『北朝鮮 核の資金源』国連制裁の最前線で、何が起きているか?

首藤 淳哉2018年01月15日 印刷向け表示
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北朝鮮 核の資金源:「国連捜査」秘録
作者:古川 勝久
出版社:新潮社
発売日:2017-12-22
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2017年11月29日未明、北朝鮮が発射したミサイルは、日米の防衛当局に衝撃を与えた。なぜならこの時発射された「火星(ファソン)15型」は、アメリカ本土に到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)だったからだ。

ミサイル発射を受け、国連安全保障理事会は12月22日、北朝鮮への新たな経済制裁決議を全会一致で採択した。新たな制裁の柱はガソリンやディーゼル燃料、灯油などの石油精製品の年間供給量の上限をこれまでに比べ9割削減するものだ。

また決議案では、北朝鮮の資金源を断つことを目的に、食品や機械、電気機器、マグネサイトなどの鉱物類、木材などを禁輸対象に加えた。履行されれば、過去の制裁とあわせ、北朝鮮はほぼすべての品目で輸出ができなくなる。そう、ちゃんと履行されさえすれば……。

考えてみれば、おかしな話ではないだろうか?
北朝鮮に対する国連決議は過去1年余りだけでも4回も行われている。
だが、これだけ各国が北朝鮮を非難し、何度も制裁措置を科しているにもかかわらず、なぜ彼らは核兵器やミサイル開発を続けられるのだろうか?

実は制裁決議だけでは事態は好転しない。加盟国がしっかりと履行してはじめて制裁は効力を発揮するのだ。国連で決議されたと聞くと、我々はそれで何か事がすんだかのように錯覚しがちだが、安保理決議はあくまで始まりに過ぎない。

『北朝鮮 核の資金源 「国連捜査」秘録』は、国連制裁の最前線で何が起きているかを当事者が初めて白日の下にさらした貴重な一冊だ。本書を読んで北朝鮮問題についていかに上っ面の知識しか持っていなかったかを痛感した。ここに書かれていることは、日本で暮らすひとりでも多くの人が知っておくべき事実である。

著者は2011年10月から16年4月まで、国連安保理の北朝鮮制裁委員会の専門家パネル委員を務めた。専門家パネルは、国連のどこにも属さない組織である。専門家は事務総長によって任命され、独立した立場から制裁違反事件の捜査を行う。任期は1年ごとに更新され最長5年。メンバーは安保理常任理事国5カ国(米英仏中露)と日韓から各1名、そして開発途上国を代表する1名のあわせて8名で構成される。

本書の中で著者は繰り返し、国連による制裁が力を発揮できないのは、加盟国が制裁を正確に履行していないからだと強調している。国連加盟国には専門家パネルの捜査活動への協力義務があるのだが、残念ながらこれは建前だ。専門家パネルの照会に見るからに消極的な対応しかとらない国もあれば、さも協力的な姿勢をみせながら平気で虚偽の回答を寄越す組織もある。

こうした国や組織はどうやらさまざまなルートで北朝鮮とつながっているらしい。2012年12月に北朝鮮が「銀河3号」ロケットの発射実験を行った際、韓国海軍は黄海上に落下したロケットを回収した。ここから驚くべきことがわかった。

ソ連製や中国製、英国製やアメリカ製など、14種類60点以上の外国製部品が見つかったのだが、ほとんどが安価な量産品だった。北朝鮮は世界中から買い集めた市販品をつなぎあわせ、事実上の長距離弾道ミサイルの打ち上げを成功させたのだ。それらの製品の大半は現在では規制対象となっている。にもかかわらず現在もさまざまな国の製品が北朝鮮へと渡っているのである。

著者の仕事は、具体的な制裁違反行為についてしっかりと裏づけを取り、国連の公式文書である専門化パネルの年次報告書に載せ、悪質な企業を制裁対象に指定するよう、安保理に勧告することだ。

その作業は地味で根気を要する。現地に飛び、足で情報を集め、登記簿を突き合わせては、合法的な装いを施された密輸ルートをあぶりだして行く。世界中にクモの巣のように張り巡らされた犯罪ネットワークを駆使した非合法ビジネスを摘発し、北朝鮮の外貨獲得ルートを潰すことができればいい。だが相手はしたたかな北朝鮮だ。一筋縄ではいかない。それどころか著者の捜査で見えてきたのは、北朝鮮は決して孤立などしていないという事実である。

たとえばそのひとつが台湾だ。台湾が北朝鮮にとって重要な物資調達ルートであるという事実は日本ではほとんど知られていない。「一つの中国」を掲げる中国の強硬な反対によって台湾は国連への加盟を認められていない上に、中国側の圧力で国連は台湾と接触すらできない。そのために台湾は制裁の大きな抜け穴になっているという。国際政治の力学が制裁の場に影を落としている一例だ。

そうした力学は専門家パネルにも及んでいる。安保理で北朝鮮への制裁の旗を振るのは決まってアメリカで、他方、そこに「待った」かけるのは中国やロシアというのがお定まりの構図だが、著者によれば、この安保理内の力学同様、パネル内にも、制裁強化を妨害するための「サボタージュ工作要員」がいるというのだから驚く。たとえば著者の同僚の中国人は人民解放軍からの出向者で、中国企業が制裁違反を犯したら、その事実を徹底して隠蔽しようとするなど、何かにつけ捜査を妨害してきたという。

こうした数々の障壁と著者は粘り強く向き合ってきた。それは山頂に岩を運び上げるたびに空しく転がり落ちてしまうような作業なのだが、著者はあきらめない。時に相手を怒鳴りつけ、時に顔を立てて妥協案を提示する。この強い使命感が本書のまっすぐな背骨になっている。

だが制裁の最前線で奮闘する著者を、まるで背中から撃つかのような事実もある。これまで日本は「安保理決議の完全履行」をたびたび加盟国に呼びかけてきた。ところが日本が北朝鮮の脅威と向き合うための法整備が遅れている国のひとつだと聞けば、誰もが耳を疑うだろう。

たとえば制裁違反の裏づけのために裁判記録を閲覧することすら困難だ。全国の検察をたらい回しにされ、検察官の恣意的な判断で文書を黒塗りにされ、コピーは許されず筆記しろと言われる。筆記した資料が国連で証拠として認められるわけがない。他の国連加盟国に比べ日本の司法分野の情報公開制度は著しく遅れているのだ。

まだある。日本に寄港する怪しい貨物は、貨物検査特別措置法に基づいて検査されるが、この法律で取り締まれる対象は、北朝鮮発か北朝鮮に向けての貨物であることが明白な場合のみだ。禁制品を密輸しようという者が正直にそんなことを明記するわけがない。著者が本書で詳らかにしているように、EUやアジアの国々を複雑に介在させて商品は北朝鮮に運ばれている。著者が日本政府に対して何度も進言したにもかかわらす、いまだこの法律は変わっていないという。

昨年秋の衆議院選挙で、安倍総理は北朝鮮の脅威拡大を「国難」と訴えて勝利した。選挙後、麻生副総理が衆院選の勝利について「明らかに北朝鮮のおかげもある」と発言したのも記憶に新しいところだ。北朝鮮の脅威は事実だし、それを「国難」と表現したってかまわない。だが選挙の煽り文句に使う前に、まず足下でやるべきことがあるのではないだろうか。

先日、著者を番組ゲストとしてお呼びする機会があり、本書がいかに面白かったか、いささか暑苦しいテンションで伝えたところ、「その言葉をあの頃の自分に聞かせてやりたい」と苦笑していたのが印象的だった。「あの頃」というのはもちろん国連制裁の最前線で孤軍奮闘していた頃のことだろう。同僚に事あるごとに捜査を妨害され、本来は力強い味方であるべき母国は国内法の整備もおぼつかないという有様。著者の孤独は想像するに余りある。

だがこれからは違う。本書を読んだ者はもう、威勢のいい言葉や美辞麗句にだまされることはないだろう。本気で「国難」と取り組む覚悟があるのか、これからは私たちが目を光らせる番である。著者の戦いの日々をけっして無駄にしてはならない。

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