時空を超えた旅への招待状 『岩倉使節団 誇り高き男たちの物語』

井上 卓磨2012年09月17日 印刷向け表示
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岩倉使節団 誇り高き男たちの物語 (祥伝社黄金文庫)
作者:泉 三郎
出版社:祥伝社
発売日:2012-09-01
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西洋列強の帝国主義が猛威を振るうなか、なぜ日本だけが近代化に成功したのか? という問いはいまだに歴史の大きなテーマの一つである。同じ時期に清朝で洋務運動、オスマン帝国でもタンジマートといった西欧文明を導入しようとする改革運動が行われたが、いずれも失敗に終わっていることを考えると確かに興味深い。列強諸国から遠く離れた日本の位置、天皇の存在など、今まで多くの理由が考えられてきた、しかし人の世の流れというものはあらゆる要素が複雑に絡み合って成り立つものなので特定の何かだけが原因だと言い切ることは決してできないと僕は考えている。

まあそれでもこの出来事がなかったら、結果はまったく違っていたのではないかと思えるようなことなら、あらゆる時代に確実に存在する。本書を読み終えて「岩倉使節団」もその一つだったのではないかと思うようになった。特に明治政府の基礎を固めた大久保利通とその後の舵を握った伊藤博文が、実際に当時の西欧文明をこの目で見てきたことの意義は大きかったのではないだろうか。

出発前の大久保利通がどちらかというと開化に否定的で守旧的傾向が強かったこと、伊藤博文に至っては明治天皇もキリスト教徒に改宗すべきだ! なんて極論を述べるぐらいのバリバリの開明派だったことを考えると、「岩倉使節団」がなければまったく別の未来が待ち受けていた気がする。前回レビューを書いた雇用問題でも「欧米では……」と言って当地の実態をきちんと調べないにわか論者が跋扈していることを考えると、当時もにわか開明派が多かったのではないかと思う。

話を「岩倉使節団」に戻そう。戊辰戦争が終結し、廃藩置県を断行した明治政府は明治4年(1871年)11月、岩倉具視を筆頭に総勢107名にも及ぶ大使節団を欧米12ヶ国に派遣する。新生日本の誕生を諸外国に認知させ、不平等条約の改正を打診するため結成されたこの使節団、しかし本当の目的は欧米列強、すなわち西洋文明の政治、産業、文化をこの目で見て、後の国家運営の青写真を描くことにあった。

具体的に彼らが何を見たのか、12ヶ国それぞれについて一つ一つ紹介していくことはさすがに字数の制限上難しい。ただちょっと想像してみてもらいたい(なんか深津晋一郎の第一回目のレビューのようになってしまった)。江戸時代気分がまだ抜けていない当時の日本人が、大工場で兵器を始めとしたあらゆるものが機械によって生産されるのを見るのである。

想像してみてもらいたい。ほとんど海外に行ったことがない一行がアメリカのロッキー山脈を始めとした大自然や大陸横断鉄道、スエズ運河などの巨大インフラを目にするのである。

想像してみてもらいたい。訪問各国での政府や貴族、富商による華やかな歓迎パーティーを、そしてそんな旅の終わりに帝国主義によって蹂躙される上海・香港の惨状を見た彼らの心境を。

……本書を読みながら何度となくページをめくる手を止め、かつて行われた一大旅行に思いを馳せてしまった。

旅を通して一行は西洋文明に直に触れるのである。そこでインディアンへの迫害や黒人差別、そしてロンドンの貧民窟を見ることで、西洋文明が輝かしい面だけでなく負の側面も持っていること、欧米諸国が政治組織、経済などあらゆる面で多様性に富んだものであることを学んでいくのだ。そしてそれらを互いに比較し、また自国の文明と比較することで、一行の視野が広がっていく様子が各々のメンバーが残した記録や日記、手紙などから伺えるのである。

それが如実に現れるのが帰国後の征韓論争だ。そこで大久保利通が征韓論に反対する七か条の意見書を提出するのだが、これを見ると時代を的確に捉えていたのは大久保側で、征韓派はもはや時代に取り残されていたことがわかる。能力や人格といった要素ではなく一つの経験が個人を変え、時代をも変えてしまったわけだ。

この一冊、ひとたび開けば時代は明治の始めにさかのぼり、地球を一周する旅が始まる。そこに待ち受けるは南北戦争後のアメリカ、ヴィクトリア女王が治める全盛期の大英帝国、ビスマルク率いる新興国ドイツ、欧州文化の中心地として光り輝くパリを擁するフランス、ハプスブルク帝国最後の輝きを放つオーストリア、そして列強に囲まれながらも力強く独立を保つ小国達……

これほど人間の想像力を刺激する本はない。

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特命全権大使米欧回覧実記 1 普及版 アメリカ編―現代語訳 1871-1873 (1)
作者:久米 邦武
出版社:慶應義塾大学出版会
発売日:2008-06-05
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成毛眞によると、この本を読まないと真の意味で岩倉使節団を理解したことにはならないそうだ。『岩倉使節団 誇り高き男たちの物語』にも久米邦武の記録が抜粋されているのだが、この男がただものではないことがわかる。アメリカでの大統領予備選挙の様子を見て、早くも共和制がポピュリズム、衆愚政治に陥る可能性を指摘しているのだ、その慧眼ぶりにはなんども驚かされた。彼の目から見た使節団はいかなるものであったのか? この本を読んでもう一度世界一周の旅に出ようと思う。

成毛眞によるレビューはこちら

まあ古典なので当時の世界情勢や、留守政府の置かれた状況への知識に自信がない人はまず『岩倉使節団 誇り高き男たちの物語』から読むことをおすすめします。

幕末史
作者:半藤 一利
出版社:新潮社
発売日:2008-12
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幕末から明治までの流れを書いたものとしては本書がおすすめ。倒幕を英雄譚としてではなく、あくまで権力闘争として書いているのがおもしろい。

「なぜ?」がわかる世界史 近現代(オスマン帝国~現代)
作者:浅野 典夫
出版社:学研教育出版
発売日:2012-05-22
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本書の物語は日本だけでなく世界にまたがるものなので世界史の知識があったほうが断然おもしろさが増す。近代から現代までの流れがスマートにかつ、おもしろくまとめられているおすすめの一冊。

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