『経営の針路』日本企業の経営は、世界からどのように乖離してきたか?

堀内 勉2017年09月28日 印刷向け表示
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経営の針路―――世界の転換期で日本企業はどこを目指すか
作者:平野 正雄
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2017-07-06
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本書は、マッキンゼーの日本支社長からカーライル・ジャパンの共同代表を経て、現在、早稲田大学ビジネススクールの教授を務める平野正雄氏の最新刊である。

平野氏がコンサルタントとプライベートエクイティファンド経営者としての経験を通じて学んだ、過去30年の間に日本企業の経営が世界からどう乖離してきたかという歴史と今後の処方箋が丁寧且つ論理的に語られている。

本書のポイントを短くまとめると、今、企業経営における世界の最前線は、日本人がステレオタイプに抱きがちな「株主価値至上主義」の先を行っており、資本市場と企業との関係について言えば、最早、経営の規律の拠り所を株主価値には求めておらず、自らのビジョンと理念に基づいた経営で業績を高め、新たな価値観を提示することで人材を引きつける、次の段階に移行しているということである。

日本ではいまだに多くの企業で「いい会社(good company)であり続けること」が目標にされているのに対して、グーグル、フェイスブック、アマゾン、テスラ、アリババなどの新興企業はもちろん、GEやジョンソン&ジョンソンなどの伝統企業も含めて、今やグローバル企業が目指すのは、"great"か"beyond great"かという比較であり、いずれも「実現したい世界」とか「世界を変える」という明確なビジョンを掲げている。

株主との関係で言えば、例えばグーグルやフェイスブックは、一般株主の議決権を制限することで資本市場からの介入を遮断した経営をしており、アマゾンも短期的な利益確保よりも長期的な事業の成長とイノベーションの実現を優先している。それは、たとえ短期的な収益に繋がらなくても、社会をより良い方向に変えるような巨大なイノベーションに注力したいからである。

にも関わらず、これらの企業の株価が高いのは、その成長性と経営手腕が評価されているからであり、最早、形式的なガバナンスや経営者の報酬インセンティブなどは株主の重要な関心事ではなくなっている。経営者は株主の期待を遥かに超えたところを目指しており、配当もせず、議決権も渡さず、自分達はもっと先の未来を見ているんだというスタンスである。

戦後の日本企業の特徴は、「供給力最大化」の経営にあった。戦前は株主の権利が強く、利益重視の経営が主流であったが、第二次世界大戦中の国家総動員体制下における生産機関という役割を与えられ、企業の株主の権利は厳しく制限された。供給力を最大化するために、利益を求める株主の影響力を遮断し、労働力を囲い込み、技術開発優先の体質を作り上げる必要があったからである。

この体質は終戦後もアメリカの占領政策によって維持され、日本の企業は、国や冷戦体制下の米国のニーズに応えるため、供給力を最大化することで成長するという特殊な発展を遂げてきた。
同じ資金調達であっても、投資家から調達するエクイティ(資本)と金融機関から借り入れをするデット(負債)とではお金の性格が異なり、前者を意識した積極的な経営スタイルをエクイティ文化、後者を重視した慎重な経営をデット文化と言うが、日本ではこうした供給体制を維持するために、株主への還元が必要な直接金融(エクィティファイナンス)より、銀行から借り入れる間接金融(デットファイナンス)の方が好都合であったため、デット文化が深く根付いてきたのである。

このような経緯から、日本では利子が払えてデフォルトさえしなければ良いという経営者の意識が強く、「大成功するより潰れないことが大事」といった「企業存続」が経営の目的になってしまい、リスクを取って次の成長を狙いに行こうという意欲が極めて低い。

株主の影響力を排除して長期経営をやってきたと思ったら、却って経営が緩んでしまい、今になって、市場や当局からもっと株主の方を向いた経営をしろと要求されている。これに対して、いまだに日本の経営者には「株主の要求ばかりを意識していると、長期的な成長ができない」といった認識が残っているが、世界の企業は、むしろ株主の影響力を排除してまで、長期視点で果敢なイノベーションに挑んでいるという別のステージにいるのである。

現在、世界では、短期業績志向、頻繁なリストラ、過剰な税回避、経営者の高額報酬など株主価値経営に対する批判が高まっている。英米の企業は過剰な株主価値を追求した挙げ句、自分達の足元の社会を疲弊させ、結果として社会からの信頼を失ってしまった。英国のエコノミスト誌では、企業は社会格差をつくり出すエージェント"agent of inequality"とまで書かれている。

ここまで企業が社会から遊離して、信用を失ってしまっていることを自覚することが自律的な改革の出発点になるはずだが、周回遅れの日本企業はこれから英米型ガバナンスの流儀を追随しようとしているという段階であり、英米の企業と日本企業では、ガバナンスの課題認識において位相が逆転してしまっているのである。

株式会社の原点に立ち返れば、企業に求められるものはシンプルで、事業の成長力と収益力の積極的な追求、それから時間と資本の二つのコスト意識の徹底である。株式会社という制度は、企業という存在が、他では取れないリスクを取って事業を創造し、規律を持った経営を行うために編み出された仕組みであり、人類の最も偉大なイノベーションのひとつなのである。

足元、グローバルに見劣りする利益率や資本の効率性など、日本企業のパフォーマンスが低いことばかりが指摘されているが、本当は、日本企業が単に存続の論理にとらわれていて真に長期志向の戦略的な経営になっていないことや、旧態依然とした組織運営になっていて改革に出遅れていることの方が、より問題視されているのである。

単に表面的な成長にとらわれる余り、日本企業の美徳とされている長期志向経営とは裏腹に、実は意図せざる短期数字志向の経営体質になっているのである。日本企業の経営が強い予算管理志向であるための弊害は顕著で、その結果、日本企業のガバナンスは、経営に甘く現場に厳しいものになっている。あり得ないような東芝の不正会計事件も、予算達成への圧力に現場が屈して、ついに数字操作に手を染めてしまったものなのだろう。

著者によれば、日本企業が人を大切にすると言われるのは大間違いで、人材教育にかける投資額は他の先進国に較べて格段に低く、実際には優秀な人を飼い殺しにしているだけで、社員を採用したら適当にローテーションし、社内の評判とちょっとした業績とを合わせて役員候補にして、最後に慌ててリーダー教育をするという様を見ていると、日本ほど人を大切にしていない経営はないのではないかと言う。

また、日本企業は組織開発への投資もしていない。組織は単なる人を入れる箱で、それを定期的にいじって、こっちの箱の人をこっちに移すとか、二つの箱を一緒にするだけ。組織を革新することで働き方を変え、人事評価の仕方を変えて、企業がどうやって競争力を高めていくのかをリデザインすることが組織改革と経営の根幹だが、日本の企業はその意識が非常に低く、単なる部の統廃合としか考えていない。

現在、企業行動の規範となっているのは、株主価値創造という経済的規範と法令遵守(コンプライアンス)という法的規範の二つだが、世界的に富の格差が広がり資本主義や市場主義の問題が露呈し、同時に巨大企業がグローバル化して超国家的な存在になっている中、これからの企業には倫理的であることが求められている。

倫理的であるというのは数字で測定できないし、ルールを守ってさえいれば良いということでもない。誰かに決めてもらうものでもなく、自分達はこうした理念でこういう価値観なのだと自ら決めるものである。そのためにも、人材教育や組織改革を通して、その理念や価値観、この会社にいる意味は何なのか、自分達は社会に対して何をすべきかということを共有していく組織や経営になっていくべきである。

ガバナンスの本質が、組織内の人々に望ましい判断や行動の規律や規範を与えることだとすると、それを数値管理や規則によって強制するのではなく、規範性のある企業理念や行動基準を掲げて、それを人々に深く共鳴させることによって実現する必要がある。

このようなガバナンスの根底には人への信頼が必要だが、それはいわゆる日本的で家族主義的な分別を欠いた信頼ではなく、多面的でタフな人材評価、多様な教育プログラムの実施を通して選抜育成された人々が獲得する信頼である。

著者の提唱するこうした方向性は、経営者の忠実義務と倫理を強調する東京大学の岩井克人名誉教授や、経営者の良心に基づく企業統治を唱える一橋大学の田中一弘教授の考えとも軌を一にする。

岩井教授は『経済学の宇宙』の中で、近代社会の物質的な基礎には資本主義があるが、その資本主義の中心には会社があり、その会社を実際に動かす経営者は、忠実義務という倫理的義務に縛られるとして、単純な株主主権論の過ちを指摘している。

また、田中教授は『「良心」から企業経営を考える』の中で、今のコーポレートガバナンス改革の議論の根底には、「人間は元来利己的な存在である」という経済学が想定する人間像と経営者に対する性悪説と、経営者の利己心に訴えて賞罰を明確にすることでなすべきことをさせようとするスタンスがあるとして、形式的なガバナンスのあり方に警鐘を鳴らしている。

その上で、本書において著者が提示する結論は、こうした過去の反省を踏まえ、今、日本企業が世界で競争力を回復するために求められるのが、①戦略思考の徹底、②組織革新の断行、③人を中心とする経営の確立という三つであり、日本企業にはまだその力が残されているはずだというのが著者の見立てである。

そして、その中心になるのは、日本企業に固有のソフトキャピタル(ハードキャピタルである金融資本に対する、独自技術やオペレーションのノウハウなどの多様な無形資産の集合である非金融資本のこと)と、日本人のソーシャルキャピタルなのだと言う。

つまり、日本人の調和を重視する価値観、社会への奉仕の精神、高い勤労倫理などのソーシャルキャピタルと、それを体現している日本的経営は、今日の行き過ぎた資本主義や株主価値経営に対して、本来独自の価値を有するものであり、社会との調和や倫理が求められるこれからの企業経営においては、世界から再評価され、弱点を再び強みに転換できる可能性があるというのである。

今、日本企業に必要なのは、経営の規律を正し、組織改革を断行すると同時に、経済合理性一辺倒ではない企業経営、即ち、金銭的報酬だけで動機付けされない労働観を持ち、多くのステークホルダーに配慮した調和のとれた発展を心掛け、顧客や社会の問題に真摯に向き合い、その解決に粘り強く取り組むという奉仕の精神を反映した企業経営を実践することなのである。

日本企業の経営者の方々は、是非、本書を読んで、改めて自社の現状を振り返った上で、企業経営の原点に立ち戻ってもらいたいと思う。   

経済学の宇宙
作者:岩井 克人
出版社:日本経済新聞出版社
発売日:2015-04-25
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「良心」から企業統治を考える
作者:田中 一弘
出版社:東洋経済新報社
発売日:2014-07-25
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