『時代劇の「嘘」と「演出」』クリエイターと 歴史家、「時代」をめぐるせめぎ合い

麻木 久仁子2017年08月24日 印刷向け表示
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時代劇の「嘘」と「演出」 (歴史新書)
作者:安田 清人
出版社:洋泉社
発売日:2017-08-03
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「なんておもしろいの!」
この本を読んでいると、ページをめくるたびにこの一言が口をついて出る。

戦国時代を専門とする著名な学者・小和田哲男氏が時代考証にあたった大河ドラマ『江〜姫たちの戦国』で、こんなことがあったそうだ。浅井長政の小谷城が織田信長に攻め落とされる場面。

最近の研究では、小谷城は実際には燃えていなかったことが判明している。小和田は炎上シーンは描かないように要請した。しかし番組スタッフは、城が燃えていないと、落城が一目でわからないから、少しだけ火をつけさせてほしいという。小和田はしかたなく「少しだけですよ」と念を押したが、放送を見ると、城は見事に……

小和田教授は「小谷城が焼けてないこともしらないのか」という不名誉を被ったというから辛い立場である。

秀吉の「一夜城」といえばドラマには欠かせない名場面である。ところがなんと。この「一夜城」の存在は、現在の研究では全面的に否定されているという! そんなものはなかったのだ! ところが大河ドラマ『秀吉』第6回のサブタイトルは「墨俣一夜城」。スタッフはやる気満々だ。さあどうする。いまさら脚本全面書き直しはできない。てか、墨俣一夜城なしの秀吉なんて。「うーーーーーむ」と悩んで、せめて「がっつり城」ではなく、柵や楼が立つ簡単な砦っぽくしてねということで解決。それにしても、一夜城は無かったのかあ。

ドラマばかりではない。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』でも描かれた名場面。龍馬がまだ千葉道場で学んでいた時、剣客が一堂に会して腕を競う剣術大会で、連戦連勝なのが木戸孝允、そのすさまじさをみて立合いを躊躇する武市半平太を尻目に、平然と木戸と立ち合って、激戦の末第殊勲をあげた龍馬の凄みある場面であり、史実として描かれていたのだが、これも実は当日、龍馬も木戸も、武市も、だれも江戸にはいなかったことが後日わかったそうで。もとになった資料が偽書だったというからこれはちょっと気の毒かも。

こうしたエピソードが本書でふんだんに読める。映画で、ドラマで、マンガで、小説で。少しでも面白いものをと意気込む製作者と、少しでも正確にと頑張る時代考証とが押し引きしながら、しかし良いものを作りたいという思いはひとつと落とし所を探っていく様はとても面白い。作品によってもどこに重きを置くかは違うわけで、それぞれの作品ごとに勘所も違ってくるのは当然だろう。

時代考証とひとことで言っても、史実との整合性を問うという「大枠の時代考証」と、「それらしさ」を下支えする「枝葉の時代考証」という二つの種別があると言えるのではないか

どこでどんな「嘘」をつき、どこで「リアル」にこだわるか。「クリエイターと歴史家のせめぎ合い」という章では『るろうに剣心』の大友啓史監督と時代考証の大石学教授のエピソードが紹介されている。

第1作の冒頭に登場する新撰組の隊士たちは、鉄砲を携えた鉄砲隊として描かれている。これは、新撰組は「ラストサムライ」ではなく、「ファーストミリタリー」すなわち「近代軍のハシリ」だったという大石の「新撰組観」を反映したものだ

大友監督は〜(中略)〜薩長の一部の英雄ではなく、名もない庶民によって新たな時代が開かれたという歴史観を『るろ剣』に盛り込んだとも語った。大石は考証スタッフの指摘が「採用」されないことは「残念」だと語りつつ、それは映像作品を作るうえで「ありうべき選択」だと理解を示した

本書のタイトルには「嘘」とあるが、この本は「嘘」を楽しむための読者や視聴者側の「心得」の本なのだとわかってくる。そして「演出」とは緻密な史料解析や、細部にわたるその時代の人々の暮らしや習俗を、どう折り合いをつけて読者や視聴者にカタルシス持ってもらうかの、思想や知見や技をさすのだろう。

「新撰組」「太平記」「篤姫」等々。なつかし時代劇なら「鬼平」「鞍馬天狗」「子連れ狼」…。若い人にも人気を博した「JIN-仁-」「陰陽師」。そのほか数多くのドラマや映画が俎上に載せられ、時代考証を担った学者や製作者、それぞれの立場の苦労や思いを浮かび上がらせている。作り手と受け手の双方を、温かく育てる、稀有な本なのである。

ところで、後半、時代劇と特撮ヒーローものや戦隊ものとの関係を考察した章は、目から鱗だった。ゴレンジャーが一人ずつ名乗りをあげ、最後に一斉に手のひらを前に向けて「5人揃ってゴレンジャー」と叫ぶ決めゼリフが、実は「白浪五人男」からの引用だったとは。

そしてまた『忍者部隊月光』がアメリカ陸軍部隊の活躍を描く『コンバット』の日本版というコンセプトだったとは。あるいは『赤影』と『仮面ライダー』の意外な関係って?

というわけで、とにかく盛りだくさん。かならずや見たことのある作品が登場して、「ああそうだったのか!」と膝を打つであろうと同時に、いまだ未見の作品を見たくてたまらなくなる一冊だ。

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