『職業治験』治験だけで生活をするプロの生態

田中 大輔2013年09月17日 印刷向け表示
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職業治験 治験で1000万円稼いだ男の病的な日々
作者:八雲 星次
出版社:幻冬舎
発売日:2013-09-12
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この本は治験だけで生活をする男の体験記である。初めての治験から、プロ治験者の第一人者「教授」との出会い、「教授」を介した裏ルートでの治験、海外での治験、プロ治験者の末路など、著者が経験した出来事をまとめた本だ。これがとてもおもしろく最後まで一気に読んでしまった。治験というある種グレーな世界が、こんな風になっているとは……という驚きとともに、きっと治験の世界に興味をもつことになるだろう。

新薬を開発するためには治験が欠かせない。治験というのは薬を世に送り出すために必要な臨床試験のことである。何百回にも及ぶ動物実験で安全性を確認したのち、薬効と副作用を調べるために行われる人体実験のことだ。第一段階の治験では、健康な成人に薬の成分を薄めたものを投与してデータを取る。薬効の確認というよりは、重大な副作用がないかどうかといった安全性を確認すること。また薬が体内に入ってから出るまでの時間、すなわち薬物動態を調べるのが主な目的である。

この治験は高収入のアルバイトとして知られている。ネットで治験と検索してみると、治験斡旋のHPがたくさん見つかるはずだ。その治験を生業にしているひとが存在すると聞いて驚いた。彼らは「プロ治験者」と呼ばれている。次から次と治験を渡り歩き、時には治験のルールを破りながら、それだけで生活をしている人のことである。

この本の著者は7年間治験だけで生活をしているプロ治験者である。働いたら負けかな?と思っている彼の語り口は軽くとても読みやすい。治験に関するバックボーンなどもきちんと調べられていて、読んでいてなるほど。と思うことも多かった。それ以上に治験の現場って、そんなに恵まれていて、そんなにお金がもらえるの?という驚きがあり、また治験で行われている不正行為(主に喫煙)など、わりとゆるい基準をみて、ほんとうにそんなんで大丈夫なのか?と不安になってしまった。

プロ治験者である著者の年収は160万円。納税額はゼロで手取りも160万円である。治験で貰える報酬は、労働の対価ではなく、ボランティアの時間拘束に対する負担軽減費という形で支払われているものなので、所得ではないため納税の必要はないということらしい。著者がプロ治験者になったのは、ただ楽がしたかったからだという。治験の入院期間を除けば、あとは好きな事を好きなだけやって生きている。そんな生活は働きたくない、楽をしたいと思う若者には夢のような生活かもしれない。しかも健康を管理されているがゆえにとても健康な生活が送れるのだ。

著者が初めて受けた治験はものすごく恵まれた環境で行われた。この話だけをみると、治験というのもおいしい商売じゃないか!と思ってもおかしくない。著者がはじめに受けた治験は20泊21日で、負担軽減費は52万。病院の施設はきれいで、看護師のレベルも高く、とてもいい条件の治験だったようだ。その治験の話で驚いたのは食事のメニューである。うな丼、すまし汁、エビサラダ・サウザンドドレッシング和え、季節の漬物、水菓子、フォンダン・ショコラ・バニラアイスクリームを添えて。まったく病院食とは思えない豪勢な食事だ。そんなものを毎日食べられて、薬をのむ日以外は病院の中で好きに生活できる。それでお金がもらえるなんてそんな美味しい話があっていいのだろうか?

もちろん治験の期間は外にでることはできないし、間食なども禁止。食事の時間や睡眠の時間は決まっているし、常に監視をされているので、プライバシーはない。しかし病院には娯楽施設が完備されていて、マンガはたくさんあるし、ネットもゲームもやり放題。薬を飲む日だけは採血のメリーゴーランド(15分~30分間隔で採血をとられ続ける)という地獄のような時間があるけれど、それ以外は自由。それで50万の報酬というのは、やはり条件が良すぎる気がする。(もちろん薬の副作用というリスクはあるけれど……。)

もちろんそんなに条件のいい治験ばかりがあるのではないようだ。なかには劣悪な環境も存在する。通常、1度治験に参加すると、4ヶ月は次の治験に参加ができないことになっている。しかしプロ治験者は収入を得るためにグレーな方法を使い、4ヶ月も間を空けずに次の治験を受けているのだ。そういったグレーな方法が使える病院は、報酬も他より安ければ、環境もよいとはいえない。拘束期間中ずっと3食とも冷めきった唐揚げ弁当がでてきたという話には戦慄を覚えた。

たいがいそういう治験に参加している者は問題を抱えている場合が多い。治験期間内なのに喫煙をしている人などもいるのだとか。そういった病院でとられた治験のデータが実際の薬をつくる際に使われると思うと、自分が飲んでいる薬ってほんとうに大丈夫なの?と少し心配になってしまった。薬をつくるために作られたデータというのは、けっこう適当なんじゃないのか?という疑問を抱かずにはいられない。だから薬害問題がおこるのか!と、少し納得してしまった部分もある。

それにしても薬をつくるために必要な治験の世界が、こんなに魅力的で、いかがわしいものだなんて、想像もできなかった。こういう人たちのおかげで?薬ができているのかと思うと少しフクザツな気分になってしまうな。

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