『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』15回の面会の記録

東 えりか2018年10月06日 印刷向け表示
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サリン事件死刑囚 中川智正との対話
作者:アンソニー・トゥー
出版社:KADOKAWA
発売日:2018-07-26
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2018年7月6日朝8時、テレビでニュース速報が流れた。

―オウム真理教教祖、麻原彰晃こと松本智津夫の死刑が執行された模様―

のちにこの日に井上嘉浩、早川紀代秀、中川智正、遠藤誠一、土谷正実、新実智光の6人、7月26日に残る6人の死刑が執行されたことが報じられた。地下鉄サリン事件から23年経っていた。

本書の奥付は2018年7月26日。著者と中川智正との約束で、彼の死刑執行後に出版されることが決まっていた。あとは出版されるだけというゲラを持っていた編集者はどんな気持ちだったのだろう。多分、一生心に残る本になったと思う。

読み終わった後、私の口から出てきたのは大きなため息だった。なぜ中川智正は道を誤ってしまったのか。医学部を卒業、医師免許を取ったのちに入信し、教祖の専属医師となり、結果的に人を殺めることに加担してしまった。彼の優秀な頭脳は、人を殺すことでなく多くの人を救うことに使われるべきだった。残念だという気持ちが湧き上がる

教祖・麻原彰晃、そして教団のためにと信じて手を染めた事件は、坂本堤弁護士一家殺害事件、松本・地下鉄サリン事件での化学兵器開発に関与した罪など。審議の途中で過ちに気づき、最終意見陳述では「一人の人間として、医師として、宗教者として失格だった」と謝罪した。

本書の著者であるアンソニー・トゥー博士は、科学者で毒性学や生物兵器・化学兵器の専門家だ。松本サリン事件後、雑誌《現代化学》の取材を受けたことをきっかけに、日本の科学警察研究所の依頼で土壌からサリンの分解物を検出する方法を米陸軍より入手し、捜査に協力した。

台湾生まれで、日本で教壇に立っていたこともあり日本語が堪能だ。中川が心を開いたのも、言葉が通じたことが一つの要因だったようだ。

トゥー博士は教団が化学・生物兵器のプログラムを作りテロに走った過程を調べるようになり、法務省の許可を得て死刑囚である中川と計15回の面会を許された。オウム内部からの情報を得ることで、事件のさまざまな謎を解明した。

本書の内容は専門的な化学的分析から、中川の事件への関与や教団内部の人間関係、テロを起こすまでの経緯、獄中で詠んだ俳句までが丁寧に記されている。麻原彰晃に魅入られた理由の一端も垣間見ることができる。

圧巻なのは12章「金正男暗殺事件」の項だ。事件直後、中川は弁護士を通じて毒の正体はVXである可能性が高いとトゥー博士にメールを送った。そこには根拠となる詳細な理由が説明されていた。その後、中川はこの事件に関して論文を執筆、《現代化学》18年8月号に掲載された。

トゥー博士から見た中川は非常に魅力的な人物だったようだ。博士は彼が罪を犯すことになった事件を残念に思う気持ちを隠していない。死刑直前に中川から送られてきたメールには彼の心情が縷々つづられる。博士との友情が、死刑直前の彼の心を穏やかにしていたと信じたい。(ミステリマガジン2018/11月号より転載)

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