『サイバー・エフェクト 子どもがネットに壊される』 訳者あとがき

小林 啓倫2018年04月13日 印刷向け表示
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サイバー・エフェクト 子どもがネットに壊される
作者:メアリー・エイケン 翻訳:小林 啓倫
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2018-04-12
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本書は2016年8月に発行された、The Cyber Effect: A Pioneering Cyberpsychologist Explains How Human Behavior Changes Online(サイバー効果:サイバー心理学のパイオニアによるオンライン上での人間行動の変化に関する解説)の抄訳である。

タイトルにある「サイバー効果」とは、インターネットというサイバー空間が、人間の思考に影響を与えて行動を変化させる現象を指す。その内容は幅広く、原著ではフェティシズム(フェチ)やネット依存、ゲーム依存、ネット恋愛、サイバー心気症(ネット上に過度の健康情報があることで逆に不安を高めてしまう現象)、果てはディープウェブ(通常の検索エンジンからはたどり着けないサイバー空間)における犯罪行為まで、さまざまな事例が紹介されている。

著者は「サイバー心理学者」という肩書を持つ、アイルランド出身のメアリー・エイケン博士。彼女はこの新たに出現した研究領域をけん引する存在であり、本書にも最新の研究成果に加え、自らの研究や体験に基づく解説がふんだんに盛り込まれている。

ただ、原著は、大判400ページの大著(全訳すれば600ページ近くと予想される)であり、前述のように多岐にわたるテーマを扱っている。そこで著者のご厚意により、日本語版においては、1つのテーマに絞って翻訳・再構成することを許可していただいた。それが邦題にもなっている「子どもがネットに壊される」という問題である。

実はこの日本語版の「はじめに」は、原著の初版に収められたものとは異なる。エイケン博士自らが、新たに書き下ろした文章だ。その焦点は、文字どおり「子どもとネットの関係」に当てられている。本書は世界各国で話題となっているが、特に子どもをめぐる事例の中には、親世代にはショッキングなものが含まれている。彼らからの反響が大きかったことで、新たな「はじめに」の中で重点的に扱われることになったのだろう。私自身、中学に通う娘がおり、背筋が凍る思いをしながら翻訳作業を進めた。

とはいえ「壊される」という表現には、いささか過激ではないかと感じられる読者もおられるかもしれない。しかし、本書で取り上げられている事件や出来事からは、まさにそのようなリスクを、インターネットおよびインターネットを利用する環境が、子どもたちに突きつけていることを理解できるだろう。

そのリスクは、子どもがまだ赤ちゃんのときから始まっている。親がネットやスマホに気を取られたり、自身が親からそれをあてがわれたりするなどして、自分の意志とは無関係に「サイバー効果」の標的となるのだ。

エイケン博士はダブリンからゴールウェイに向かう列車の中で見かけた、スマホに気を取られて赤ちゃんのほうを見ようとしない女性、という印象的な光景からスタートし、この問題を解説していく。そして赤ちゃんとアイコンタクトを取ることの重要性や、デジタル端末だけに育児を任せることの危険性、身体を動かし、現実世界の中で体験を積み重ねることの大切さを説く。

日本でもいま、スマートフォンを子育てに使うことに問題はないのかという、「スマホ育児」をめぐる議論が活発になっている。ずっと面倒を見ていなければならない乳幼児の期間、一瞬でも彼らの注意を引き付け、一定の場所につなぎ止めておいてくれるデジタル端末は、親にとって便利な存在だ。私も10年ほど前に育児を経験した身であり、親世代が感じるありがたみは痛いほど理解できる。私の場合は、まだスマホやタブレットが普及する前だったため、こうしたデジタル端末を使うことはなかった。しかし、子ども向けのテレビ番組やビデオなど、たった30分程度、しかもテレビの前という特定の場所であっても、子どもが「おとなしく」見ていてくれるコンテンツに大いに助けられたことを覚えている。

日本ではどの程度、子どもたちがデジタル端末に触れるようになっているのか。2017年、ベネッセ教育総合研究所が「第2回乳幼児の親子のメディア活用調査」を発表している。これは17年3月に、東京・神奈川・千葉・埼玉に住む0歳6カ月~6歳までの乳幼児を持つ母親を対象に行われたものだ。それによれば、スマホを持つ母親の割合は、既に9割以上に達している。そしてスマホに「ほとんど毎日」接する乳幼児の割合は、21.2%であり、前回調査(13年)時の11.6%から、ほぼ倍増の結果となっている。とはいえ、その使用時間について尋ねると、約7割が15分未満と回答しており、まだ「節度ある」利用が行われているようだ。

ただ、何時間までであれば、こうした「子どもたちをおとなしくさせておくための道具(本文中の言葉を使えば『シャラップ・トイ』)」を使うのが「節度ある」と言えるのか、現実世界における長期的な研究が存在しない以上、また人道的な観点からそのような研究(被験者の一方をスマホづけにし、もう一方を完全にデジタル端末から隔離するなど)を行うのが難しい以上、決定的な答えが出るのを期待することは難しい。それはネット依存や過激なコンテンツなど、子どもをめぐる他のサイバー効果についても同様だ。

だからといって、研究者は警鐘を鳴らすのをためらってはならないと、エイケン博士は訴える。技術の進歩はさらにスピードを増しており、研究はますます後れを取るようになっている。しかし現実にネットやデジタル端末から影響を受ける子どもたちがいて、リスクが存在する以上、すべての証拠がそろうまで待っていることはできない。エイケン博士はそう主張し、自らサイバー効果の危険性についてまとめたのである。

そうした態度が科学者として正しいのか、という議論もあるだろう。本文中にもあるとおり、エイケン博士自身、知り合いの研究者からさまざまな批判を浴びたそうだ。しかし本書で紹介されるリスクは、多くの研究による裏付けがあるものばかりで、けっして根拠のないアジテーションではない。つまり、現時点ではっきりしていることをベースに、科学者が普段はしたがらない「人々に警戒を呼びかける」領域にまで踏み込んだのが本書であり、それが本書の最大の魅力となっている。

また彼女は、テクノロジーがもたらす恩恵を全否定しているわけではなく、それが育児や子どもの発育にプラスになる可能性についても認めている。そのうえでテクノロジーの危険性に目を向けることを呼びかける本書は、プラス面ばかりを取り上げがちなインターネット関連の書籍の中で、別の視点を提供して一定のバランスを保つものになるだろう。

ここでエイケン博士の活動について、あらためて紹介しておこう。彼女が専攻したのは司法心理学だが、現在はその肩書に示されているように、「サイバー心理学」を研究テーマとしている。エイケン博士はサイバー心理学を「新しい技術が人間の行動に及ぼす影響の研究」と定義し、携帯電話からサイボーグまで、ありとあらゆるものが研究対象になるとしているが、主に彼女が注目しているのが、本書のテーマでもあるインターネットと人間の関係だ。その研究成果は高く評価され、世界各地の法執行機関への協力に役立てられている。LAPD(ロス市警)に同行して、犯人逮捕の瞬間に立ち会った経験まであるほどだ。そうした実務サイドからの信頼を寄せられていることも、彼女の業績の確かさを裏付けるものだろう。

また、彼女の研究に触発され、テレビドラマまで生まれている。それが米国の人気ドラマシリーズ『CSI:科学捜査班』のスピンオフ、『CSI:サイバー』だ。このシリーズではさまざまサイバー犯罪が取り上げられ、本書にも登場する各種のサイバー効果がストーリーを構成している。主人公の女性捜査官はエイケン博士をモデルにしているそうだが、彼女自身、番組のアドバイザーとして協力しており、サイバー効果への関心を高めることに貢献している

最近ふと、スマホでアルバムを見ていて、なぜ娘が小さかった頃の写真が出てこないのだろうと思うことがある。何のことはない、スマホを本格的に使いだしたのはここ5~6年で、その頃にはもう娘は小学校に通っていたからだ。しかし、スマホがずっとそばにあり、昔から使っていた感覚に陥っている。それほど最近のデジタル端末が、人に違和感を与えず使えるものになっているということなのだろう。

だが実際には、インターネットですら、本格的な普及を始めてからまだ20年ほどしか経っていない。エイケン博士の言う「サイバー効果」が、本当に表面化してくるのはこれからだ。私たちは「昔から同じだったのではないか」という勘違いをすることなく、常に新たな世界に直面していることを意識しながら、その場その場でベストだと思われる判断を下していかなければならない。本書はそのためのアドバイスを与えてくれる、貴重な1冊になるはずだ。

2018年3月

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