皆ひとしく、その時に向かっている 『エンド・オブ・ライフ』

吉村 博光2020年02月09日 印刷向け表示
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エンド・オブ・ライフ
作者:佐々 涼子
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2020-02-05
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何もない土曜日。我が家で最初に「行ってきます」を言ったのは、84歳の母だった。朝8時、迎えに来たデイサービスの車に車椅子のまま乗り込んでいった。そしてさっき、「お年玉でオモチャを買いたい」という息子と「友達の誕生日プレゼントを買いたい」という娘を連れて、妻が出ていった。そして、私は一人リビングに残された。

早速、昨日泣きながら読んだ本書『エンド・オブ・ライフ』の素晴らしさを多くの人に伝えようと、パソコンを立ち上げた。当然だが、原稿というのはいずれ書き終える時がくる。そういうものだ。今回は、その最後の一文をどんな気持ちで書き終えるだろう。笑顔と拍手で終えられるだろうか。それは、今をどう生きるか(どう書くか)、にかかっている。

そう考えると、今この瞬間の中にも、生と死があることに気づく。この本は終末医療を扱ったノンフィクションだが、私が本書を全ての人にお薦めしたい理由はそこにある。ここに書かれた複数の「死」に触れることで、読者一人一人の「生」の密度はより濃いものになるに違いない。誰しも、死に向かっていることは、同じなのだから。

生と死を扱った本は他にいくらでもある。しかし、これほどまでに身近でありながら、かつズシリとした重みのある本を私は他に知らない。それは、本書の題材が現在進行形の在宅終末医療の現場だからということもある。でももう一つ、取材対象者によるところが大きいと思う。

これは、私の友人、森山文則さんの物語  ~本書扉より

森山は、京都にある渡辺西賀茂診療所の訪問看護師だ。数年間で200人以上を看取ってきたという。本書のプロローグは、2018年8月に彼の身体に起きた、小さな異変の記述から始まる。そして彼が、生存率の低いすい臓原発のがん(ステージⅣ)に侵されていることが、読者に明かされる。

同年9月。旧知の間柄だった著者のもとに、彼の同僚からその報せが届いた。すぐに京都に向かい、3人で車に乗りこんだ。天気の話など、ぎこちない会話がしばらく続く。同僚もなかなか切り出せない。結局、著者のほうから病気の話を切り出した。その時の森山の反応は、次のようなものだったという。

森山の仕事は、患者が死を受容できるように心を砕き、残された時間を後悔のないように生きるよう導くことだった。彼はすでに自分が終末期に近づきつつあることを、わかっているはずだ。しかし、彼の口からはこんな言葉が漏れた。
「僕は生きることを考えてます」  ~本書「2018年現在」より

これまで訪問看護師としての姿しか見てこなかった著者にとっては、意外なものだったようだ。そしてその時、森山は「患者さんたちが、僕に教えてくれた」といったという。その言葉に導かれるように、著者の脳裏には、京都の家々を回った訪問看護の取材の記憶がよみがえってきたという。

死が迫った患者の願いで、京都から知多半島まで潮干狩りに行ったこと。終末期の患者さんのお宅でのハープコンサートを開いたこと。がんに侵された若い母親とその子供たちと一緒に夢の国(ディズニーランド)を訪れたこと。気の強い老婦人の願いを叶えるために、生きたドジョウを探し回ったこと…

本書の著者は、『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で開高健ノンフィクション賞を受賞し、震災の絶望からの復興を『紙つなげ!』で描いた佐々涼子である。元気だった頃の森山と患者たちとの触れ合いを、この優れたノンフィクションライターの筆致で読むことができるのは、奇跡というほかない。

上にあげたような終末期の方々の力強い生き様を読んで、泣き虫の私の涙腺は何度も崩壊した。それだけではない。彼らは、死してなお贈り物を遺していくというのだ。ひとしく「死」という運命を抱えている我々にとって、それは、何よりの救いではないか。本書のテーマである「理想の死」の大きなよすがといえるだろう。

元気だった頃の森山が看護した患者さんの姿と、病状が進行していく2018年~2019年の森山の姿が、本書では交互に描かれる。そこに、佐々家の在宅看護が入ってくる。章の間から浮かび上がってくるのは、終末期の患者であっても名前をもった一人の人間だ、という事実だ。そこには、果たしたい夢や届けたい思いが必ずある

私たちは決して、「患者」という一枚のレッテルだけを貼るようなことをしてはならないのだ。長い取材の果てに本書を書きあげた著者は、多くの死に立ち会うことで自らが学んだものについて、次のように述懐している。

気を抜いている場合ではない。貪欲にしたいことをしなければ。迷いながらでも、自分の足の向く方へ一歩を踏み出さねば。(中略)そうやって最後の瞬間まで、誠実に生きていこうとすること。それが終末期を過ごす人たちが教えてくれた理想の「生き方」だ。少なくとも私は彼らから「生」について学んだ。  ~本書「あとがき」より

私が本書を読んで感じたことと、著者の言葉が重なった。著者のメッセージが確実に伝わったようで嬉しかった。これは、本当に美しく、素晴らしい本だ。「生と死」に対する著者の深い造詣。それを表現するための、適切な言葉選びや優れた構成。そして、著者が森山と出逢えた奇跡。本書は、その全てが織り成した傑作である。

さぁ、最後の一文を書く時がきた。本書の看取りのエピソードの一つを紹介したい。最後の力で家族とディズニーランドに行く夢を果たし、危篤状態で一人一人に声をかけ続けた若いお母さんが、息を引きとった時のことだ。そこにいた人たちから、思いもかけず、拍手が起きたという。

果たして私たちは、このような「死」を迎えられるような「生」をおくれているだろうか。私たちは、この人生が他の誰かのものではなく自分自身のものだということを、もっと強く自覚する必要があるのかもしれない。

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