『SAVILE ROW』 紳士服の聖地と不思議の国イギリス

田中 大輔2012年09月15日 印刷向け表示
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Savile Row(サヴィル・ロウ) A Glimpse into the World of English Tailoring
作者:長谷川 喜美
出版社:万来舎
発売日:2012-07-13
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ロンドンのメイフェア地区に位置する僅か500mに満たない通りには紳士服のテーラーが30前後も軒を連ねている。紳士服の聖地として200年以上の歴史を持ち、テーラード・スーツの日本での呼称である「背広(せびろ)」の語源とも言われている。その通りの名をサヴィル・ロウという。人々は敬意と憧憬を込めてこの通りを「ゴールデンマイル」(黄金の道)と呼ぶ。

この本はサヴィル・ロウの歴史と、サヴィル・ロウを代表する11のテーラーを紹介したヴィジュアルブックである。おさめられているスーツの造形や職人の道具を見るだけでも、その美しさに惚れ惚れとしてしまうはずだ。また写っている職人の表情や手のしわが語りかけるようで、とても素敵なのも見所だ。

サヴィル・ロウの名声を支えているものは「ビスポーク(bespoke)」と呼ばれる完全注文の紳士服である。「ビスポーク」は「話し合う」という意味を持つbe-spokenを由来としている。顧客と店側が話し合い、完全な顧客の好みで作られるのがビスポークの伝統だ。テーラーごとに特徴のあるカットでつくられたスーツは美術品のような輝きをはなっている。

イギリスのテーラーリングにおいては型紙がすべてと言っても過言ではない。その型紙を作り出す職人がカッターである。ビスポーク・スーツはカッターが自ら採寸し、そのサイズを元に型紙を起こし、型紙にそって服地を裁断、仮縫いし、3~4回の試着を経て完成する。「一度ビスポーク・スーツを着たら、既製服は着られなくなる」と言われるほどの着心地を誇るビスポーク・スーツに憧れを抱く人も多いのではないだろうか?

私もいつかビスポークでスーツを仕立ててみたいと思っているが、いかんせんそんなお金は持ち合わせていない。価格帯は日本でさえ安くても30万はくだらない。サヴィル・ロウにいたってはもっと価格帯は上だ。残念ながら宝くじでも当たらない限り無理である。

サヴィル・ロウの歴史についてを簡単に紹介しよう。

サヴィル・ロウはバーリントン伯爵の妻サヴィルの名にちなんで命名された。ロウは家並みのことを指す。1846年に「ヘンリー・プール」がサヴィル・ロウ32番地にテーラーを開業する。この「ヘンリー・プール」は大成功をおさめた。19世紀後半にはたくさんのテーラーがサヴィル・ロウに軒を連ねるようになる。当時、隆盛を極めたジェントルメンズクラブ(メンバーであることがステータスとなるようなクラブ)や大貴族の邸宅に近いメイフェアという特別な立地がサヴィル・ロウを紳士服の聖地としたのである。

各国の王室や貴族、政治家、ハリウッドスターまで、たくさんの顧客を持つ老舗のテーラーでさえ、サヴィル・ロウで経営を続けていくのは大変なようだ。「リースホールド」というイギリスの土地制度と、賃料が問題となっているのである。

イギリスで土地を所有できるのは英国君主のみとされている。一般に売買されるのは期間ごとに区切った土地および建物の使用権だ。このシステムは「リースホールド」と呼ばれ、英国君主が大貴族に999年契約で貸したものを、下の階級に250年契約で貸し出し、それをまた下の階級に99年契約で貸し出すといった階級社会そのままの図式がいまも残っている。

これによりリースホールドが延長できず、売上が好調であっても移転を余儀なくされるという悲劇が何度も起こっているのだとか。日本では考えられない階級社会という現実がイギリスには未だに横たわっている。イギリスというのは新しいのに古い不思議な国である。

また賃料も経営を圧迫している。東京の賃料を100とした指数では、2009年でロンドンは148%。金融危機前の2007年にいたっては200%を超えていたそうだ。それだけ賃料が高いこの地にテーラーハウスが集まっている理由とはいったいなんなのだろうか?

その答えは「ハイソサエティ」という文化にある。いうなれば見栄とステータスといったところか。「サヴィル・ロウが売るのはファッションではなくスタイル」という言葉があるように、サヴィル・ロウのビスポーク・スーツというのは各国王室や大貴族、大富豪といった特権階級が存在するソサエティにおいて、彼らが認める唯一のスーツである。このステータスはファッションの中心がパリやミラノにうつっても決して色褪せることはないのである。

サヴィル・ロウにはロイヤル・ワラント(王室御用達)を所持しているテーラーハウスがいくつも存在する。ビスポーク・スーツの他に軍服や儀礼式典用のローブ、法廷用のガウンや、かつらといったものにロイヤル・ワラントが与えられている。王侯貴族が式典で着る軍服や、大学の卒業時に着るガウンなど、スーツ以外のところで稼いでいるテーラーも多いのだ。

そんななかで驚いたのは法廷用のかつらでロイヤル・ワラントを持っているテーラーの話だ。法廷用のかつらもビスポークで作られているということだ。5箇所を採寸して、それを元に手作業でつくるらしい。そもそも法廷で裁判官や弁護士がいまだにかつらをかぶっていること自体がおかしいと思うのだが、そういったイギリスの伝統がサヴィル・ロウの経営を助けている一面もあるのかもしれない。サヴィル・ロウに限らずイギリスというのは革新と伝統が混ざり合った不思議な国であるとつくづく感じるものだ。(※2011年に裁判官がかつらをかぶる制度は一部で廃止されたようだ。)

長々と書いたものの、なんだか要約ばかりで的を得ないレビューになってしまったような気がする。ただサヴィル・ロウの魅力がこの1冊で存分に味わえることは保証する。欲を言えばもっとたくさんのスーツの写真や、ビスポークでスーツを作る過程などがあったらよかったが、スーツ好きに限らずメンズファッションに興味のある人にはぜひ目を通して欲しい本である。

最後にメンズファッション(主にスーツ)を語る上で欠かすことのできない本を紹介しよう。

ハーディ・エイミスのイギリスの紳士服
作者:ハーディ エイミス
出版社:大修館書店
発売日:1997-03
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イギリス歴代の王室の服装に対するこだわりや、ボー・ブランメルらおしゃれの達人の着こなし哲学など、様々なエピソードを交えながら紳士服の変遷史をひもとく一冊。エリザベス女王御用達デザイナー、ハーディ・エイミスがウィットに富んだ語り口で、正装から普段着までの着こなし術を伝授する。(amazonの商品説明より)歴代のイギリス王室の男性は本当におしゃれだと思う。あまり知られてないかもしれないが、チャールズ皇太子はめちゃくちゃオシャレである。あんなにセンスのよい人はそうはいない。

メンズウェア100年史 (P-Vine Books)
作者:キャリー・ブラックマン
出版社:スペースシャワーネットワーク
発売日:2010-06-18
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スーツ、モード、カジュアル、ストリートといったすべてのメンズファッションの変遷がわかる1冊。一番好きなのはフレッド・アステアがネクタイをベルト代わりにしているところ。あまりにかっこよすぎてみてるだけで鳥肌が立つ。

Gentleman: A Timeless Guide to Fashion (Ullmann)
作者:Bernhard Roetzel
出版社:Ullmann Publishing
発売日:2009-05-20
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ジェントルマン必携の本。どうして日本語版がでてないのだ!と常々思っている1冊である。(正確にいうとだいぶ前には日本語版が出ていたようだ。しかしいまは絶版となっている。一度古書店で目にしたことはあるが、プレミア価格で手が出せなかった)メンズファッションのすべてがこの1冊には詰まっている。私は英語が読めないのだが、洋書版で買っても、中の写真をみているだけでも楽しい。ぜひ日本語版をどこかの出版社からだして欲しいものだ。

福沢諭吉 背広のすすめ (文春新書)
作者:出石 尚三
出版社:文藝春秋
発売日:2008-12
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背広を日本に紹介したのは誰か?「せびろ」という日本語を作ったのは誰か?この謎に挑むうち現れてきたのは福沢諭吉。福沢は背広に情熱を燃やし、慶応義塾内に「衣服仕立局」も創設した。(amazonの商品説明より)だいぶ前に読んだので内容を完全に失念しているが、とてもおもしろかったという印象だけが残っている。せびろの語源はSavile rowじゃないとの説もあるのだとか。確か丸善の創業者の早矢仕有的も本の中に出てきた記憶が……。

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