『最期の言葉の村へ──消滅危機言語タヤップを話す人々との30年』 言語とともに消え去っていくものたち

澤畑 塁2020年02月10日 印刷向け表示
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最期の言葉の村へ:消滅危機言語タヤップを話す人々との30年
作者:ドン・クリック 翻訳:上京 恵
出版社:原書房
発売日:2020-01-21
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タヤップ語。それは、パプアニューギニアの熱帯雨林の奥深くにある小さな村で話されている言語である。そして、その言語はいままさにこの世界から消え去ろうとしている。

「言語はなぜ消滅してしまうのか」。1980年代、当時大学院生だった本書の著者は、その謎を明らかにしたいと切望し、単身で熱帯雨林の奥地に潜り込む。当時、どんな地図にも載っておらず、そこを訪れた白人もほとんどいなかった、湿地の村ガプン。その村では、非常に古い歴史を有した言語が、ごくわずかな村人たちによって話されていた。本書は、その言語と村人たちの行く末を30年にわたって追跡した研究書であり、ルポルタージュである。

先に明かしてしまうと、本書のおもしろさは次の2点にある。まずひとつは、言語研究の本来的な務めとして、ひとつの言語の消滅過程をしっかり記録していること。そしてもうひとつは、奥地での仰天話あり、九死に一生のエピソードありで、全体としてのストーリーが一級のエンターテインメントに仕上がっていることだ。同じジャンルの本では『亡びゆく言語を話す最後の人々』『ピダハン』といった名作があるが、上記2点のおもしろさで言えば、本書はそれらに迫る傑作だと言えるだろう。
 

言語はどのように消滅していくのか

では、言語はなぜ消滅してしまうのか。それは単純に、「人々が話さなくなるからだ」と著者は指摘する。言語の消滅は、(たとえば生物種の絶滅と比べられるような)自然現象なのではない。そうではなく、それは、人々がどの言語を選択し使用するかという「きわめて社会的な現象」なのである。

パプアニューギニアは言語的に非常に多様な地域で、現在でも1000を超える言語が存在する。だが、その数の大半を占める少数言語が、いまや消滅の危機にある。そのおもな原因は公用語トク・ピシンの浸透であり、さらに言えば、西洋由来の文物とキリスト教の普及である。

典型的なパターンはこうだ。ガプンの場合もそうであったように、パプアニューギニア各地の村から短期契約労働者として男たちが他所に集められる。数年後、契約労働を終えた男たちは帰郷し、その際に村へ持ち帰ったのが、西洋由来の文物(たとえば工場製の布)であり、新たな言語トク・ピシンであった。かねてより「変化」を心待ちにしている村人たちにとって、それらはことさら輝かしく映ったことだろう。「それは貴重な財産、別世界への鍵だった」。そうやって、辺境の村の住人たちが新たな言語に惹き寄せられていくことになる。

以降、ガプンのような村でトク・ピシンが次第に優勢になっていくさまを、著者は丹念に記述している。そして、そうした記述のなかでもとりわけ興味深いのは、なにより若者が土着言語を話さなくなるという事実と、その理由である。

ガプンの若者たちはなぜタヤップ語を話さなくなったのか。その理由のひとつは、こう表現してよければ、「親や老人たちが鬱陶しい」からである。じつは若者たちはタヤップ語を理解できないわけではないし、それを話せないわけでもない。ただ、彼らがタヤップ語を使うと、周りの年配者から痛烈なツッコミや非難を浴びせられる。「それは正しい表現ではない」、「その場合はこう言うんだ。そんなことも知らんのか!」と。そうやって恥をかかされることにうんざりして、若者たちはタヤップ語を口にしなくなってしまうというのだ。著者はこんな結論を引き出している。

若者のタヤップ語を子細に観察する中で、言語の消滅という考え方自体が誤った認識であることがわかった。言語はぱっと消えるのではない。あるとき存在したものが次の瞬間にはなくなっている、というわけではない。言語は徐々に溶解する。痩せ細っていき、やがてなくなるのである。

幼虫入りゼリー、卑猥な悪態、闇夜の強盗殺人

さて、すでに述べたように、一級のエンターテインメントとしても堪能できるというのが、本書のもうひとつの魅力である。そこで以下では、本書のなかでもとりわけ痛快な記述をいくつか拾ってみよう。

ガプンのような村に滞在するなら、食事がひとつの大きな試練となることは、想像にかたくないだろう。著者が「茹でたチャエリツカツクリの卵」に初めて挑んだときのこと。現地でご馳走とされるものにありつけることに、著者の胸は踊る。ただし、予期しない問題がひとつあった。卵は偶然見つかるので、卵のなかの存在がさまざまな発達段階にあることだ。そのシーンを著者はこう振り返る。

私は愕然とした。洗面器いっぱいのピンクの粘液の中央に卵が置かれている。少女の母親が親切にも割ってくれた殻の内側から私を見つめているのは、完全な形の大きな目だった。その目を見おろしたとき──というより、その目が私を見上げたとき──映画『サイコ』のシャワーシーンのバックに流れる甲高いバイオリンの音を聞いた気がした。

もうひとつだけ、「詩的な悪態」の箇所も紹介しておきたい。ガプンの女性たちはよく悪態をつき、しかもその表現は「詩的」と評することができるほどだったという。なかでも、著者の面倒をみてくれた隣家のンダモルは抜群のセンスを有していたようだ。

彼女はあたりかまわずそこいらじゅうに卑猥な言葉を投げつけることができる。...自らの子供に呼びかけるとき、娘のひとりに言及してなにげなく「まんこはどこだい?」とか、息子に「キンタマ、こっちに来てこのナイフをお父さんに持っていって」などと言う。...夫に何かしてくれと頼まれたのを断るとき、「自分の包皮をこすりに行きな」などと言うこともある。

というように、著者はつねにあの手この手で読者を楽しませてくれる。そして最後には、「言語が消滅するとき、実際には何が消えるのか」という大きな問題に(真面目に)挑んでいる。その回答もじつにこの著者らしいものであり、本人がそれほど感傷的でないだけに、読んでいるこちら側が感傷的になってしまうほどだ。

軽快な文章ゆえ、本書は読み終えるのにもそんなに時間がかからないだろう。ぜひ、著者とともに熱帯雨林の奥地に潜り込み、幼虫入りゼリーや闇夜の強盗殺人、そしてひとつの言語の消滅過程を目撃してほしいと思う。
 

亡びゆく言語を話す最後の人々
作者:K.デイヴィッド ハリソン 翻訳:川島 満重子
出版社:原書房
発売日:2013-03-01
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消滅の危機にある言語を追って世界各地を訪ね歩いた貴重な記録。こちらも読み物として秀逸。

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観
作者:ダニエル・L・エヴェレット 翻訳:屋代 通子
出版社:みすず書房
発売日:2012-03-23
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ある少数民族の言語を調査し、最終的にはチョムスキー派の普遍文法論に異議を唱える挑戦の書。アマゾンの奥地を行く冒険譚がエキサイティングすぎる。

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