『オリバー・ストーン オン プーチン』正義の反対は悪ではなく、また別の誰かの正義であることについて

2018年1月19日 印刷向け表示
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オリバー・ストーン オン プーチン

作者:オリバー ストーン 翻訳:土方 奈美
出版社:文藝春秋
発売日:2018-01-12
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「正義の反対は悪ではなく、また別の誰かの正義である」という言葉があるが、それをまざまざと感じさせるインタビューだ。

日頃のニュース報道をどれだけ注意深く見ていたとしても、プーチンの実像など、なかなか見えてこない。元KGBの工作員であり、独裁者であり、言論の弾圧や人権の侵害でも、よく批判される。だが時に起こす大胆な行動に、世界は度々驚かされてきた。このミステリアスなプーチンの素顔に迫ろうと試みた映画監督ーーそれがオリバー・ストーンである。

作家と編集者、あるいはピッチャーとキャッチャー、力量の釣り合った者同士でないと、1+1を2以上にすることは難しいが、インタビュアーとインタビュイーの関係もまた同様である。オリバー・ストーンは、いわゆる政治と異なる世界の住人であるがゆえの大胆さと、数々の俳優とやりあってきたであろう執拗さで、被写体を丸裸にしようと試みた。

一方受けて立つプーチンも、したたかだ。たとえばアメリカについては、大局を批判しながらも、個人は批判せずといったように、時間・空間のスケールを自由自在に操る。そして自国のセンシティブな話題について聞かれたときは、用意された建前に議論の出発点を線引きし、詰め寄るオリバー・ストーンを、何度もかわし切っていく。

視点をどこにおくか、視野をどれくらいのサイズにするかーーそれはまさに、政治家の頭脳と映画監督のカメラが編集点を巡って、バトルを繰り広げているようだ。だが互いにリスペクトがあるから、これは殴り合いではなくプロレスだ。本書は、そんな二人の言葉の格闘技が、2015年7月から2017年2月までの間、全12回に渡ってテキストとして纏められた一冊である。

プーチンの発言からは、事実が切り取り方でいかようにでも変えられるということが面白いほど伝わってくる。たとえば、ウクライナ情勢について。これも、プーチンに言わせれば「ウクライナで起きたのは、アメリカに支援されたクーデターだ」となる。

まずアメリカが、ロシアとウクライナを分裂させることを目的とし、ウクライナの愛国主義的集団を支持する。それにロシアが対抗措置を取れば、ロシアを悪者にできる。目に見える敵が現れれば、同盟国を引き寄せることができる。そういう方程式なのだという。

そしてこの種の批判は、1年2ヶ月に及ぶインタビューの中で通奏低音のように流れていく。アメリカは病的なほどに、いつもお決まりのやり口で仕掛けてくるというのだ。

残念ながらある国では、自らの敵と思われる勢力と闘うために、極端な思想を持つ集団を支援することが習い性となっている。だがその方法には一つ重大な問題がある。こうした集団の本性を見極めるのは極めて困難なのだ。

そしてロシアが主張する立場は、いつも世界のメディアから無視されると嘆く。誰も耳を傾けないから、邪悪なロシアという論調が出来上がってしまうのだと。

イスラエルのパレスチナ封鎖を批判する人は多い。だがドンバス(東ウクライナ)でも同じことが起きているのに、誰もそれに気が付かないようだ。

コソボでそれ(セルビアからの分離)が認められたのなら、なぜ同じことがロシア、ウクライナ、タタール、クリミアでは認められないんだ?

このようなアメリカ至上主義に傾く世界の論調のおかしさを執拗に突くことで、ロシア流の世界観を描き出す。この発言だけを見るとロシア視線に偏りすぎていると感じる向きもあるかもしれない。もちろん、これをプーチン流のプロパガンダと片付けることは簡単だ。しかし、その背景にあるプーチンのPR戦略に思いを馳せるのもまた一興だろう。

まずプーチンは、自分のメッセージを届けるべき相手の中から「世界の大衆」を切り捨てている。だから、大衆向けの分かりやすく安易な物語を紡ぐ必要はない。ターゲットを世界のエリート層に絞り、彼らに促しているのは視点の変化のみだ。

つまり、我々が無意識に受けっている情報が既にアメリカに偏りすぎたものであるということに気付かせ、現在の「孤立した状態」から「存在感ある第三極」へとポジションを変えたい。この手法は、業界3位の企業が用いるPR戦略にも通じるところがある。限られたリソースの中で、実体以上の存在感を感じさせたい時に、最もコストパフォーマンスが良いのだ。

そんなプーチンのロジックに、ストーンは感情面からも揺さぶりをかけていく。「パレードでゴルバチョフの元へ挨拶に行かなかったのは、なぜか?」「オバマとはお互いに、何と呼び合っているのか?」「エリツィンの酒に付き合うことはあったのか?」「スノーデンの行動は、生理的に受け付けないほど不愉快だったのではないか?」

誰が好きで、誰が嫌いなのか、時に意表を突くようなインタビューの中にも、本音が垣間見えたりして見どころが多い。

本編の最後の方で、印象的なシーンがある。二人で『博士の異常な愛情』を見終え、ストーンがプーチンにDVDのケースを渡した時のこと。プーチンは立ち去りながらDVDケースを開けるが、中には何も入っていない。そこでプーチンが一言「典型的なアメリカの手土産だな!」

こういったやり取りを見ていると、思わずプーチンを好きになってしまいそうになり、何だか困る。しかしなぜ困るのだろうかと改めて考えてみると、そこに一つの真実が隠されているのかもしれない。 

ちなみに本書の模様は2018年3月1日、2日にNHK「BS 世界のドキュメンタリー」で見られるとのこと。どの発言をした時に、どんな表情をしていたのか。行間の情報をもっと知りたくなった人には、必見の番組となることだろう。

※画像提供:文藝春秋

プーチンの世界

作者:フィオナ ヒル 翻訳:濱野 大道
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