『反ワクチン運動の真実 死に至る選択』 訳者あとがき

地人書館2018年05月13日 印刷向け表示
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反ワクチン運動の真実: 死に至る選択
作者:ポール オフィット 翻訳:ナカイ サヤカ
出版社:地人書館
発売日:2018-05-08
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本書『反ワクチン運動の真実』は『代替療法の光と影』に続き、地人書館から出版されるポール・オフィットの2冊目の著書となる。

ポール・オフィットは1951年生まれ、感染症、ワクチン、免疫学、ウイルス学を専門とする小児科医である。ロタワクチンの共同開発者の一人であり、米国屈指の名門小児科病院であるフィラデルフィア小児科病院で長らく感染症部長を務めた後、現在はペンシルバニア大学医学大学院の小児科教授として教鞭をとるほか、フィラデルフィア小児科病院ワクチン教育部長も務めている。

1999年に『予防接種は安全か――両親が知っておきたいワクチンの話』日本評論社(2002)と抗生物質の使い過ぎをやめようと呼びかける親向けの本を出版、その後、本書にも登場するポリオワクチンでポリオに感染した子供が出たカッター事件を扱った、『カッター事件』(未訳)を2005年に執筆出版したのを機に、2017年に出版された『パンドラの実験室』(未訳)に連なる医学科学ノンフィクションの執筆を開始する。今までの7冊の中でもっとも有名なのは本書にも登場するMMRと自閉症をめぐるイギリスの元医師ウェイクフィールドの論文ねつ造事件を扱った『自閉症の偽預言者たち』(2008年 未訳)だろう。

ワクチンの専門家として医療と政府機関の両方に広い人脈を持つオフィットだが、こうした書籍の著者として、またワクチンについての科学的なエビデンスに基づく信頼できる情報発信者として、全国の子を持つ親の間では抜群の知名度を誇る。

反ワクチン運動支持者からは不倶戴天の敵として名指しで非難され続けているオフィットだが、病気や虐待から子どもを守ろうとする親たちの活動には助力を惜しまない気さくな人柄と、たとえ親と対立してでも子供に病苦を味合わせたくないという小児科医らしい熱意に「わがヒーロー」と慕うファンも多い。

本書『Deadly Choices: How the Anti-Vaccine Movement Threatens Us All』は、MMRねつ造事件で社会の注目を集めた反ワクチン運動がいつどこでどのようにして生まれたのかを解き明かし、なぜワクチンを使うことが単なる個人の選択の自由の問題ではなく、社会の構成員全員に関係する問題なのかをわかりやすく説明する本で、『代替療法の光と影』の前に執筆されている。初版は2010年だが、その後、新たな序文を加え、2014年に再版された。出版以来、反ワクチン運動を知るうえでの必読書という評価を受けている。

本書ではまず、「現代反ワクチン運動」を誕生させたとして1970年代に三種混合ワクチン(DTP)をめぐって英国と米国で起きた社会的なパニックと医療訴訟の顛末を詳しく調査し描いている。

「全国放送のテレビ番組が親たちに百日咳ワクチンの危険性を警告し、補償を求める親たちが親の会を結成し、メディアが不当に苦しむ親たちを支援すべく怒りの声を上げ、ワクチンの被害がメリットを上回るのではないかという修復不能な終わることがない疑惑が生まれた」。加えて最初に告発した医師やジャーナリストは親の会のアドバイザーに収まるとまとめられた顛末には既視感を覚える読者も多いのではないだろうか。

結局、「DTPの副作用」は相関と因果を混同した結果で「空想に過ぎなかった」わけだが、当時は医学も未発達の部分が大きく、医療側にも大きな問題があった。ワクチンの安全性は万全ではなく、補償制度も未整備で、医師たちも親の心配に十分に答えようとしていなかった。それどころか、イギリスの家庭医たちはワクチン接種を控えてしまい、その結果襲ってきた百日咳で死亡した子供を隠すようなことまでした。こうしたことを含めて、このパニックで判明した事実は科学的手法の限界と人道的な理想を求める姿勢がもたらした過ちを見せつけている。ワクチンを支持する立場の人には、ぜひこの事件に学んで、勘考の上、反ワクチン運動に対応してほしい。

実はDTP騒動は日本にも及んでいる。日本の予防接種の歴史をたどると、「1975年に三種混合ワクチン接種後に子どもが死亡したことから、接種を一時中止、1976年(昭和51年)に健康被害の法的救済制度が開始される」と記録されているが、日本の場合も英米と同じようにメディアが大きな影響を及ぼしたのだろうかと詳細を知りたくなった。

DTPパニックから20年以上たって1998年に、現在まで強い影響を残しているMMRワクチンスキャンダルが起こる。DTPパニックで生まれた反ワクチン運動は、ここで再び勢いづく。

MMRワクチンスキャンダルは、存在しない病気や副作用がねつ造された、まさにスキャンダルと呼ぶのにふさわしい出来事だ。文中で著者オフィットが「この間に医学は進歩した」と感慨深く述べているように、医学側も法的救済制度も科学的なエビデンスに基づき、冷静に対処することができた。それでもウェイクフィールドの論文取り下げまでには10年近くかかった。いまだに自閉症になる恐怖は親たちの心を苛み、ウェイクフィールドは「反ワクチン運動のヒーロー」「医学と政府に立ち向かい圧力に潰された犠牲者」として反ワクチン支持者に祭り上げられている。この事件が残した傷跡は深い。

この事件について、オフィットは2008年の著書『自閉症の偽預言者たち』で、詳しく取り扱っているので、本書では要点を得たコンパクトな扱いとなっている。

続いて舞台は反種痘運動が始まった19世紀のイギリスに移り、運動が生まれた経過とこの過去の社会運動と現代の反ワクチン運動の類似点を検証していく。学校で歴史のエピソードとして教えられていた印象から、無知で貧しい人々が科学の恩恵を拒否したというように思い込んでいたのだが、リーダーたちの攻撃的なアジテーションと母親たちを巻き込んだ葬式デモが登場するに至って、これが反科学というよりも反政府社会運動であったことに得心した。

社会運動としての反種痘運動は成功した。イギリスの人々はワクチンを打たない自由を手に入れ、ロンドンはヨーロッパにおける天然痘流行の中心地になるのだ。

残念なことにこの教訓は忘れ去られている。一方社会運動の手法と成功の記憶はまるでミームとして受け継がれているようだ。ワクチンを打たない自由によって、防げたはずの病気が再流行して死亡者も出るという展開は再び繰り返されているのに、新たな運動家が次々と現れている。

現在私たちを巻き込んでいる事態とどう対峙すべきかと考えるうちに、オフィットはメディアと政治に加えて、代替医療と宗教に起因する医療ネグレクトの影響の大きさに気が付いていく。ここから『代替療法の光と闇』『良くない信仰』の2冊が生まれ、さらに科学的エビデンスに基づいて活動する人々に投げかけられる「科学とは絶対に良いものなのか?」という問いが人々に悪い結果をもたらした科学的発明を扱った『パンドラの研究室』を産んだことが見てとれる。一度疑問を持ったらどこまでも誠実に調べ上げる研究者魂には、いつもながら感服させられる。

日本版向けまえがきで著者も触れているように、日本は今、子宮頸がんを防ぐためのHPVワクチンをめぐって問題が起きている最中である。本書は「こうだから医療側は正しい」と主張してはいない。なぜエビデンスを踏まえた検証が必要なのか、一番の被害者は誰になるのか、過去のメディアのセンセーショナルな扱いの結果何が起こったのかを学んで、よりよい未来のために生かしてほしい、人々が再び病に苦しむことがないようにしたいと願い、私たちが考えるための材料を提供してくれているのだ。

さらに、インターネット上には本書の主人公の一人であると言ってもよいバーバラ・ロー・フィッシャーの「全米ワクチン情報センター」や、ニセ医療情報を流しつつ自然食品やサプリを売るいくつものウェブサイトからの、政府と科学への不信をあおり、ワクチンの危険性をうたう情報があふれている。こうした情報は英語でもっともらしく書かれているため、海外ニュースとして日本のウエブ上で紹介されているのをみかけることもある。こうした情報を見分けて、不安を減らすためにもぜひ活用してほしい。

こどもたちを挟んで、医師と親たちが静かな戦争をするなど本来あってはならないことなのだ。

ナカイサヤカ

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