『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』 ワインの海は牛の色

高村 和久2012年11月29日 印刷向け表示
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言語が違えば、世界も違って見えるわけ

言語が違えば、世界も違って見えるわけ

  • 作者: ガイ ドイッチャー, Guy Deutscher, 椋田 直子
  • 出版社: インターシフト
  • 発売日: 2012/11/20

話は、古代ギリシャの叙事詩から始まる。1858年のロンドン、ダーウィンの『種の起源』が発表される4カ月前、後に英国の首相となるウィリアム・グラッドストンが、叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』についての研究結果を出版した。『ホメロスおよびホメロスの時代研究』は、全3巻1700ページの大著であったが、その終わりの3巻の最後に、一見本筋と違うような章がひっそりとついていた。そこに不思議なことが書かれていた。「古代ギリシャの人は、色彩感覚がおかしい」というのだ。

本書は、マンチェスター大学の言語学者ガイ・ドイッチャーによる、「言語が“文化”と“思考”にどのように関わっているか」について書かれた本だ。エコノミストやファイナンシャル・タイムズ、英国ロイヤル・ソサエティ等で多くの賞を受賞している。2部構成になっており、第1部では、言語が文化とどのように関わりあっているか、つまり、世の中の事柄はどのように言語に反映されていくのかが語られる。じつはこれは、一般的な言語学研究とは異なるテーマ設定だ。なぜなら、今日の言語学においては、言語は本来的に遺伝子に組み込まれた本能であるとされているからだ。ノーム・チョムスキーの理論によれば、全ての言語は深いところで共通しており、環境の影響を受けにくいということになる。本書では、これに反して、文化が言語に反映していると思われる事例が紹介される。

第2部では「言語が思考にどのように影響するか」について語られる。こちらのテーマも、言語学者にとっては悩ましいものだ。昔、「間違えた理論」が一世を風靡してしまった事件があったのだ。十分な証拠なしに「ネイティブ・アメリカンのホピ族の言語には時間の概念が無い」と唱え、それが大々的に広まってしまった(このあたりの経緯もしっかりと書かれている)。それ以来、詐欺師とコケにされないよう、言語学者はこのテーマを慎重に避けてきた。本書では、近年一部の勇敢な研究者たちによって得られた新しい知見が紹介される。

著者の専門が古代言語だからか、本書は、ある時期の研究成果からその後の研究へ謎を追うように構成されており、その結果、推理小説を読んでいるような面白さがある。ウィリアム・グラッドストンが古代ギリシャ人の色彩感覚が変だと言ったのは、「ワイン」と「海」と「牛」が同じ色と表現されているからであり、また、「折ったばかりの小枝」と「恐怖で青ざめた顔の色」と「ハチミツ」を全部緑色にしていたからだった。一体、なにが起きているのだろう?

10年後に彼の研究を引き取ったのは、正統派ユダヤ教徒のラツァルス・ガイガーだ。全ての言語を我がモノにしたいという目標で言語学研究を続ける中、ガイガーは、古代インドの『ヴェーダ』でも、また『聖書』でも、同じようなおかしな色彩表現があることに気づいた。さらに「語源学」の知識を活用し、ガイガーは、人類の「色の言語表現」は、赤から黄、緑と発展してきたらしいということをつきとめる。

さらに10年後、この謎に手を上げたのは、眼科医のフーゴ・マグナスだった。彼は解剖学的な検討を行い、色覚を司る網膜が、古代から「進化」してきたと結論した。これは様々な分野の著名人に支持され、例えばニーチェは「ギリシャ人色弱説」を哲学的構想と合体させて宗教観や世界観について洞察した。今にして思えば不思議な話だが、ダーウィンと共に進化論を主張したウォレスもこの説を支持した。

これを打ち破ったのはヨーロッパに連れて来られた「未開人」だった。彼らは緑と青を同じ単語で表現していたが、色とりどりの毛糸を区別するテストを行った結果、色覚に異常はなく「色の違い」は認識していたのだ。世界各地の宣教師や冒険家が送り返してきたアンケート結果も同様の結果を示した。問題は目の能力ではなかった。世の中には、曖昧な色表現しか持たない文化があるのだ。

こうして、社会的・文化的な違いによって色の表現が異なっていることが明らかになった。言語は文化を反映するらしい。しかし、1969年、またしても定説が覆った。それは、様々な言語が、「色の名前を同じ順序で獲得していく」らしいというものだった。カリフォルニア大学のブレント・バーリンとポール・ケイによる実験は「人類科学の最も優れた発見の一つ」と言われている。

本書は、言語が、ある時には「生まれつき」であり、ある時には「社会の影響を受ける」ことを明らかにしていく。個人的に興味深いのは、言語が話されている社会の規模に応じて、言語が持つ単語数が変化するという話だ。社会が大きくなるに従い単語の数が増える一方、1つの単語が持つ意味はシンプルになっていく。これは識字率とも関係しているらしい。将来はIT技術による言語の変化もあるのだろうか。

第2部の言語と思考の話も興味深い。ネイティブ・アメリカンの言語の研究により「言語が思考を規定している」としたエドワード・サピアとベンジャミン・ウォーフは、一時のブームを巻き起こした後に否定された。話す言語によって、思考が制限されることはない。言われてみればそんな気もする。

しかし、近年、特定の言語がもつ「特徴」が思考に影響している事例がいくつか指摘されている。例えば、場所を表現する時に(前後左右ではなく)東西南北の「絶対方位」を用いるグーグ・イミディル語の話し手は、常に「絶対的な方位感覚」を自分の中に持っている。グレートバリアリーフ沖でヨットが転覆し、真正面にサメが来たという突発的な経験談であっても、その時の自分の向きを正確に語ることができる。言語が要求する訓練の賜物だ。

脳科学をベースにした実験も行われるようになっている。右目と左目を個別に実験することにより、言語処理が行われる左脳と、そうでない右脳の違いを観ることができる。実験により、言語が視覚に影響を与えていることが分かってきた。

そして、こうして脳の仕組みを調査しているうちに、著者はハタと気づく。

" 21世紀初頭の認知科学と、20世紀初頭の分子生物学をつなぐ共通点とは、「研究対象についての無知」である。"

我々は、叙事詩に熱中していたグラッドストンと同じだ。本書で取り上げられた問題は遥か昔から存在しているけれど、真剣な調査研究は、まだ始まったばかりだそうだ。きっとこれからも、思いもよらない研究成果がまだまだ出てくるのだろう。無知とは可能性だ。おもしろければ、コケにされても、またケッコー。


ひとの目、驚異の進化: 4つの凄い視覚能力があるわけ

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  • 作者: マーク チャンギージー, Mark Changizi, 柴田 裕之
  • 出版社: インターシフト
  • 発売日: 2012/10/20

文字を認識できるというのは、かなりすごいことみたいです。村上浩のレビューはこちら

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

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  • 作者: ダニエル・L・エヴェレット, 屋代 通子
  • 出版社: みすず書房
  • 発売日: 2012/3/23

世の中には不思議な言語があるものです。HONZで大いに話題になった一冊。内藤順のレビューはこちら

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