作ってみました。『ナチスのキッチン』

土屋 敦2012年06月13日 印刷向け表示
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ナチスのキッチン
作者:藤原 辰史
出版社:水声社
発売日:2012-06
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商売柄、台所に立つことは多いが、こんなに深遠な場所であったとは知らなかった。

まず、台所は人間の「外部器官」である、と著者は言う。人間は他の生物を食べて生きているわけだが、そのまま生食できるものを除けば、基本的に切り刻んだり、火を通したりして食べる。すなわち台所は、この工程を担う、人間の体外にある最初の「消化器官」であるととらえるのだ。これは逆に言えば、台所は生態系のもっとも人間社会に近い中継地点ということになる。自然を加工し、その栄養を摂取する最終地点であると同時に、体内から飛び出した人間の器官なのである。

そう考えると、原始時代、火を手に入れた人間が、焚き火で炙って食べる、その火こそが、消化器官としての台所の原型とも言えるだろう。そこから「信仰、畏怖の対象としての台所」という視点が出てくる。ギリシアのオリンポス12神のヘスティア、日本の庚申様など、台所には「竈神」がおり、古代ゲルマンでは、竈は家の霊が住むところとして、台所で礼拝が行われていたという。

これらを踏まえて、著者はここに「労働管理空間としての台所」という視点を加える。現代において、台所は「人間社会の原型である男女の非対称的関係の表出の場」であることを温存しつつ、合理化を追求する「テイラー主義」やモダニズム建築の流れのなかで構造や各機器の配置を変え、また調理器具や調理家電の進化と、調理技術の科学化、マニュアル化によってひたすら機能的であろうとする。そのなかで、決して機能的ではない人間の「こころ」と「からだ」が、どう制御され、近代化・科学化が遂行されてゆくのかを追うのだ。以前、こちらのレビューで、宇宙における、高度に合理化された空間において、人間の「こころ」と「からだ」の動作がきわめて不安定でスペックが低いことにふれたが、宇宙船のなかのみならず、高機能化された現代のキッチンのなかも同様、ということになる。

台所は、実は自らの内臓であり、また聖なる場所。そして、テイラー主義は、トヨタ自動車の生産方式の源流とも言われているが、なるほど、現代家庭における「合理的な調理」の理想の形は、食べる人を最終工程とし、無駄を廃した「ジャストインタイム」のトヨタ生産方式かも知れない。それを実現するシステマティックなキッチンは、フランク・ロイド・ライトやル・コルビュジエ、バウハウスの系譜に連なるモダンな構造物というわけだ。

こんなふうにマクロな視点で台所というものをとらえた上で、本書は、第一次世界大戦からナチス時代のドイツへと一気にズームインする。

かつてのドイツの伝統的な台所の姿を描写し(それは日本の土間の「おくどさん」を思わせるものや、暖炉と一体になったものなどで、ここで作った料理やパンはさぞ美味かったであろうと想像させる)、その非合理性と非経済性から、コンパクトで機能を重視した、現在のシステムキッチンへと連なる新しい台所への動きを追う。

テイラー主義にもとづき、合理的、機能的な労働環境を追求したコンパクトなフランクフルト・キッチン、それに対抗すべく、むしろキッチンを「家庭を経営管理する」ための頭脳労働の事務所としてとらえたシュトゥットガルト・キッチンなどを紹介し、同時に、家庭にキッチンをなくす、といういわば究極の合理化にも言及する。ドイツ社会主義労働党のアウグスト・ベーベルが女性を家事から解放するために、家庭からキッチンをなくし、共同の調理場を作ることを提唱した「共産主義キッチン」などについての解説を、実際に家庭から台所を奪った毛沢東の大躍進政策が、数千万人もの餓死者を出したことに思いを馳せつつ読めば、一層興味深い。 

本書では、台所の工場化、調理器具のテクノロジー化、家政学のナチ化など、さまざまな視点から、台所に迫っているが、何より私が興味を持ったのは、やはり当時のレシピに関する考察。早速いくつか作ってみた。

まずは、第一次世界大戦下の1916年、内務省直属の消費コントロールを担当する部局である、中央購買有限会社から発売され、200万部のベストセラーとなったヘートヴィック・ハイルの『砂糖を使用しない果物の貯蔵』から「もっとも安上がりなジャム」。当時は高価だった砂糖を使わず、素材の甘味だけで作るので「安上がり」ということらしい。本来のレシピはかぼちゃ、りんご、洋梨を使うが、戦時下の自給自足の精神に則って、入手が難しい洋梨ではなく、地元産の旬の果物である桃を使った。これにすりおろしたレモンの皮やらバニラビーンズやらを入れて煮詰めて作る。

もっとも安がりなジャム!?

かぼちゃの皮がたくさん入っているので色は悪いが、これ、うまいっす。というか、今だったらバニラ入りで砂糖なしで甘みを出すジャムなんて、逆にぜいたく品だ。一応ガラス容器もドイツのWECK社のものにしてみた。

続いて同じくハイルが1915年に出した『少脂肪の料理』。戦時下、という情報がなければダイエット系の料理本かと思ってしまいそうなこの本から「アイントプフ」を作ってみた。

こちらはキャベツとじゃがいもがメインで、油脂も小麦も使わず、とろみはすりおろしたじゃがいもでつける。

油脂を使わないアイントプフ

レシピがちょっとわかりにくくて想像で補った部分もあるが、こんな感じ。なお、フランスはアルザス地方の企業で、かつ最近ドイツ企業の傘下に入ったストウブというメーカーの鍋を使って、当時の独仏の関係を象徴させてみた。

食べてみると、淡白だが、体が浄化されるような、きれいな味わい。美味である。ただし、飽食の現代ではなく、戦時下に毎日食べることとなったら、確かにわびしいだろう。

アイントプフは、ドイツを代表する家庭料理だ。要は、野菜やら肉やらの煮込みで、普通、日本で「アイントプフ」といえば、ベーコンやソーセージが入るフランスの「ポトフ」のような料理を思い浮かべるが、上記の写真は日本での一般的な「アイントプフ」像からは、かなり遠い感じだ。

実は、アイントプフは、ナチスと深い関わりがある。1933年の秋、ナチスはドイツの全国の家庭およびレストランに「アイントプフの日曜日」を義務化し、10月から3月までの第一日曜日は必ずアイントプフを食べなければならない、とした。それで食費を節約し、浮いた金額を募金させ、それが冬季の貧民救済に使われたという。ナチスが社会主義政党であることを思い出させる運動だ。「安価の素朴な民衆料理を誰もが食べるという演出は、階級の存在を否定し、ドイツ民族の固い団結に訴えるスローガン『民族共同体』にぴったりと符合する」と著者は書いている。

尚、本書にはヒトラーとゲッベルスがアイントプフを食べる写真も掲載されている。ただし、この国民の「アイントプフの日曜日」に対する評判はすこぶる悪かったらしい。

「アイントプフの日曜日」が始まった1933年にエルナ・ホルン出版社から『アイントプフーードイツの節約料理』が出版された。「わが国の政府の偉大なる節約の思想に触発され」「家族全員がアイントプフの節約の日をドイツ民族の結束を讃える日として感じることができる」ための、アイントプフ・レシピ集だ。ここから「残り野菜のアイントプフ」を作ってみた。

当時の自給自足の精神も尊重し、まずは、じゃがいもを畑から掘る。

じゃがいも

さらに普段なら放置してしまうような畑のチビた野菜たちももぎ、また冷蔵庫の残りものなどをまとめて放り込む。ナチスの「無駄をなくせ闘争」第2条には「勤勉な主婦であれば食べものをけっして無駄にしない」とあるのだ。そこにザワークラウトやキュウリのピクルス(実はこのレビューのためだけに数日前に畑の野菜で作ったので、ほとんど漬かっていないのだが)を入れ、サワークリームで調味して、完成。

残りもののアイントプフ

ヒトラーを首相に任命した当時の大統領のパウル・フォン・ヒンデンブルグは、「私はライ麦パンしか食べません。愛国者はライ麦を食べる」と言ったというが、まさにライ麦パンによく合う味わいである。こちらは、「脂肪なし」のアイントプフよりかなり贅沢で、家族の評判も上々。とてもおいしかった。

実はこれらのアイントプフのレシピには、マギーの調味料やブイヨンを加え、またWMFの圧力鍋を使うことが推奨されている(私は同社の圧力鍋は持っていないので、同じドイツ製で、成毛代表が超速レビューでも触れていたシリット社のものを使用した)。ナチス時代、料理本の世界では、料理研究家と調理家電のシーメンス、ブイヨンのマギー、ベーキングパウダーのエトカーなどの大企業、そして政党が連携して国民を導いていたようなのだ。

このように、レシピと戦争、社会状況、そして企業や政治とのかかわりは非常に興味深く、本書によって、レシピ本の新しい見方を教えてもらった次第だ。戦前や戦中の日本のレシピ(実は敗戦直後の日本のレシピ本は持っていて、その贅沢さに驚いたことがある)、大躍進や文革時代の中国のレシピ、民族紛争が絶えない地域の伝統食のレシピなど、料理レシピにどれほど政治が浸透しているのか、などを調べてみたくなる。

このように、社会学的論考として本書は極めて興味深いのだが、同時に本書は、ドイツ人の台所に深く関わった3人の女性の数奇な運命を物語る作品でもある。一人目は、女性解放運動家であり、調理家電を使った料理のレシピ本で電化キッチンの普及に貢献した料理研究家であり、反ナチ運動家として最後はゲシュタポの拷問を受けて死亡したヒデガルト・マルギス。そしてユダヤ人家庭に生まれ、1920年代以降、マーサ・スチュワートばりの「カリスマ家事アドバイザー」として活躍し、シュトゥットガルト・キッチンのデザインも担当したエルナ・マイヤー(彼女はテル・アヴィヴに移住して難を逃れる)、3人目は、そしてオーストリア共産党に入党して反ナチス抵抗運動に身を投じ、逮捕されて死刑判決を受けたものの、減刑されて103歳まで生き延びた、フランクフルト・キッチンの設計者であるマルガレーテ・リホツキーである。システムキッチンに立って、アイントプフを作りつつ、キッチンの近代化に大きな役割を果たした3人の女性の生涯に思いを馳せるのも悪くないだろう。

加えて最後に言及しておきたいのが、「キッチンの中に人間を埋め込む」という台所の合理化の方向とは逆に、絶滅収容所では「人間のなかに台所が埋め込まれた」という著者の指摘だ。膨大な史料と多様な視点から台所に迫った著者から示されたこの鋭い洞察によって、本書を読みながら思っていた様々なことが一気に転倒し、深く深く考えさせられた。

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シュタイナー農法とナチスとの関係に迫った同じ著者の好著。もう絶版だったとは……。それにしても、ビオディナミ、ホメオパシー、菜食主義、ローフード、在来種へのこだわり、卵やバターを使わずベーキングパウダーを多用したお菓子作りに至るまで、日本の現在の自然派の人たちの志向は不思議とナチスと符合するのは非常に興味深い。ナチスの「(外部からの)小麦より(伝統的に育てられきた)ライ麦を」というのも、日本の自然派な人たちの「小麦粉より米粉」という流れに置き換え可能だろう。

火の賜物―ヒトは料理で進化した
作者:リチャード・ランガム
出版社:エヌティティ出版
発売日:2010-03-26
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台所を外部の消化器官ととらえる、という記述を読んだとき、まずこの本を思い出した。

ポーランドでのレジスタンス活動を支えたワルシャワ動物園の園長夫妻をめぐるノンフィクションだが、ナチュラリスト、自然保護主義者としてのナチスについて、純血(純潔)な種へこだわり、アリーア人の胃袋はドイツ原産の純血種の生物で満たされるべきという主張など、ナチスのグロテスクな自然主義を知ることができる良書である。

ドイツ料理 (世界の味シリーズ)
作者:エリーゼ・ケテル
出版社:佼成出版社
発売日:1977-06
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銀座の名店、日本初のドイツ料理レストラン「ケテル」2代目のエリーゼ・ケテルさんのレシピ本。この本が実家の台所に置いてあったため、学生時代はよくこの本を見てドイツ料理を作っていた。素朴な家庭料理ばかりでドイツ料理の原点を知るのにいい。ドイツの料理を知っていると『ナチスのキッチン』の理解度もぐっと深まるはずだ。絶版だが、古書店などで比較的容易に手に入る。

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