『宙へ挑む』-リーチ・フォー・ザ・スカイズ

2011年12月9日 印刷向け表示
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宙へ挑む

作者:リチャード・ブランソン
出版社:アルファポリス
発売日:2011-10
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だだっぴろい風景を見るとなんだかスーッとするのは、きっと私だけじゃないだろう。空の写真を撮るのが趣味、という人もけっこういる。山登りが趣味とか、夜景が好きとか海が好きとか、そういうものにも同じテイストが含まれているに違いない。空を飛びたいというのは究極だ。この大空に、翼を広げ、飛んでいきたいよ。今では当たりまえに乗っている飛行機だけど、そこに至るまでに多くの人のチャレンジがあった。民間の航空サービスが開始されてから、実はまだ100年も経っていない。

ヴァージン・グループの創設者リチャード・ブランソンによる、空を目指したチャレンジャー達の歴史についての本である。原題は『Reach for the Skies』だ。宇宙飛行についても書かれている本なので、「Sky」が複数形なのは、空の上の宇宙まで含めます、という意味だろうか。それとも、冒険者達が挑んできた数々の空という意味か。日本語の題名は『宙に挑む』だ。「宙」と書いて「そら」と読むことで空と宇宙の両方を表現している。調べてみたら、「宙」には「時間」という意味もあるらしい。いい翻訳だ。

本書は3部仕立てになっていて、第1部では飛行機が発明されるまでの時代のことが、第2部では飛行機が民間に普及していく時代が、さらに第3部では、最先端の飛行機や宇宙旅行について詳しく書かれている。

とはいえ、主題になっているのは、そのような時代におけるチャレンジャー達の歴史だ。最初に気球で飛んだモンゴルフィエの時代には、なぜ気球が浮かぶのかも定かではなかった。私がいたく感銘を受けたのは、初めて気球で英仏海峡を横断したジャンピエール・ブランシェールだ。「空中でオールをこげば気球を操作できる」と言う嘘をでっち上げ、謎の機織り機みたいな機械でオールがパタパタする気球を作った。他の人が一緒に乗って動作確認しようとした時には、こっそり重りを身につけて「重量オーバーです」と阻止しようとした。ほんとうは風まかせだったのだ。その後、独自のパラシュートを開発した時には、ペットの犬を実験台にして空から投げた。犬は無事に着陸したが、そのまま逃げて二度と帰ってこなかった。最後はバイオリンを弾きながらパラシュートで降りてくるというショーを行っていたが、それが地上3mからだったため、暴徒化した観客に装置をたたき壊された。他にも、最初に人力飛行機(“空飛ぶパラシュート”)を作ったケイリー卿は、80歳という高齢だったため、代わりにお抱え御者を飛ばせた。こちらは200m飛んで無事着陸したが、やっぱりその場で退職を願い出された。みんないい迷惑である。おもしろい。人類で初めて成層圏に入ったピカール教授がかぶっている「手製のヘルメット」は、逆さにしたごみ箱にしか見えない。最近の人も負けていない。宇宙船スペースシップ1のエンジンを設計したティム・ピッケンズは、ロケットの試作品を自転車にとりつけた。ポルシェより早くなった。宇宙ロケットのベンチャー「スペースX」社の副社長のトム・ミューラーは、スカウトされる前は、週末に自宅のガレージで液体燃料ロケットを作っていた。どんな趣味だ。もちろん著者のリチャード・ブランソンも全く負けていない。表紙の笑顔が「私はやりますが、なにか?」という感じに見えてくる。名前もデカい。気球でジェット気流に乗って太平洋を横断し、瀕死の目に遭う。“空飛ぶパラシュート”が復元された際には実際に飛ばしてみている。写真では、当時の服を再現して乗っているように見える。

そんなリチャードさん、最近は何をしているのかと検索してみたら、深海に潜る計画を立てたり賭けに負けて女装してキャビンアテンダントをしたりしていた。まったくすごい61歳だ。飛行機への興味は幼少の頃からあったらしい。子供のころ、毎年夏休みになると叔母さんの家に遊びに行っていて、隣の家にダグラス・ベイダーという有名な義足の飛行機乗りがいた。幼いブランソン君は義足を隠したりして遊んでもらうのだけれど、そのころ彼に言われた

そんなことは無理だと言う人がいても、けっして信じちゃいけない。無理なことなんて、ありゃしないんだ

というアドバイスを今でもおぼえている、と本の冒頭に書かれている。そんな気分で起業して、ブリティッシュ・エアラインにも果敢にチャレンジしていったのだろうか。すごいなあ。ヴァージン・ギャラクティック社による初の商業的宇宙旅行は、うまくいけば2012年に実現する。サー・リチャード・ブランソン、その時にはどんな格好で乗りこむのだろうか。


殴り込み戦闘機隊 [DVD]

監督:ルイス・ギルバート
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おばさんの家の隣に住んでいた義足のおじさんダグラス・ベイダーは有名人であった。伝記本が映画になっている。邦題はどうしてこんなことになってしまったのだろう?原題はもちろん 『Reach for The Sky』。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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