『ずる―嘘とごまかしの行動経済学』 脱税はサイン1つで減らせる?

村上 浩2012年12月22日 印刷向け表示
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ずる―嘘とごまかしの行動経済学
作者:ダン アリエリー
出版社:早川書房
発売日:2012-12-07
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ずるをしたことがない、と断言できる人はどれ程いるだろう。私は一度もしていない、と思った人は自分がずるをしていることに気が付いていないだけかもしれない。自分をごまかすことは、想像以上に簡単なのだ。

予想どおりに不合理』で人の不合理性を、『不合理だからすべてがうまくいく』でその不合理性がもたらすポジティブな影響を明らかにした行動経済学者ダン・アリエリーは、この最新作でずるにまつわる人の不合理な一面を明らかにする。人はどのようなときにずるをするのか。ずるを促進する要因、ずるを抑制する要因とはどのようなものか。

アリエリーがずる、不正に興味を持つようになったきっかけは、エンロンの粉飾決算である。アリエリーの友人は長年コンサルタントとしてエンロンと関わっていたが、目の前で大きな邪悪が行われていたことには全く気が付かなかったという。むしろ、エンロンは次代を担う革新的企業だと信じていたほどだ。エンロンの経営陣もこの友人と同じように、特別な不正を働いているという自覚がなかったのだろうか。これは、邪悪な人間による特別な行為ではなく、ふつうの人が行う日常的なずるの積み重ねの結果ではないのか。アリエリーは、この疑問から「不正が行われる仕組み」の研究をスタートさせた。

不正に関する研究は長く経済学者の関心の対象であり、アリエリー以前にもノーベル経済学賞受賞者のゲーリー・ベッカーが「シンプルな合理的犯罪モデル」を提唱している。このモデルでは、人は自分の利益だけを考えて生きていくと仮定されている。例えば、強盗を働くかどうかは、「強盗によって得られる利益」と「捕まる確率と捕まったときの罰則」との比較だけから決定されると考える。つまり、どんな不正行為も費用便益計算をもとに行われることとなるのだ。しかし、人間はそれほど単純で合理的な生き物だろうか。これまでさんざん人の不合理性を暴き出してきたアリエリーが、このような説明で納得するはずもない。

それでは、この「シンプルな合理的犯罪モデル」が間違っていること(あるいは、正しいこと)を証明するためには、どのようなデータが必要だろうか。そのデータを得るためには、どのような実験が有効だろうか。本書で紹介されている多くの実験にも、よく思いついたなものだと感心させられる。本書で明らかにされる人間の意外な性質だけでなく、その性質を浮き彫りにする実験そのものの設計の巧みさに注目するのも、行動経済学本の楽しみ方の1つである。

「シンプルな合理的犯罪モデル」の検証のために著者は、成績に応じて報酬が得られるテストを様々な条件で実施した。条件ごとに、貰える報酬の大きさと、不正の行いやすさが調整してあるのがこの実験の肝である。もしこの単純なモデルが正しいのなら、報酬が大きいほど、また不正に対する監視が緩慢なほど、被験者の不正行為は増えるはずである。しかし、実験の結果はこのモデルから予測されるものとは異なっていた。報酬が一定以上に大きくなると、ずるをする人の割合は増えるどころか減少し、監視の厳しさは不正の数に影響を与えなかったのだ。人は、もっと複雑なプロセスのもと不正を行っているようだ。

その複雑なプロセスとはどんなものか。アリエリーは相反する2つの心の作用(動機)を提案する。それは、「自分を正直で立派な人物だと思いたい」という自我動機と、「できるだけ得をしたい」という標準的な金銭的動機である。人は、ずるによる利得がどれほど大きくなったとしても、自分を卑怯者だとは思いたくないということだ。上記の例で報酬が大きくなるとずるが減ったのは、「あまりに大きな報酬をずるで得ること」は自我動機に反する行為である、と考えれば説明がつく。

人には本当にこのような矛盾した動機が存在しているのか。アリエリーは、緻密に計画された実験によって自らの仮説を検証していく。偽ブランド品を身に着けるとなぜずるが増加するのか、試験前になると大学生の祖母の死亡率が10倍に跳ね上がるというのは本当か、アメリカ医師会がMRから医師へのマグカップの贈答を規制したのはなぜか。本書を読み終わるころには、人という不合理な生き物を見る目に新たな視点が与えられていることだろう。

本書では、ずるや不正を防ぐ仕組みについての考察もなされている。私たちは、ずるから完全に逃れることはできないが、この厄介な不合理性と折り合いをつけていくことはできそうだ。創造性と不正行為には密接な関係があるらしく、ずるを全くしない人間だらけになるのも困りものかもしれない。本書には、パブロ・ピカソの印象的な言葉が引用されている。

「優れた芸術家は模倣するが、偉大な芸術家は盗む」

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脳には妙なクセがある
作者:池谷 裕二
出版社:扶桑社
発売日:2012-08-01
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脳には、「ずる」以外にも妙なクセがたくさんある。この本は最新の研究結果をもとに、面白いクセを分かりやすく紹介してくれる。幅広い分野がカバーされているので、脳科学本に馴染みの薄い人でも楽しめる。脳と行動の因果関係についての記述が興味深い。関連するサイエンス本を20冊以上紹介したレビューはこちら

意識は傍観者である: 脳の知られざる営み (ハヤカワ・ポピュラーサイエンス)
作者:デイヴィッド・イーグルマン
出版社:早川書房
発売日:2012-04-06
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私たちが自分のずるに気が付かないのも、私たちの意識がただの傍観者に過ぎないからかもしれない。意識的に行っているはずの行動が、実は意外なほどに無意識的であることに驚く。この本を読んでいると、「自己」というものの危うさを痛烈に感じさせられ、自らの足元がぐらぐらしてくる感覚すら覚える。レビューはこちら

ヒトはなぜ神を信じるのか: 信仰する本能
作者:ジェシー ベリング
出版社:化学同人
発売日:2012-08-24
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ずるを抑えるために、ヒトは神を発明したのかもしれない。世界のいたるところで見られる、神への信仰の理由を進化心理学の見地から解き明かしていく。著者の語り口も平易で、非常に読みやすく、ハンフリーに挫折した人でも安心して読み進めることができる。レビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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