、もともと血圧の高い人は低下し、低い人は上昇することがわかったのだ。同じ人が都市部を歩いたり座ったりした場合には、このような効果は認められていない。

周囲の自然環境と、住民の心理面での攻撃性との関係について調べた研究も紹介されている。植生がほとんどない中庭、コンクリートと樹木が混在する中庭、緑が豊かに茂る中庭の3種類の中庭を持つ団地に対する調査だ。98もの棟に対して暴行、殺人、車の窃盗、強盗、放火の発生件数を調べたところ、植生がほとんどない棟に比べて、中等度に草木が見える棟では犯罪発生件数が42%少なく、さらに緑が多い棟との比較では、窃盗の件数が48%、暴力がからむ犯罪の件数が56%少ないという結果が出たのだ。

この調査を行ったイリノイ大学の研究者らは、緑を眺めたことで生じる心の平穏だけでなく、心地よい中庭があることで外に出ることが増えたために住民同士が顔見知りになり、互いの行動に注意を払うようになったと分析している。また、1万世帯以上を対象に実施されたオランダの研究では、同程度の収入の世帯であれば、緑の多い地域に暮らす住人のほうが孤独感を覚えにくいことがわかったという。自然がもたらすものを考える時には、こうした間接的な効果も見逃せない。

自然がリラックスにつながる理由として、フラクタルについて触れられているのも興味深い。ナノ物理学者のリチャード・テイラー氏による視線測定器を用いた実験で、被験者の瞳孔が画像のどのあたりに向けられているかを調べたところ、瞳孔が動くパターンそのものがフラクタルであることがわかったそうだ。自然の中に身を置いていると心地よいのは、神秘的だからというよりも、視覚がスムーズに情報を処理できるからなのかもしれない。こうしたフラクタルのパターンは、ふと見かけた環境のなかに溶け込んで存在するだけでよく、じっと見つめる必要はないというのもまた面白い。

著者は他にも様々なアプローチから、自然とのふれあいが体にもたらす影響について取材を重ねている。PTSDに苦しむ帰還兵を対象にした川下り合宿や、国をあげて緑地の増加を進めてきたシンガポールの取り組み、ADHDの子どもが戸外で過ごすと症状が緩和された研究など、内容は幅広い。

インドア派の都市生活者としては、自然の恩恵を授かる上での最低ラインも知りたいところだ。複数の研究をもとに著者が提示する基準は、1ヶ月に5時間。あくまで研究者が算出した平均値に過ぎず、個人差も当然あるだろう。それを踏まえた上での、月に5時間である。30分を週に2、3回。もしくは月に1度、半日ほど自然の中に。少し頑張れば手が届きそうではないか。べつに激しく運動するわけでもなく、そうした環境に身を置くだけでいいのだから。

本書で書かれる自然のとのふれあいは、決してハードルは高くない。もちろん定期的に大自然に囲まれるのがベストだが、週に一度や二度公園に行ったり、あえて木立の下を歩くようにしたり、樹木や水辺を眺めるようにしたりと、できる範囲で行動を促そうとするスタンスが著者や研究者の面々からは感じられる。そして一部で触れられているが、自然に接しても、変化が表れない人も一定数存在する。だからあくまで自分のスタイルを見つけ、それを大事にしていくことが一番なのだろう。

1ヶ月に5時間、足りているか疑問な人にはぜひ、読みっぱなしで終わらせないことをおすすめしたい。読後には、身近な自然に前よりも気が向くようになる。自宅や職場の周りをあらためて見回すと、意識してなかっただけで、意外とスポットはあるものだ。取り上げられる研究の興味深さはもちろんのこと、やってみようと思わせてくれる敷居の低さも含めて、インドア派や都市で暮らす人には特に薦めたい1冊である。

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら