『羽―進化が生みだした自然の奇跡』 羽は謎に満ちている

村上 浩2013年05月12日 印刷向け表示
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羽―進化が生みだした自然の奇跡
作者:ソーア ハンソン
出版社:白揚社
発売日:2013-04
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鳥を知らない人に、鳥がどんな生き物であるかを簡潔に伝えるには、どうすればよいだろう?

「卵を産む動物」では、カエルやワニも鳥の仲間になってしまう。「クチバシを持つ動物」はいい所を突いているが、イカにもクチバシはある。当然、「空を飛ぶ動物」でもうまくはいかない。コウモリや蚊だって、空を飛べるのだから。

答えは、本書のタイトルでもある「羽」にある。羽こそ、鳥だけに備わった特性である。鳥以外に羽を持つ動物はいないのだ。「自然が生み出した最高傑作」とも称される、進化が生み出した羽という奇跡に、著者ソーア・ハンソンは次々と疑問をぶつけていく。

羽は、なぜ鳥にしかないのか?羽は、なぜあんなに温かいのか?羽は、どうやって鳥に大空を飛び回る能力を与えているのか?羽は、どうして美しいのか?羽は、どうしてこれほどまでに人を魅了するのか?

本書は、羽の進化と鳥の起源を巡る謎からスタートする。今でこそ、「地球は丸い、太陽は地球の周りを回ってはいない、大陸は移動する、そして鳥類は恐竜から進化した」とまで断言する進化生物学者が現れるほど、鳥類が獣脚類恐竜に起源を持つことに疑問を唱える者は少なくなった。しかし、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。150年前のある化石の発見以来、幅広いジャンルの学者達が、鳥の起源を巡って激しい議論を闘わせてきたのだ。

その化石は、生物学の「ロゼッタ・ストーン」とも呼ばれ、鳥の進化、生物の進化を語る上で、欠かすことのできないものである。「アルケオプテリクス・リトグラフィカ(石に刻まれた古代の翼)」という学名が与えられ、爬虫類の骨格と鳥類の羽を持つこの化石は、日本ではシソチョウという名で知られている。本書では、シソチョウ化石がどのように発見され、どのような議論を巻き起こし、どのように進化の概念を揺さぶったのかが丁寧に描かれる。

著者ハンソンは、過去の議論を振り返るだけでなく、自らの足を使ってこのテーマへ切り込んでいく。なにしろ、ネットオークションでシソチョウ化石(の複製)を購入し、更にはワイオミング恐竜センターへと足を運んで自らの目で本物のシソチョウ化石の姿を確かめるのだ。好奇心を抑えることなく、羽の謎を追い求めて世界を飛び回るハンソンのフットワークは、極上の羽毛布団のように軽い。本書を読み進めていると、著者と一緒に楽しい冒険の旅に出ているような感覚すら味わえる。

ハンソンは、鳥の進化の謎の解明に大きく貢献した2人の学者から直接話を聞くことで、「進化を巡る科学」がどうやって進化してきたのかを分かり易く解説する。2人の内の1人は中国の古生物学者、徐星である。彼の子どもの頃の夢は、アインシュタインのような物理学者になることだった。十分な教育の受けられない田舎で生まれ育ちながらも、徐星は必死で勉強し、北京大学入学の資格を得た。しかし、物理学部へ入学するには成績が不足しており、中国政府が指示する地質学部で古生物学を専攻するしか、大学へ残る方法はなかった。

渋々ながら古生物学に進んだ徐星であったが、時は彼に味方した。彼が大学院生だった1996年に、中国で鳥の進化の鍵を握る羽毛恐竜の化石が発見され、遼寧省で化石発掘ブームが起きたのだ。最もエキサイティングなタイミングと場所で古生物学者としてのキャリアをスタートした徐星は、次々と進化の謎を解く化石を発見し、鳥類の起源を明らかなものとしていった。彼が「やりたい仕事」にこだわっていれば、鳥の進化に関する研究は、何年も遅れていたかもしれない。ほんの些細な偶然と幸運を逃さない才能が、科学の世界を大きく変えたのだ。

そんな徐星の成果も、重要な貢献をした2人の内のもう1人である、リチャード・プラム博士がいなければ、成し遂げられなかったかもしれない。プラムの凄さは羽の発生過程から、進化の秘密を解き明かそうと考えたところにある。これは徐星が古生物学を選ぶよりも前の話であり、それまでは、「空を飛ぶために羽が誕生した」といった具合に、羽の起源はその機能面ばかりから考察されていた。つまり、「羽は何のために発生したのか」ということばかりが注目され、「羽はどのように発生したのか」という視点がおざなりにされていたのだ。

プラムは現代の鳥の羽の発生過程を徹底的に調べ、様々な発生段階を示す羽の生えた恐竜化石が発見されるだろうと予言した。そして、徐星らの活躍で、プラムが予言した通りの羽を供えた化石が次々と見つかってきている。「鳥」「羽」の起源にフォーカスを絞った議論を追うことで、自然界全体を貫く自然選択、進化が本当はどのようなものであるかがよりクリアに見えてくる。何が進化を促すのか、化石からどのように進化の痕跡を探るのか、ぐいぐいと引き込まれていく。

これほど魅力的な「羽」というテーマを、進化という観点だけで終わらせる著者ではない。その驚異的な能力にもメスを入れていく。例えば、アメリカキクイタダキの羽衣の内側と外気の温度差は78度にも及ぶという。これほどの断熱性を誇り、かつ軽い繊維は、現代の科学技術でもつくり出せない。また、羽の美しさに魅せられた人間を追いかけて、ラスヴェガスのコーラスガールやニューヨークの羽帽子店までをも訪れている。本書のテーマの広がり具合は、羽にまつわる面白いことを、全て書き尽くしてしまったのではないかと思わせるほどだ。数多く添えられた図版の美しさも、本書を際立たせていることも強調しておきたい。

そして、長らく人類の夢であった、鳥の飛翔能力に迫るパートは必見だ。動物の飛翔速度の世界記録は、ハヤブサが滑空時に記録した時速389キロだが、鳥はどうやってこれほどの飛翔能力手に入れたのか。地上から飛び立ったのがその起源なのか、樹上から飛び降りたのがその起源なのか、未だに決定的な証拠は見つかっていない。しかし、本書では非常に魅力的で有力な仮説が紹介されている。そのWAIR(翼に補助された傾斜走)と呼ばれる仮説は、あまりにも見事に様々な事象を説明できるので、この議論も勝負ありかと思わされる。この仮説の詳細は、是非本書で確認して欲しい。その論理展開の美しさにうなるはずだ。

WAIR仮説は、著名な鳥類学者の子どもが、鳥が飛び立つ瞬間を徹底的に観察したことがきっかけとなってもたらされた。そして、めくるめく知的興奮をもたらしてくれる本書の内容も、先入観にとらわれない、著者の探究心からもたらされた。目の前にあるものをありのままに見つめ、疑問に思い、感嘆すれば、自分にもこのように世界を見ることができるだろうか。世界がつまらなく見えたのなら、自分自身がそうしているのかもしれない。世界は驚きと喜びに満ちている、そう確信させられる一冊である。

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鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー)
作者:川上 和人
出版社:技術評論社
発売日:2013-03-16
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もう読みましたよね?成毛眞土屋敦内藤順のレビューを読んだら、読まずにいられないですよね?とにかく、面白いことは間違いない本である。何が面白いって、この著者自身がむちゃくちゃ面白いのだ。ゲラゲラ笑いながら、鳥と恐竜の関係を深く知ることができる。

ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト―最新科学が明らかにする人体進化35億年の旅
作者:ニール シュービン
出版社:早川書房
発売日:2008-09-05
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地球は水の惑星とも言われ、生物の起源は水中にある。それでは、生物はいつ水中から陸上にあがってきたのだろう。その進化の鍵を握る、”腕立て伏せをする魚”として知られるティクターリク化石発見の発見者の1人がこの本の著者である。ヒトを見れば魚が見えてくる、魚を見ればヒトが見えてくる。悠久の進化による生物の繋がりが感じられる。化石発掘現場のリアルな大変さが垣間見えるところも面白い。

進化論の何が問題か―ドーキンスとグールドの論争
作者:垂水 雄二
出版社:八坂書房
発売日:2012-05
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進化にまつわる議論はどのように行われてきたのか。リチャード・ドーキンスの著著を数多く翻訳してきた著者による一冊。ドーキンスとグールドの生い立ちから、それぞれの論の背景を探っていく。レビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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