『脳のなかの天使』 シミュレーションし、越境するニューロン

高村 和久2013年04月09日 印刷向け表示
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脳のなかの天使
作者:V・S・ラマチャンドラン
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2013-03-23
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切断手術を受けた後、失ったはずの腕を鮮明に感じ続ける人がいる。幻の腕が痛むこともある。

特定の数字に、特定の色がついて見える人がいる。例えば、「7」には赤い色がついている。

本書は、名著『脳の中の幽霊』から14年、あのラマチャンドラン博士の新刊である。カリフォルニア大学サンディエゴ校の脳認知センター長であり、上記の「幻肢」や「共感覚」のような脳疾患を研究し、また治療してきた。1997年に初めて共感覚の症例に出会った後、それが作り話ではなく実在していることを証明し、共感覚を1つの研究分野として確立させた。「幻肢痛」を訴える患者に対しては、鏡を用いた画期的な診療を編み出した。そんな博士が、多くの興味深い症例や実験を挙げながら、「自己とは何か」と言う大テーマについて一般の読者向けに語ったのが本書だ。人間は、サルなのか、それとも天使か。脳科学は、ここ15年で驚異的に進化し、新たな知見が蓄積されてきた。

ラマチャンドラン博士は、“人間は真にユニークで特別な存在であり、「単なる」霊長類の一種ではない”と考える。それは、進化論と相反するものではない。人間が精神的能力を持ったことは、水が氷に変わるように、進化の過程で起こった「相転移」だと考えられる。脳そのものは、30万年前に既に現在の大きさに達していた。しかし、爆発的な精神の向上という「相転移」は、6万年前までは発生しなかった。一体、なぜだろうか?

本書は、脳の可塑性の話から、視覚の話題に話をすすめ、そこから、共感覚、ミラーニューロン、言語の進化と進んでいく。そして、人がどのように「美的感覚」を感じるのかという議論を経て、最期に、「自己の意識」とは何かというテーマについて大胆に推理する。その研究スタイルは直観的だ。

知識に基づく推量と直観に思考のかじを取らせ、どこであれ、実験に基づくデータがまばらにしか存在しないところを進むに任せた。それはなんら恥ずべきことではない。科学的研究の未踏領域はみな、まずそのようにして探査されなければならない。

本書を通じて注目されるのは「ミラーニューロン」である。ミラーニューロンは、その名の通り他人の動作を読みとって発火するニューロンだが、これを自分に振り向けることによって自意識が発生したのではないかという。自分で自分をシミュレーションした結果が「意識」ということか。抽象的な思考もミラーニューロンによるものらしい。また、近年、前頭葉に「標準(カノニカル)ニューロン」という新しいタイプのニューロンが発見された。これは動作を真似るのではなく「見ただけで」発火する。アフォーダンスを認識するニューロンということだろうか。興味深い。

ミラーニューロンに関しては、「幻肢」にまつわる症例が紹介されている。腕を失った患者に他の人の腕を観察してもらい、その(他の)人の腕をマッサージしたところ、失った腕がマッサージされているように感じたというものだ。このマッサージにより、幻肢痛が軽減される効果があった。これからわかるのは、腕や皮膚などからのフィードバックが、ミラーニューロンからの情報の真偽判定のために重要だということだ。ミラーニューロンの存在下で他人と自分の動作を区別しているものは、自分自身からの適切なフィードバック信号である。自閉症の人の自己刺激行動も、自分で自分を固定するための動作として説明できるとする。精神には身体性が必要だ。

また、本書でミラーニューロンと同様に注目されているのは、共感覚に代表される異なる脳領域間の結合である。一見無関係とも思える概念や言葉を結びつける能力が、創造的思考の基礎となる。芸術家に共感覚者が多いことも知られている。ラマチャンドラン博士は、言語が生まれる過程においても、このような脳領域間結合が重要な役割を演じたと考えた。これにより、様々なモノを言葉の響きとして表現することができるようになった。視覚・聴覚・発声・運動をコントロールする脳の領域が連動し、お互いにお互いを高めて言語に到ったとする。

本書は、ここから、脳が「美」をどのように感じるか、また、脳が「自己意識」をどのようにして獲得するかと言うテーマに進む。脳が美しいと思うものは「グループ化」「ピークシフト」「コントラスト」「単離」「いないいないばあ」「偶然の一致の回避」「秩序性」「対称性」「メタファー」の9つの法則を満たしているという。詳細は本書をご参照頂きたいが、たとえば「グループ化」については、脳が何かの一致を認識した瞬間、異なる領域の神経細胞の発火タイミングが「揃う」いわゆる「アハ!体験」が発生するという。「自己意識」に関しては、7つの観点が示され、それらが進化の過程でどのようにして生まれたのかが脳科学的に検討される。あまり本筋ではないが、紹介されている「にせものの症例」が興味深い。「ド・クレランボー症候群」は、「若い女性がもつ、自分よりはるかに年上の男性が自分に激しく恋をしていながらそれについて否認しているという強迫的妄想」だ。「コロ」という症候群はペニスが小さくなって消えてしまうという妄想だ。これは、上頭頂小葉が縮小しているという風に説明できなくもないらしい。

話が逸れたが、ラマチャンドラン博士は、興味深い症例の数々を用いて「リアルな実感」である「クオリア」と、それを認識する「自己」について推理していく。左脳が病気の事実を認めずに行う「病態失認」について読んだ時は、なんだか自分みたいで身につまされた。きっと、ラマチャンドラン博士はそんなことないだろう。

バナナに手をのばすことならどんな類人猿にもできるが、星に手をのばすことができるのは人間だけだ。

清々しい読後感の一冊。あなたの脳にも、ぜひ。

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