『昭和天皇のゴルフ』 - 芝生に刻まれた昭和の歴史

内藤 順2012年11月21日 印刷向け表示
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昭和天皇のゴルフ―[昭和史を解く意外な鍵]
作者:田代 靖尚
出版社:主婦の友社
発売日:2012-11-09
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球史に残る昭和天皇のエピソードといえば、1959年に天覧試合として行われた巨人ー阪神戦を思い出される方も多いだろう。9回裏、先頭バッター長嶋のサヨナラホームランで幕を閉じたこの試合は、プロ野球人気を決定づけた出来事として、あまりにも有名である。

だが同じ球技でも、ゴルフと昭和天皇の関わりについてご存知の方は、あまり多くないだろう。しかも若かりし頃の趣味であったどころか、宮廷外交の一環としても取り組まれており、その先駆者ぶりは日本ゴルフ史の中でも抜きん出た存在であったそうだ。

となると、様々なことが気になってくる。初ラウンドは、いつだったのか?スコアや腕前は?グリップは、どのような握りだったのか?どんなスイングの持ち主だったのか?

本書によれば、昭和天皇がゴルフを始められたのは皇太子時代の1917年(大正6年)。夏休みに入ったばかりの7月頃、高輪御殿で初振りを行っている。その時に使っていたクラブは、当時最高級と謳われたスラゼンジャー会社製、シャフトは今や入手すら困難なヒッコリー・シャフトであった。

そして翌月には、早くも仙石原コースにてお学問所の学友たちと初ラウンド。10フィンガーズグリップを採用し、球筋はフェードボール系、飛距離は出ないがスコアは安定するタイプであったようだ。

後にご成婚されてからは良子妃へも手ほどきをされ、新婚旅行へクラブを持参するほどの入れ込みようを見せる。ふたりが主宰する宮中ゴルフコンペなども、度々開催されたのだという。

この昭和天皇にゴルフをすすめたのが、西園寺 八郎という人物である。紳士のスポーツであるうえに臣下と交わることのできるという点が、思惑と合致したのだ。ちなみに西園寺 八郎の義父は、「最後の元老」として知られる西園寺 公望であり、昭和天皇に「帝王学」として生物学の研究を進言した人物とも目されている。まったく凄い親子がいたものだ。

ところが摂政宮になられて以降は、様相が変わってくる。ゴルフ自体が皇室外交の意味合いを帯びてくるのだ。そのピークを迎えるのが1921年。日英同盟存続か否かの重要な転機を迎える時期に、駒沢の東京ゴルフ倶楽部にて、日英両皇太子による世紀のゴルフマッチが開催されることとなる。

ルールはフォーボール形式(全員が打ち高いスコアを選ぶ)。摂政宮(当時)の第1打、ハーフトップ気味に飛んだボールで「世紀の戦い」は幕を開ける。この時の英国皇太子が、デイヴィッド皇太子。後に「王冠を賭けた恋」を選んだとしても有名なエドワード8世である。その後、まったく別々の人生を歩むことになる若き二人は、世界の将来を大いに語り合ったのだろうか。白熱の試合は、1アップ差でイギリス側が僅差の勝利。

さらに大正天皇の崩御以降は、激動の時代「昭和」を迎える。本書には、節目節目のゴルフ記録が淡々と並んでいるのだが、その章立てや小見出しがひときわ目を引く。

・大正天皇崩御、激減するゴルフ

・満州某重大事件の年のゴルフ

・大恐慌勃発!その年のゴルフ

・5.15事件から2.26事件までの天皇のゴルフ

この時期の昭和天皇のゴルフは、専ら公務の余暇としてのゴルフである。このOFFとしてのゴルフ記録と昭和史というONの記録を重ね合わせることで、様々なことが見えてくるのだ。

たとえば満州事変前後の1931年。昭和天皇は、那須の御用邸に入られた時、近衛侯爵と木戸侯爵が参邸した時だけ、ゴルフの催しを行なっていない。近衛と木戸がゴルフの上級者であったことから、一緒にプレーすることを避けたようなのだ。この二人はその後、政局を動かす当事者になっていくわけだが、この時点で既に心を開いていなかった様子が伺える。

また一説には、満州事変の後に辞めたとされるゴルフを、実際は続けていたことが記録に残っている。初期の段階では、すぐに片が付くというヨミがあったのであろう。だが、その思惑にもかかわらず、満州事変は拡大していく。

本当に辞められたのは、ヒットラーのポーランド進撃命令以降。昭和天皇は、ヒットラーと英仏の戦争は必ずや世界大戦に発展し、日本も英米と大戦する日が来るという危機感を強くいだき、ゴルフを断ったのだ。

このようなゴルフ史と昭和史という二つの歴史の邂逅にこそ、クロスジャンルとしての醍醐味が存分に詰まっていると言えるだろう。

本書を読めば、歴史を掘り起こすということが、いかに困難な作業であるかがよく分かる。点と点を繋ぎあわせたくても、その点自体が見つからないケースも多いのだ。また、日本史学の学者におけるゴルフ人口の少なさも否定できない。そのため、ゴルフをやる人ならすぐに気付くような誤りも、多々あるのだという。

このような場合に、憶測で想像するということも重要な手段の一つではあるだろう。だが著者は、ゴルフルールのような厳格さで史料に耳を傾けていく。そして「定説」とされてきた一つ一つの「事実」に丹念に向き合いながら、結果的にほとんどの「定説」を覆すこととなるのだ。

この姿勢も、昭和天皇の教えによるものである。著者はかつて、手がけた著書の誤りを、昭和天皇から直々に指摘されたことがあるそうだ。「記憶の昭和天皇」は手厳しかったと語っている。

今では想像もつかないが、昭和天皇は都心に新宿御苑コース、赤坂離宮コース、皇居吹上御苑コースを創らせている。そのうち新宿御苑コースと吹上御苑コースについては、著者が「侍従日記」を丹念に読み直すことにより、本書で「推定見取り図」を完成させていることにも言及しておきたい。

本書で描かれているゴルフは、まさに帝王学としてのゴルフと言えるだろう。それを可能にしているのが、ゴルフというスポーツの持つ間口の広さである。ハンディキャップというルールさえ使えば、老若男女や技量を問わず対等の舞台で競い合うことが出来るのだ。だからこそ、ゴルフはスポーツの枠を飛び越え、数々の歴史の生き証人となってきた。

とかなんとか言いながら、年末年始休暇をゴルフ漬けにすべく、口実を考えるための一冊としても有用である。

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天皇はなぜ生物学を研究するのか (講談社プラスアルファ新書)

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  • 作者: 丁 宗鐵
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 2011/6/21

皇室が生物学を研究するようになった原点も、昭和天皇にある。皇室外交を行う際の話材として、政治、軍事、宗教の話題はあまりに生臭く、絵画や音楽といった芸術では、彼我の違いに話が噛み合わない可能性もある。そのような社交としての観点から、生物が選ばれたのだという。

英国王のスピーチ――王室を救った男の記録

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  • 作者: マーク・ローグ, ピーター・コンラディ, 安達 まみ
  • 出版社: 岩波書店
  • 発売日: 2012/6/27

映画になったことでも有名な『英国王のスピーチ』。主人公ジョージ6世の兄こそが、日英両皇太子による世紀のゴルフマッチの相手となったデイヴィッド皇太子である。

禅ゴルフ: メンタル・ゲームをマスターする法 (ちくま文庫)

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  • 作者: ジョセフ ペアレント, Joseph Parent, 塩谷 紘
  • 出版社: 筑摩書房
  • 発売日: 2012/9/10

昭和天皇は、かつて以下のようなゴルフ哲学を述べた。「ゴルフは運動として最も適切なものである。それには心を鎮め、精神を纏める効果があり、禅に虚無という言葉あると聞いているが、その意味に近きものではないかと考える」。

2002年に発売された『禅ゴルフ』は、即座に世の注目を集めたが、昭和天皇はそれに先だつこと80年近くも前に、「ゴルフは禅の虚無の心に近きもの」という境地を口にしていたのだ。

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