”意識”を揺さぶる養老孟司の『遺言。』

仲野 徹2017年12月19日 印刷向け表示
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遺言。 (新潮新書)
作者:養老 孟司
出版社:新潮社
発売日:2017-11-16
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「久しぶりに本を書いた」冒頭の文に、いきなり驚愕だ。なんでも、あの超ベストセラー『バカの壁』以来、ずっと「語り下ろし」だったらしい。ちらっと聞いたことはあったが、噂だけではなかったのだ。そして十年以上ぶりで書き下ろされたのが、この『遺言。』である。はたして何が書かれているのか、いやます期待。

「はじめに」で、早くもその意図は明かされる。「いまの時代は、皆さんいろいろおっしゃるけれど、本当は変なんじゃないか」についての本らしい。そのことについて、思うがままに語られていく。遺言というのは、普通、こういうものがあるからこうするように、と指示が書いてあるものだが、養老先生のは違う。「正しいとか、正しくないとか、そんなことは考えていない」とおっしゃるだけあって、思いつかれるがままに、あなた方はどう考えるつもりなのだ、という問いかけが続く。

話題はあちこちに飛びまくるが、全体としては、「感覚(もう少し正確にいうと感覚所与)」と「意識」について、ということである。現代社会では両者が対立してきているように見えるが、それでいいのかという話が、いろいろな角度から語られる。といっても少しわかりにくいかもしれないが、養老先生的には「感覚所与」は「現実」あるいは「事実」であり、「意識」とは「理論」である。なるほど、そういうことですか。ではあるのだが、それを「意識」といわれてもなぁという気がしないでもない。

そういった問題について、生理学や自家薬籠中の解剖学を用いながらの解説が進められていく。とはいうものの、「理論」とおきかえてもいい「意識」ってどういう意味やねん、と、もやもやしながら読んでいくと、中程に「意識はそんなに偉いのか」という章がある。ここで一気に疑問解消か。と喜んだのは早すぎで、読むと余計にわからなくなった。

「意識は秩序活動である」と言われれば、まぁそんなものか、という気がする。しかし、ついで、「意識に科学的定義はない」とか、「要するに寝ていなきゃあ、意識があるとしておこう」と放り出されると、真面目な読者としては路頭に迷うしかない。

「はじめに」に「気に入らない箇所があれば、墨を塗りなさい」と書いてあることだし、ここが墨を手にして消してしまうか、養老節についていくかの分かれ道だ。でも、せっかくここまで来たんだから、後者を選んで、ようわからんが意識は存在するのだ、という心持ちで読むしかあるまい。そして、それが正解。話の進み具合にドライブがかかっていく。

この章あたりまでに書かれていた雑多とも思える内容は、そこからの論を進める手がかりになっていたのである。結論をひとことでまとめるのは、いささか乱暴だし、間違えている可能性もある。しかし、あえておこなうと、人間の脳というのは、意識の働きで、どんどんまとめ上げる方向、同じような方向へと向かいがちである。そして、それは望ましくないのではないか。と、読み取った。

そういった方向性を抑止するため、すなわち、他とは違った感覚所与を保つために、芸術というものが存在する。逆に、デジタル化というのは、意識をさらに昇華させたようなもので、感覚所与を無き物にしてしまう。芸術が滅びることはないが、「意識」がますます優位になっていくだろうし、デジタル化もどんどん進んでいくだろう。

それでいいのか?あなたがたは、そんな生き方が楽しいのか?

という本だと思う。レビューしているのにもっとしっかり明瞭に書かんかい、とお叱りをうけるかもしれない。しかし、その根底にあるという「意識」を真剣に考えろと言われても、先に書いたような意味での意識でしかないのである。それに、この本、論旨が真っ直ぐではない。論旨が通っていないのではない。あれっ、と思わせるような寄り道が多いのだ。

木の根元からてっぺんまで真っ直ぐに登らせてくれるような木登りの案内人ではない。枝があるたびにそれぞれの先まで行って、こんな枝もあるから覚えておけよと、いちいち寄り道しながらてっぺんまでゆるゆると連れて行ってくれるような案内人だ。ある枝が気に入れば、そこでゆっくりすればいい。気に入らなかったら忘れてしまえばいい。そのうえ、下手をすれば、どこかの枝で置いてきぼりを喰らわされかねない。そんな案内人だ。

案内してもらった木のてっぺんから世界を見渡すと、景色がそれまでとは異なって見える。さらには、降りてからその木を見上げるたびに、木の形がすこしずつ違って見えたりして、あの枝での説明はおかしかったのではないかと思えてくる。でも、それがいいのだ。定常性をもった「意識」のあり方こそ、この案内人が最も嫌うことなのだから。

現実の遺言は語りおろすことが可能である。その際、本人のお話を元に、公証人が意思を確認しながらきれいにまとめていく。どう考えても、文字になった遺書よりも語られた肉声の方がはるかにおもしろそうだ。この『遺言。』も、語りおろしでまとめられたものではなく、自らが書かれたままを読ませてもらえる楽しさがある。こんな『遺言。』、どう読もうが読者の勝手である。それこそが養老先生の望んでおられることなのだから。
 

ひとりでは生きられない ある女医の95年 (集英社文庫)
作者:養老 静江
出版社:集英社
発売日:2016-09-16
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養老先生のご母堂の伝記。知らない間にひっそり文庫化されてました。内容は、もう、面白いとかいうレベルじゃない。ぜひ朝ドラにしてほしいとかねがね思っている。 

バカの壁 (新潮新書)
作者:養老 孟司
出版社:新潮社
発売日:2003-04-10
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養老先生といえば、誰が何と言おうがこれしかあるまい。440万部、堂々の日本ベストセラー史上5位の本。

 

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