僕ら若者は本当にカワイソウなのか?『決着版 雇用の常識 本当に見えるウソ』

井上 卓磨2012年08月31日 印刷向け表示
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雇用の常識 決着版: 「本当に見えるウソ」 (ちくま文庫)
作者:海老原 嗣生
出版社:筑摩書房
発売日:2012-08-08
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「就職氷河期」という言葉が定着するようになって久しい。一時は回復の兆しが見えそうな時期もあったがリーマンショックですべてが吹き飛んでしまった。雇用に関して僕ら若者は入口に立つことすら困難な時代になったと言っていい。「非正規雇用の増加」なんて言葉もしばし声高に叫ばれている。

それでは会社に入った後はどうだろう。すると「終身雇用の崩壊」「成果主義の徹底」なんて言葉をよく耳にする。定年まで勤められるかどうかも定かではなく、常に成果を求められる。どうやら会社に入ってからも大変な時代のようだ。

最後に老後はどうか。言うまでもなく「年金の崩壊」を誰しも思い浮かべることだろう。仮に定年を迎えたとしても安全な老後は保証されていない。

上記のような言葉を目にして未来に希望を持てなくなっている人が増えている気がする。げんにネット上の意見を見ると高齢者を「逃げ切り世代」と恨めしく述べる人がいるのをよく目にするし、識者はそんな僕ら若者をかわいそうな存在だと囃し立て、「利益優先のため採用を絞り、雇用を海外に空洞化させる大企業」「変われない日本」といった言葉を使って企業や政治を批判している。

……しかし本当にそうなのだろうか。「利益を優先させる企業」「自分のことしか考えない政治家」といった漠然とした悪いヤツがすべての原因で、彼らを批判すれば問題は解決するのだろうか(悪い企業や悪い政治家が存在しないという訳ではなく、総体として企業や政治家を悪と扱うことに疑問を感じる)。 現状の問題や事件を漠然とした悪いヤツが原因とする見方にはどうしても陰謀論と似た印象を感じてしまって嫌なのだ。それに、もっと昔に生まれていさえすれば人生はバラ色に変わるものなのだろうか? 人生とはそんなに簡単なものなのだろうか。

そう思って手にしたのが本書だ。著者はリクルートで長年にわたって雇用・人事に関わってきた雇用・人事のスペシャリストで、今までも客観的なデータを用いて雇用や人事にまつわる俗論が本当かどうかを鋭く検証してきたのだが、本書はその集大成とも言える一冊だ。著者は今回18の視点から俗論を検証している、その結果はどれも驚きの連続なのだが、特に興味深いものを二点紹介する。

1.就職氷河期の本当の原因は?

前書きでも書いたが現在が氷河期なのは間違いないし、誰も批判する人はいないだろう。その原因としてよく耳にするのは「不況で企業が採用を控えている」といった言葉だ。たしかに今回のリーマンショックで採用は大きく減ったのだが驚くなかれ、実はバブル崩壊以降長期的に見ると企業の新卒採用者数は増加傾向にあるのだ(特に大企業)。それどころかバブル絶頂期の80年代後半でさえ新卒採用者数は平均すると毎年二十九万人で、なんとリーマンショック直後の2011年の新卒採用者数のほうが三十四万人とバブル期よりずっと多く採用されているのだ。おまけに当時のほうが現在より22歳人口はずっと多い。

ではなぜ氷河期なのか? 実はその根底には不況による採用数減少だけでは説明できない社会構造の変化が隠されている。

変化その1 激増した大学生

何よりも根本的な原因となっている変化は大学生数の増加だ。バブル期から現在まで大学数で7割倍、学生数で6割も増えている。一方、新卒採用数は増えているといっても2割程度、企業側がちっとやそっと頑張ってもどうしようもないことがわかる。それではなぜ学生数が激増したのか。

変化その2 産業構造の変化

実は大学生の人数が増えたのはグローバリゼーションの結果、建設、製造、農業、自営業など、かつては高卒者が就職した職域の求人が激減し、逆にホワイトカラーの求人が増えたからなのだ。詳しいことは実際に本書を読んでもらいたいのだが、高卒での就職が難しくなったために多くの人が大学に進学するようになったが、ホワイトカラーの求人がその増加に追いついていないことにすべての原因がある。日本はとっくのむかしにグローバリゼーションの影響を受けていたのだ。

2.高齢者は本当に逃げ切り世代か?

著者によると、この手の議論が広まった発端は厚生労働省の発表した資料にある「最近の若者は、支払い総額の2.3倍しか年金をもらえないが、今の七十歳は6.5倍もらえる」という記述にあるらしい。これが本当ならたしかに高齢者を恨めしく思う気持ちもわからないではない。しかし現実には月額三十万円以上の年金がもらえるような高齢者は高齢者全体のたった0.3%しかいない。月額二十万円以上でさえ16.1%だ。なぜこのようなことが起こるかというと、先の資料にあるようなモデルケース通りに年金を支払ってきた高齢者なんてほとんどいないからだ。詳細は本書で年金にかかわる法律制定の流れとともに説明されている。

その流れがわかると、多くの高齢者は僕らが逃げ切り世代としてイメージする人たちとは異なり、僕らと同じく将来に不安を抱いている人たちだということがわかる。

その他にも紹介したいことはたくさんあるのだが、いかんせん字数が多くなるので割愛する。しかし本書をポチってもらいたいので自分なりの見出しをつけると

3.ぜんぜん崩壊していない終身雇用 4.いつの時代も三年で辞めていた若者たち 5.実は減っていない正社員 6.定年延長は若年雇用を圧迫しない 7.小泉改革は格差を拡大させたか? に意外な決着、バブル崩壊以降、日本は一貫して格差が拡大していた!? 8.本当の成果主義なんて日本には存在しない!? 9.欧米は日本以上のスーパー学歴社会!?

といった驚きの事実が明らかになる。それに加えて「1.就職氷河期の本当の原因は?」で見たような社会構造の変化や、その変化に企業がどう対応してきたのかがわかり、現代という時代や企業を今までとは違った視点で見ることができる面白さが本書にはある。

蛇足

本書を読み終わり、社会問題に対して「儲けをだけを考える大企業」「逃げ切ろうとする高齢者」といった悪者を作ってそれを単純に批判する風潮にも疑問を持つようになった。もちろん儲けをだけを考える大企業や逃げ切ろうとする高齢者なんていないと言いたいわけではない。しかし社会問題の原因は悪いヤツの悪意ではなく、もっと根本的な社会構造の変化にあるように思えてならない。

僕は以前から「勝手に弱者の代弁する人たち」が嫌いだったのだが、なんで彼らが嫌いなのかを自分でも説明できないでいた。でも本書を読み終わったあとに高齢者を逃げ切り世代と恨めしく書いてあるネット上のコメントを見て「『勝手に弱者の代弁する人たち』は弱い者に目を向けている点においてはたしかに素晴らしいのかもしれない、しかし原因をきちんと調べもせずにいたずらに誰かを悪者にしても問題は何も解決しないのでは? ただ社会の間で憎しみが増すだけなのではないか?」なんてことを考えるようになった。実態のはっきりしないものを憎んで生きる人生ほど虚しい人生はないと思う。

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日本人はどのように仕事をしてきたか (中公新書ラクレ)
作者:海老原 嗣生/荻野 進介
出版社:中央公論新社
発売日:2011-11-09
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終身雇用、年功序列などいわゆる「日本型の経営」と言われるものは意外と歴史が浅く、戦後から現在にかけて形成されたものなのだが、それがどうやって形成されたのかを時代に影響を与えた名著の著者との往復書簡を通して迫る一冊。

就職、絶望期―「若者はかわいそう」論の失敗 (扶桑社新書 99)
作者:海老原 嗣生
出版社:扶桑社
発売日:2011-09-01
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僕自身は読書に熱中するあまり大学院を卒業するのが不可能になってしまったので、就職活動もいまいち身が入らず、結局中退してエディターになるというイレギュラーな道を選んだ。しかし新卒一括採用自体は実はなかなか合理的なシステムだと考えている(卒業する必要は特にないと思っているけど)、それはこの本を読んだからだ。新卒一括採用がない欧米では日本に比べて若年者失業率がかなり高いことなど欧米型採用が万能ではないこと、日本の場合は就活生と中小企業との間で雇用のミスマッチが起きていることこそ本当の問題だということがわかる一冊。本レビューをおもしろいと思っていただいたかたにはぜひともこの本も読んでみてもらいたい。

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