言語の戦士たち - 『亡びゆく言語を話す最後の人々』

内藤 順2013年04月01日 印刷向け表示
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亡びゆく言語を話す最後の人々
作者:K.デイヴィッド ハリソン
出版社:原書房
発売日:2013-03-25
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地球上には数多の動植物が存在しているが、およそ80%を超える種類が、西洋科学の範疇において未だ存在を知られていない。それらの種は特定の地域に集中しており、その多様性から生態学のホットスポットと呼ばれているが、同時に深刻な衰退にも陥っているという。

一方で、言語に関しても同じような事態が起きている。少なくとも80%が未だ記録に残されておらず、今現在、何が失われつつあるのかすら正確には分かっていないのだ。こうした言語版ホットスポットのエリアを地図上に記し、現地に赴き、それらの言葉を記録しようと作業を続けているプロジェクトがある。

エリアの多くは伝統的な狩猟・採集民族や、自給自足の暮しをする人々の住む地域に該当する。オーストラリア、インド、パプアニューギニアからボリビアまで。その僻地にある共同体を、プロジェクトの一員でもある著者が訪ねていく。

彼らの最大の目的は、危機に瀕した言語ともに生き抜いていきた最後の話者の声を届けるというものだ。最後の話者たちは、すでに高齢だったり、虐げられ、抑圧され、また健康を害していることも少なくない。そんな言語の戦士たちが教えてくれたメッセージは、一体どのようなものであったのか。

ボリビアの高原にあるアルチプラノという地方。ここに住むカラワヤ族の中に、薬草について途方もない博識を誇る人たちがいる。彼らは西洋医学よりも早く、独自の実験方法によってケシの効能を知っていた。そして、その秘伝の知恵を守るために、秘密の言葉を編み出したという。

地球上最も過酷な地域に暮らすユピク族。彼らは少なくとも99種類の海氷の形状を識別し、それに呼称を付けている。それ以外にも、風、海流、星や天体など、あらゆる種類の季節現象にも名前が付いているのだ。これらの情報を統合的に活用することで、彼らは優れた天候予測能力を保持している。

シベリア南部でトナカイを飼いながら暮らしているトファ族。彼らは、ドゥーングルという単語をひとつ覚えるだけで、群れの中から特定のトナカイを識別することが可能なのだという。

それぞれの言語には、地形、土地固有の種、気候パターンや植生サイクルなどの環境要素についての特別な情報が、独自の形で文法や語彙に織り込まれている。そしてそれらが消滅するということは、自然界について人間が持っていた知恵も同時に消えてしまうことを意味するのだ。

普遍文法に代表されるチョムスキーの理論と違い、著者たちが支持しているのは、言語が現実経験に影響するという「言語相対論」なるものである。言語は私たちが言い得ることを告げるのではなく、言わねばならないことを告げるという考え方であり、その根拠をさまざまな言語の中に見出している。

本書で紹介されている危機に瀕した言語の多くが、ほかでは見られない独特の歌唱法を持っているということも特徴的である。ときには歌が、それを生み出した言語より長く生き続けることもあるのだ。 

代表的なものの一つに、シベリアの奥地に住むトゥバ族のものがある。笛のような音、理容師の扱うハサミのような音、さらには霧笛のような音、そのすべてを声道ひとつで出す歌唱法で喉歌(ホーメイ)とも呼ばれている。

口承文学とは、人間の記憶が最も過酷な試練を経て、最も純粋な形で到達した地点とも言えるだろう。何千年という間、先住民族の文化は膨大な知恵を整理し、そして伝えてきた。その歴史の重みこそが、彼らの拠り所にもなっている。

また近年注目を集めているのが、言語の所有権に関する問題である。固有のナレッジにおいて重要な役割を果たす言葉というものの捉え方が、使い手によって百八十度異なるから面白い。 

ネイティブ・アメリカンに見受けられることが多いのが、「言語守秘主義」というものだ。彼らは自分の民族の言葉がオーディオテープとして保管されるような末路になるのなら、いっそ消えたほうがいいと考えている。生き残るためには、新たな話し手を作っていくしか方法がないのである。

もう一方が「言語シェアリング」という考え方である。トファ族やシベリアのチェルイム族などに見られるように、彼らは自分たちの言葉がビデオや音声で記録されることを望む。そうすることで「不死」の存在になることに価値があり、そうした記録によって生き残る可能性が増したと考えるのだ。

そのような言語シェアリングの発展形は、モホーク語の幼稚園、ナヴォハ語のポップ・ミュージック、オジブウェー語によるFacebook投稿にも見ることができる。世界で最も古い言語の多くに、このような新しいメディアが強い基盤を与えつつあるのだ。ちなみに下記の動画は、インドのアカ族の言語によるヒップホップである。

日頃、本をはじめとする「文字」の世界に浸っているがゆえに気付かされるのは、「声」の世界というものが持つ広大さである。本書は、本の中の世界から外の世界へと導くゲートウェイのような役割を担っていると思う。

世界は広い。文字に置換すると、たった5文字である。その事実を言語で記述するというだけではなく、言語的世界観を物語ることで伝えてくれている。

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昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来
作者:ジャレド・ダイアモンド
出版社:日本経済新聞出版社
発売日:2013-02-26
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『銃・鉄・病原菌』でおなじみ、ジャレド・ダイアモンドの最新刊。農耕社会以前の世界を描き出す。

言語が違えば、世界も違って見えるわけ
作者:ガイ ドイッチャー
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マンチェスター大学の言語学者ガイ・ドイッチャーによる一冊。言語と文化・思考の関係性について論じられている。高村和久のレビューはこちら

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観
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ブラジルの先住民、ピダハンの人々と30年以上に渡ってともに暮らし観察し続けた著者のルポルタージュ。ピダハンとは、まず数がない。そして物を数えたり、計算をしたりということもしない。また、「すべての」とか「それぞれの」「あらゆる」などの数量詞も存在しない。それだけでなく、左右の概念もない、色を表す単語もない、神もいないという、ないない尽くしの民族なのである。レビューはこちら

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