『黙殺 報じられない“無頼系独立候補"たちの戦い』悪戦苦闘の中に見えてくる、選挙制度の問題点

首藤 淳哉2017年11月30日 印刷向け表示
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黙殺 報じられない“無頼系独立候補
作者:畠山 理仁
出版社:集英社
発売日:2017-11-24
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選挙があると思い出す光景がある。ずいぶん前のことだが、番組でお付き合いのあった関係で、ドクター・中松の街頭演説を見に行った。場所は下北沢駅の北口だった。

ジャンピングシューズをはいたドクターが登場するとたちまち人だかりが出来たが、聴衆はビヨ~ンビヨ~ンと跳ねるドクターの動きにつられて顔を上下させるばかりで、せっかくの演説を誰も聴いていないんじゃないかと思った。けれども皆とても楽しそうだった。子どもたちははしゃぎながら一緒に跳ねているし、気がつけばちょっとした祝祭空間のようなものが駅前に出現していた。

選挙には独特の魔力があるという。そこは人間の本性が露わになる場所だ。必死でお願いする候補者に対して、信じていた人が見向きもしてくれなかったり、かと思えば見ず知らずの人が手を差し伸べてくれたりもする。

選挙は祭りであり、候補者にとっては人生の喜びや理不尽さを知る場でもある。だからこそ選挙は、いちど出たらやめられないのだろう。

『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』は、選挙では毎度お馴染みのいわゆる「泡沫候補」たちの戦いを20年間にわたり追い続けたノンフィクションだ。

これがむちゃくちゃ面白い。今年読んだノンフィクションの中でも出色の面白さだ。世間からキワモノ扱いされる泡沫候補を通して見るだけで、まさかこれほどまでにこの国の選挙制度が抱える問題点がクリアに見えてくるとは思わなかった。著者の慧眼と20年にも及ぶ取材を続けた執念に敬意を払いたい。心から広く読まれて欲しいと願う一冊である。

「泡沫候補」とは、「立候補しても、とうてい当選の見込みのない候補者」を意味する。候補者に対してはいささか失礼なニュアンスを含んだ言葉かもしれないが、ある新聞社では内々に「特殊候補」という呼び名が使われているという。新聞社の内部文書によれば、「選挙を売名や営利などに利用したり、自己のマニア的欲求を満足させるために数々の選挙に立候補」する候補者などと位置づけているようだ。ここまで来るとかなりの「上から目線」を感じる。

これに対して、大川興業の大川豊総裁は「インディーズ候補」というカッコいい呼称を使っている。メジャーの対義語としてのインディーズというわけだ。著者はこの呼称に共感しながらも、社会の常識に孤立無援で立ち向かっていく候補者たちに敬意を表して、「無頼系独立候補」と呼んでいる。

本稿ではあえて一般に浸透している「泡沫候補」という言葉を使うが、では主要候補だの泡沫候補だのは誰が決めているのかといえば、これはメディアが決めている。ただし各社で打ち合わせて決めているわけではなく、なんとなくの空気というか、横並びの報じられ方でなし崩しに決まっていくのが現実だ。

ところが選挙戦がスタートして、いっせいにメディアが主要候補の報道へと雪崩を打っても、実は選挙戦で何が起きているかはよくわからない。選挙戦の内側を知りたければ、むしろ泡沫候補たちの現場に立ち会わなければならない。

日本でいちばん有名な泡沫候補といえば、なんといってもマック赤坂だろう。彼は1948年、愛知県名古屋市に生まれ、京都大学を出て伊藤忠商事に入社、そこで出会ったレアアースを扱う会社を48歳で起業し、年商50億を超えることもある会社へと育て上げた経営者でもある。

だが彼のパフォーマンスは、こうしたキャリアからは想像もつかないほど奇抜だ。ピンクのコスチュームに身を包み、工事現場で使われる赤い誘導灯を両の手に、金髪の頭にはフェイクファーでできたモフモフした帽子とヘッドセットのマイクを装着して、音楽にあわせ身をくねらせて踊るのである。

彼の政治信条は「スマイル」。「笑うことで幸せになろう」という「スマイルセラピー」を提唱している。マック氏おすすめの「スマイル体操」では、「10度、20度、30度っ!」と言いながら口角を上げていくのだが、街頭で若い女性にウケると、持っていたバナナを股間にあてがい「10度、20度、30度!」とやらかすなど、しばしば予測のつかない動きをするため注意が必要だ。

マック赤坂の名前が一挙に広まったのは、2012年の東京都知事選挙の政見放送がきっかけだった。NHKにスーパーマンの衣装で乗り込んだのだ。この他にも途中で立ち上がって画面からわざと見切れたり、持ち時間を残していなくなってしまったり、これまでの政見放送のフォーマットをぶち壊すような裏技を次々に繰り出してきた。

だが彼は最初からこのような奇抜なパフォーマンスをやっていたわけではない。出馬してもメディアに取り上げられないため、次第にトンがった演出へと傾いていったのだ。一見、自由すぎる政見放送も、実は綿密に練られたシナリオに基づいているという。常に逆風を強いられる泡沫候補ならではの、試行錯誤の中から生まれた戦い方だったのである。

著者が描く泡沫候補たちの悪戦苦闘ぶりからは、さまざまな現行の選挙制度の問題点が見えてくる。代表的なものを挙げると、たとえば供託金制度がそうだ。

選挙には誰でも出ることができる、と世間では思われている。だが現実的にはこれは誤りだ。日本では「供託金」を払わなければ選挙に立候補することはできない仕組みになっている。供託金は当選するか、有効投票総数の一定の割合を超えないと返還してもらえない。

しかもこの供託金の金額がべらぼうに高い。衆議院や参議院の選挙区、都道府県知事選挙は300万円、政令指定都市の首長選挙でも240万円、国政の比例だと600万もかかる。事実上、「貧乏人は選挙に出るな」という制度になっているのだ。

日本で供託金制度が出来たのは1925年のこと。普通選挙法の制定により、立候補者が増えすぎるのを防ぐために高額な前払い金を課したというのがタテマエの理由だが、その裏には、社会主義者などが国政に進出することを阻む目的があったとする説もある。ほとんど意味のない制度がずるずると続いているだけなのだ。ちなみに世界では供託金制度そのものがない国が大半である。

現在の選挙制度は、普通の人が立候補するにはあまりにハードルが高すぎるものになってしまっている。ではそんな選挙制度のもとで、政治はいまどうなっているか。

時事通信によれば、今年10月に行われた衆議院選挙の当選者のうち、世襲議員は109人で、全当選者の23.4%を占めた。政党別では自民党の90人が最多で、党の31.7%が世襲だという。「家業」として政治家をやっている人間がいまやこれだけいるのである。

生物の世界にとって多様性はとても大切なキーワードだ。著者に導かれて泡沫候補たちの個性的な人生に寄り添ううちに、もしかしたら彼らこそが、政治が本来持っている豊かな可能性を、かろうじて担保してくれている存在なのかもしれないと思えてきた。

日本は民主主義国家である。であるならば、政治は誰にとっても身近で、開かれたものであるべきだ。本書はあなたに、多様な価値観が共存する社会の可能性を考えるきっかけを与えてくれる一冊となるだろう。

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