大阪で飲み、食う。『いっとかなあかん店 大阪』

足立 真穂2017年03月13日 印刷向け表示
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いっとかなあかん店 大阪
作者:江弘毅
出版社:140B
発売日:2017-03-07
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お好み焼き、きつねうどん、押し寿司、ホルモン焼き、カレー、玉子トースト、ドーナツ、いか焼き……これは、私のアタマに読後浮かんだ食べたいものリストである。うーん、新幹線に飛び乗りたい。あの「食い倒れ」の街、大阪を知り尽くす著者が、街の人や場を堪能しながら、飲み、食う。さて、いちばんの御馳走はなんでしょう。

著者は、京阪神の街を紹介するあの『Meets Regional』を創刊した江弘毅さんだ。東京でも売っているので雑誌自体をご存じの方も多いだろう。13年間編集長をつとめた後独立し、大阪に本拠地を置く編集集団「140B(イチヨンマルビー)」の取締役兼編集責任者、となって今に至る。

忘れてはいけないのが、プロフィールにのっけからある「1958年岸和田市生まれ。」。『岸和田だんじり祭り だんじり若頭日記』という一冊で、江弘毅という著者名がインプットされたという人が周りに多い。ニュースでよく聞くだんじり祭の、曳行の組のとりまとめ役をしていたという御仁なのだ。ちなみに、祭りの仕組みや逸話がよくわかるこの本もお勧めだが、それはまた別のお話。 

祭りっ子は街の中で、うまいものを飲み食いして育ってきたということなのだろう。と、我ながらざっくりつなげていくが、食、その周りの人、街、道具、と興味の範囲は広がっていったのか、『dancyu』『料理通信』『あまから手帖』など連載も多く、「大阪」「街場」「飲み食い」となると必ずお名前が挙がる方である。

そんな江さんが今までに雑誌で書きとめた、飲み食い日記(と勝手に称する)をまとめたのが本書だ。

全体の構成は、50店舗ほどを「キタ(梅田・北新地・堂島・中之島・福島・天満)」「船場(北浜・肥後橋・靱公園・本町・内本町・南船場)」「ミナミ(鰻谷・心斎橋・道頓堀・難波・千日前・黒門市場)」「その他」に分けて丹念に紹介し、「絶対に再現不可能なBarの話」「うまい鮨、とはなんだろう」「ザ・大阪のうまいもん実況中継(焼肉、てっちり、串カツ、うどんすき、お好み焼き)」「なぜ、焼肉といえば大阪なのか?」の各項目で、うまそうなものやら店やら人を、数で言えば総勢61店舗におよんで、ひたすら語っていく。

61店舗に関する江さんの紹介の仕方は、店を情報として扱う、グルメ雑誌のそれとは違う。実際に自分が店に通い、話し、仲間と出会い、時間を過ごしてきた体験で語られていくのだ。それは「おいしい街、うまい通り」なる6つのコラムで補完されており、イラストの助けも得て、読者が食べ歩く際の導線にもなっていく。

そして今、私は「ミナミ」で、大阪飲み食い旅の導線を私なりに描いている。大阪の町ごとの性格は、秀吉の大阪城築城や江戸時代の、碁盤の目状の町割りで決まったそうだ。なんば界隈の「ミナミ」は、「同じミナミでも南部の難波千日前あたりと一番北にあたる鰻谷とでは、街としての手触りがまったく違う」という。

私の妄想旅の導線の中心は、お好み焼きの『キャベツプラザ育』だが、この店についてなんぞ、お好み焼きの前に店の立地の話がある。位置は「ミナミ」のど真ん中、旧町名は「畳屋町」、今の住居表示は東心斎橋1丁目――まず大阪のなかでの位置づけ、そこから入るのだ。

『キャベツプラザ育』のお好み焼き(右)と『布施風月』の「風月玉」(左・帯の写真)

ちなみに『育』は、ど真ん中の歓楽街のまたど真ん中にあり、高級クラブやラウンジが犇めくバブル期の開店だったそうで、不動産業者が場所探しに大活躍。その上開店後に営業時間のアドバイスまでしたというからおもしろい。お好み焼きと関係ないといえばないのだが、細い路地にあるお店の立地がミソなのだろう。そんな人間関係やら地縁を知って来店すると、味も違ってくるというもの。

そもそも「キャベツプラザ」なる名前からして、店の意気込みがひしひしと既に伝わってきている。私は次回の来阪時には、ここにまず行きたい。

とはいえ、東京もんや、大阪以外の人は、新大阪駅や大阪駅を利用することが多いので、梅田から始めるほうがいいかもしれない。本書でいうなら、「キタ」の「新梅田食堂街」から。JR大阪駅や阪急梅田駅の高架下なので、出張の帰りはここにちゃっと立ち寄って新幹線乗車、ってなことで出張を幸せに締めくくりたい。

「新梅田食堂街」の『大阪一とり平本店』にて。

そうそう、東京もんの私でも行ったことのある店が出ていた。「バー・ヘミングウェイ」だ。
だいぶ前になるが、出張で何度か先輩に連れて行ってもらったのである。心斎橋の駅から歩いたような気がするし、「ヘミングウェイ」の名前を冠するとは趣味がいいと店の人に先輩がエラそうに言った覚えもあるし、店でエラく楽しかったので上機嫌でホテルに戻った記憶もあるし、なのだけれども、気持ちよく酔っぱらったのか店の記憶はあまりない(笑)。ただ、「楽しかったいい店」として私の脳裏には名前が残っていた。

『バー・ヘミングウェイ』の松野さんのベネンシアール(グラスに注ぐ技)。

でも、それでいいのかなと思う。料理や店内の写真が満載で嬉しいものの、この本の凄みは、その店で江さんが長年通って過ごしたであろう時間、つまりお客が過ごしたおいしい時間や関係性の濃度、それに尽きる気がするのだ。

なお、掲載されたほとんどの写真は、著者が客として来店した際に撮影したものだそうだ。どこか温かみがあるのはそのせいだろう。そして、カバーや文中にあるイラストは、先日亡くなられた長友啓典さんによるもの。本を楽しく読んで描かれたであろう空気が、イラストからにじみ出てくるのである。

(写真:著者提供)

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