『大阪ソースダイバー』にソース文化の真髄を学べ! -地ソースから二度漬け禁止まで-

仲野 徹2017年08月14日 印刷向け表示
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大阪ソースダイバー: 下町文化としてのソースを巡る、味と思考の旅。
作者:堀埜浩二
出版社:ブリコルール・パブリッシング
発売日:2017-07-21
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あまり知られていないかもしれないが、大阪人はソース好きだ。東京では中濃ソースが一般的らしいが、大阪の家庭ではとんかつソースとウスターソースが常備されているのが普通である。 

天ぷらにだってウスターソースをかける。少し古い、たぶん10年ほど前のデータだが、野菜と魚の天ぷらソースで食べる人は、関東では1%以下であるのに対して、近畿では45%もいる。アジとかイカとかタマネギの天ぷらは、ソースで食べるのがいっちゃんうまいのだ。だまされたと思って、いっぺんやってみなはれ。。

昭和35年生まれ、わたしとほぼ同世代の『下町のエリート』堀埜のおじきが、『まんぷくライター』曽っちゃんの取材力を巻き添えにして、大阪におけるソースの輝かしき地位と歴史をあますことなく書いたのがこの本だ。

ソースが最も輝いていたのは「昭和のあの頃の下町」である。
下町的には、ソースは最初から「ハイカラでおいしいもの」として普及する運命にあり、ゆえに「なんでもソースをかけることが贅沢」とされる時代があったわけです。 

というのが堀埜のおじきの主張だ。場所は違うが、同じ時代に大阪の下町に育った自分にはよくわかる。おじきは、ソース、コーヒー、コーラ、を3大黒褐色液(ダークリキッド)とまとめて論じていく。 

ダークリキッド、どれも、子どもにとっては必ずしも美味しいものではない。しかし、その3大黒褐色液をマスターすることは、大人になることであり、同時に、ハイカラになれることでもあった。本当にそういう時代があったのだ。ただ、世の中は変わりつつある。天ぷらにソースをかける人の数も減少傾向にあるような気がしないでもない。

大阪には、ソースがなくてはお話にならない食べ物がある。ご存じお好み焼だ。なので、ペーソスあふれる『ソースから眺める、あの頃の下町』と題された序章に次ぐ第一章は、『お好み焼な街を往く』しかありえない。キタ、ミナミといった大阪の繁華街から、今里、布施などという大阪人以外にはどこにあるやらわからん下町、そして、京都・神戸と、14の街の32のお好み焼屋さんが紹介されている。

と~きょ~もんは、だいたいがお好み焼をあまり食べないから、ようわからんやろうけど、お好み焼とひとくくりにされていても、そのメニュー、味や焼き方は店によって大きく違う。紹介されているキタの三店だけをながめても、その違いは歴然だ。

どやっ!美味しそうやろ。ソースのたっぷりかかった美舟のお好み焼き。

美舟』は基本が自分で焼く「自分焼き」のお店だが、小皿もお箸も出さないというのが、その矜持を示している。そうなのである、お好み焼はテコで食らうのが正しいのだ。『きじ本店』は、オーソドックスなお好み焼から「エビポテト」といった創作物、そして独特の作り方をする「もだん焼」(お好み焼にそばをいれたもの)まで多彩なメニュー。そして『がるぼ』には、イカ、路地のソウルフードと言われることもある油かす(牛の腸をじっくりと揚げたもの)、そして牛スジがはいった名物「がるぼ焼」がある、などなど。

もちろん、どのお店でも、こだわりのソースがたっぷりかけられている。読みながら写真を眺めてるだけで、よだれが出てくる。はしたないと思うなかれ、ほとんどの大阪人は同じようなパブロフの犬体験を示すはずだ。

第2章の『ソースメーカーの工場をたずねて』では、大阪ソース界の「元祖的存在」として君臨する『イカリソース』、地ソース界としては大手の『大黒ソース』、そして、小さなメーカーである『ヘルメスソース』、『ヒシウメソース』が紹介される。イカリソースは自動化された近代的な工場だが、ヘルメスソースやヒシウメソースになると、ソースを手でペットボトルに詰めているような小商いの家内工業だ。どうです?ええ感じや、思わはりませんか。
 

利きソースに供されたソースたち。

と~きょ~もんは、そうなのかい、大阪あたりにはたくさんソースメーカーがあるんだね、とか、思うだけかもしれん。が、そんなに冷静にしていられるのはここまでだ。第1章と第2章の間のインターミッションでは『関西地ソースカタログ』として、大阪・京都・神戸・和歌山の、なんと21の地ソースメーカーからの33品が紹介されている。これだけ集めてでも全部を網羅してないというのがすごい。

おじきと曽っちゃん二人の「利きソース」対談もおもろい。うらやましいなぁ、そんな機会めったにないし、呼んでくれたらよかったのに。それぞれの取り寄せ情報の紹介もしてあるけれど、ちっさいメーカーが多いから、「通販での入手方法」に「TEL注文でお取り寄せ可」のところがいっぱいある。この時代になっても、ネット通販などを積極的に展開などしていないのだ。

そして、第3章は、「ソース二度漬け禁止」でおなじみの串カツである。椎名誠のエッセイに『気分はだぼだぼソース』っちゅうのがあったけど、いくらかけたところで、だぼだぼにはなるまい。ほんまにだぼだぼにするには、なんちゅうても、ステンレスの深めのトレーに「どぼ漬け」せんとあかんのです。

串カツは、新世界の食である。

これだけで、ある年齢以上の大阪人には十分意味がわかる。最近はすっかり観光地化した新世界(通天閣の麓あたり)だが、かつては日雇い労働者率の異常に高いところで、普通の市民はあまり近寄らないような場所だった。あとは推して知るべし。

食べ物にしては珍しく、串カツはそのルーツをたどることができ、新世界の『だるま』が誕生の店と確定できるらしい。だから、だるまは『元祖串カツ』を名乗っているのだ。創業は昭和5年で、ちょうどソースが世間に広まりかけたころ。そしていつの間にか、ステンレス容器のソースに「どぼ漬け」するスタイルが確立されていった。

「大阪、ソース」で連想ゲームをしたら、これしかありまっせん!

先に書いたような地域柄、ソースを二度漬けすることに「不衛生である」とは思わない衛生リテラシーの持ち主たちが客であり、だからこそ、わざわざ二度漬け禁止が店側から言い渡され、暗黙のルールとして浸透していった、というのがおじきの説である。

さもありなん。
しかし、あくまでも暗黙のルール、常連客の間で語り継がれていったルールにすぎなかった。それが張り紙として登場するのは、昭和の終わりころかららしい。きっかけになったのは、意外にも女性客の増加であった。おじきによると、日雇い労働者も女性客もパブリックに対するセンスがないために、「言うたらんとわからん人」なのである。

こうした流れを見ると、「二度漬け禁止」の本質には、「パブリックに対してのセンスが欠如した者を、いかにして受け入れるか」との葛藤があったということを、忘れてはなりません。

大阪らしさを描ききったソース社会論、見事すぎる着地である。

この本は、ソースを軸に、食べ物と下町がおりなす「街的」なことが、あの中沢新一の『大阪アースダイバー』が顔色を無くすほどに掘り下げられている。堀埜だけに掘り下げて、って、しょうもないこというてしもた…。しかし、版元のブリコルール・パブリッシングのツイッターによると、中沢さんから「大阪ソースダイバーとても面白く読ませて頂きました。ソースダイバーって良いですね」とのお電話があったらしい。ホンマですか。

関西人以外は、なんなんだよソースの本なんてありえるのかよ、とか思っちゃうかもしれない。でも、そういう人にこそこの本を読んでほしい。間違いなくソースリテラシーが向上する。まぁ、そやからなんぼのもんやねんっちゅうのは大きな問題として残りますけど。

写真はブリコルール・パブリッシング提供

お好み焼となると、この本ははずせません!だんじりエディター、江弘毅の本。
 

いっとかなあかん店 大阪
作者:江弘毅
出版社:140B
発売日:2017-03-07
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おなじく、江弘毅が吠える本。足立真穂のレビューはこちら
 

関東戎夷焼煮袋
作者:町田 康
出版社:幻戯書房
発売日:2017-03-24
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あの町田康が大阪のソウルフードを語り、作る! もちろん、ソースが重要なお好み焼きも、そして、さらにはイカ焼きまで。果たしてこれはフィクションなのか?むっちゃおもろい。 
 

ももクロを聴け! ももいろクローバーZ 全134曲 完全解説
作者:堀埜 浩二
出版社:ブリコルールパブリッシング
発売日:2016-04-07
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堀埜のおじき、ストライクゾーンが広い、というか、訳わかりません…
 

大阪アースダイバー
作者:中沢 新一
出版社:講談社
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ご本家、大阪アースダイバーです。

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