『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』 訳者あとがき

早川書房2018年05月18日 印刷向け表示
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花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生
作者:デイヴィッド グラン 翻訳:倉田 真木
出版社:早川書房
発売日:2018-05-17
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本書『花殺し月の殺人──インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』は、2017年にダブルデイ社から刊行された、デイヴィッド・グランの最新ノンフィクション、Killers of the Flower Moon: The Osage Murders and the Birth of the FBI の翻訳である。

2017年4月18日の刊行以来、40週連続で《ニューヨーク・タイムズ》のベストセラーリストにランクインした話題作だ。《タイム》、《ウォール・ストリート・ジャーナル》、《シアトル・タイムズ》、《ブルームバーグ》、《ニューズデー》、《ライブラリー・ジャーナル》、《ペースト・ブック》、《BookBrowse.com》、《Literary Hub》、《カーカス・レビュー》、《スレート・マガジン》、《GQ》、《エンターテインメント・ウィークリー》、《ヴォーグ》、《スミソニアン》、《コスモポリタン》、エンターテインメント・サイトの《ヴァルチャー》、《Amazon.com》、公共ラジオ《NPR》の番組「モーリーン・コリガン」および「オン・ポイント」など、幅広いメディアの2017年ベストブックに選ばれた。全米図書賞のノンフィクション部門で最終候補に選ばれ、エドガー賞としても知られるアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の犯罪実話賞に輝いた。

また、法廷サスペンスの巨匠ジョン・グリシャム(『評決のとき』ほか)、『悪魔と博覧会』の作家 でジャーナリストでもあるエリック・ラーソン、『ミズーラ』や『空へ』のノンフィクション作家ジョン・クラカワー、先住民を祖先にもつ作家で詩人のルイーズ・アードリック(『スピリット島の少女──オジブウェー族の一家の物語』ほか)、華々しい文学賞受賞歴を誇る英国の作家ケイト・アトキンソン(『博物館の裏庭で』ほか)、ジャーナリストでノンフィクション作家のS・C・グウィン(『史上最強のインディアン コマンチ族の興亡』ほか)、ナショナル・ジオグラフィック誌記者を経て『大統領の冒険』で歴史作家の地位を不動のものとしたキャンディス・ミラードら、同時代の作家たちからの評価も高い。2018年4月現在、売り上げ部数は米英合計で約50万部に達している。

本書は、年代ごとに以下の三部から構成される。

クロニクル1(1921〜1925)

1920年代のオクラホマ州の保留地で暮らすオセージ族の人々は、全米屈指の裕福な部族だった。前世紀末に保留地の地下で発見された豊富な石油資源のおかげで、石油を生産するためのリース権やロイヤルティから上がる分配金を受けとるようになっていたのだ。オセージ族の人々は、シャンデリアの輝く豪邸に暮らし、白人や黒人、メキシコ人の使用人を雇い、運転手付きの車に乗るようになった。ほんの一世代前まで、主に移動型の狩猟採集生活を送り、簡素なテロッジント小屋で暮らしていたことを思えば、隔世の感があった。そんな部族の女性モリーは白人男性と恋愛結婚し、子どもにも恵まれ、人もうらやむ充実した日々を送っていた。ところが、五月のある日、姉が行方不明になり、数日後に射殺体となって発見される。同じ頃、別の場所で同じ部族の男性の射殺体が見つかった。この二件の殺人事件を皮切りに、わかっているだけで二四件の殺人が続き、「オセージの恐怖時代」と呼ばれるようになる。

クロニクル2(1925〜1971)

1925年夏、捜査官トム・ホワイトは、首都ワシントンの司法省捜査局(BI)本部に呼び出された。弱冠30歳のフーヴァー局長から指示されたのは、オクラホマのオセージ族保留地で続発している不審死の捜査だった。新任のフーヴァーはこの時期、捜査局の刷新に着手しており、職員に細かい行動指針を守らせていた。捜査官は、大学出で、ダークスーツを着用し、法医学や鑑識技術を踏まえた科学捜査をすることが求められた。そんな局内で、馬にまたがり悪党を追うテキサス・レンジャーから転身したホワイトは、異色の存在だった。悪徳捜査官や無法者が横行する辺境の先住民の事件を捜査するには、ホワイトのような現場経験豊富な捜査官が必要だったのだ。フーヴァーには、捜査局を合衆国全域の捜査権をもつ組織として独立させたいという思惑があった。そのための試金石として、フーヴァーはホワイトに高い要求を突きつける。

クロニクル3(2012〜)

2012年、著者デイヴィッド・グランはオクラホマ州オセージ郡を訪れた。かつて油田労働者でにぎわった街々も、今はゴーストタウンと化している。祭りの会場で、著者はモリー・バークハートの息子「カウボーイ」の娘マージーに会った。彼女によると、すでに他界した父とおばエリザベスは生涯、連続殺人事件の爪痕に悩まされたという。当時、犠牲になったのは、オセージ族だけではなかった。殺害された白人の弁護士W・W・ヴォーンの孫マーサもやはり、祖父の事件の真相がいまだにわからず悩まされていた。そして、事件を調べている著者に、新情報が見つかったら教えてほしいと依頼する。膨大な資料に目を通すうちに、著者は鍵を握ると思われる人物にたどりつく。

圧巻の調査・取材力

それにしても、著者デイヴィッド・グランの調査および取材力には圧倒される。グランは行動する作家である。自ら何度も関係先に足を運び、数年にわたり粘り強く取材を重ねる。前作『ロスト・シティZ』執筆の際にも、妻と当時一歳だった息子を自宅に残し、自らアマゾン奥地に分け入った。本書執筆時にも、「クロニクル3」にあるように、2012年前後から何度もオセージ郡を訪ね、事件関係者の子孫に取材し、個人が所蔵している資料を調べている。それだけでなく、オクラホマ、テキサス、メリーランドなど米国各地の公文書館や博物館、歴史協会などを訪ね、禁帯出文書や非公開資料を丹念に調べている。グラン本人も本書刊行後の取材に対し、この本は「記録文書から誕生した」と述べている。今も解決していない事件のうち、一部の真相への糸口が見つかったのはテキサス州フォートワースにある南西地区資料館だという。何日も通ってBI時代の捜査記録や裁判記録を何箱分も閲覧していたとき、オセージ族連続殺人事件に関して検察側が大陪審で証言した極秘扱いの記録が出てきた。そこから、当時は明らかになっていなかった鍵を握る人物の存在が判明する。文書のみならず、調べ物に出かけた先で思いもかけぬ縁がつながることもあった。ニューヨーク公立図書館では、職員から身内にオセージ族がいると明かされ、事件関係者を紹介される。そこから、何人ものオセージ族の人々と面談し、貴重な情報を聞き、写真や資料を見ることができたという。

本書の舞台は、1920年代のアメリカ中南部の大プレーリー平原だ。そう聞くと、ローラ・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな家』を思い浮かべる方も少なくないだろう。この時代の平原では、白人入植者が進出する一方、オセージ族をはじめとする先住民たちはどんどん生活の場を縮小され、保留地へと追いやられていた。牧畜や農業、鉱業などで一旗揚げようとする白人たちは、大平原に鉄道や銃器、風車や農業などを持ちこんだ。さらに、家畜に食べさせる牧草を確保しようと先住民の命綱であるアメリカバイソンを絶滅状態に追い込んだ。アメリカバイソンを食糧や衣服やテントに利用していた先住民は、飢餓に苛まれた。すると白人は、同化政策として先住民に英語を学ばせ、西洋風の名前を与え、洋服を着せ、強制的に農耕に従事させた。だが、岩だらけの平原という自然条件の厳しい土地で、農耕の経験のない先住民たちが、飢えを満たすだけの食糧を生産することは難しかった。さらに、ヨーロッパから持ちこまれた麻疹や天然痘といった伝染病が広がり、数百万人いた先住民は激減したという。だが、この時代の開拓史は長い間、入植者が苦労の末に先住民と自然を制圧する物語として語り継がれてきた。そんな開拓史の陰で、先住民や自然が犠牲になったという見方はタブー視されていたのだ。だが、1990年代以降、アメリカの教科書も、こうした知られていない歴史の側面にも触れるようになってきた。新フロンティア史観論者は、開拓地を様々な人種や文化が交錯する場として描くようになっている。連続殺人捜査のためオセージ族保留地に乗り込んできたBI捜査官たちは、オセージ族の人々にとっては、いわば”異邦人”であった。捜査官たちにとって、人種も文化も異なる土地での捜査が困難をきわめたことは想像にかたくない。その上、捜査の指揮をとったトム・ホワイトは、フーヴァー局長が規範とする(そして、今やすっかり定着した)ダークスーツ姿の大学出という捜査官像からかけ離れた、カウボーイハットをかぶった現場たたき上げタイプだった。ホワイトはBI内にあっても”異邦人”だったのだ。ホワイトをはじめとする”遊軍”捜査官たちの活躍は、その後のFBIのイメージには合わないとされ、正当な評価をされなかった。その意味でも本書は、これまであまり知られていなかった歴史の側面を世に紹介する使命を担っている。

アメリカ先住民は、21世紀の今もいわれなき差別に苦しんでいるという。たとえば、NFLの名門チーム「ワシントン・レッドスキンズ」は、今もこの名のままだ。「インディアン」という呼称にも、野蛮人という意味合いが込められていた。そのため、1960年代の公民権運動以降、「ネイティブ・アメリカン」と呼ぶことが推奨されている。その一方で近年、ヨーロッパ系の植民者とは区別したいとして、先住民自らが「インディアン」を自称することもある。そうしたデリケートな感情があることを忘れてはならない。なお、本書訳出の際、原文で「インディアン」「レッドスキン」「スクウォー」など差別感情を含む表記を使っている場合、その当時の世界観を表現するため、ほとんどの箇所をあえてそのままカタカナ表記したことをお断りしておく。

本書は、2019年公開予定で映画化も進んでいる。監督はマーティン・スコセッシ、主演レオナルド・ディカプリオ、脚本エリック・ロスという陣容で、1920年代のオクラホマを再現するためにロケもオクラホマで行なうという。関心のある方は、ぜひ映画もご覧いただきたい。

2018年5月 倉田真木

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