『「うつ」は炎症で起きる』 「それは体の問題」という新たな視点

澤畑 塁2019年06月12日 印刷向け表示
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「うつ」は炎症で起きる
作者:エドワード ブルモア 翻訳:藤井 良江
出版社:草思社
発売日:2019-05-29
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若い医師はあるとき、リウマチ性関節炎と診断されていた女性患者がうつ病をも患っていることに気づいた。そのささやかな発見に気をよくした彼は、上機嫌で先輩医師にその旨を伝える。だが、先輩医師から返ってきた反応はきわめて淡白なものであった。「うつ病? そりゃ、君だってそうなるだろうよ」。

以上は、本書の著者エドワード・ブルモアが内科の研修医時代に実際に経験したことである。そしてそのエピソードは、うつ病がこれまでどのように扱われてきたのかをよく物語っている。それはすなわち、「うつ病のような精神疾患はすべて心の問題だ」という扱われ方である。「そりゃ、君だって関節炎のことで悩むだろうし、そうしたらうつ病にでもなるだろうよ」というわけだ。

しかし、著者はいまやまったく別様に事態を見ている。その見方は、かつては自分でも「いかれている」と思えたようなものだ。著者曰く、先の女性患者は「リウマチ性疾患のことを思い悩んだせいでうつ状態になったとは思わない」。そうではなく、「もっと単純に、炎症性疾患にかかったから、彼女はうつ状態になったのだ」。つまり、じつは体の炎症それ自体がうつ病のおもな原因である(!)というのだ。

その新たな見方は、もし正しいとしたら、うつ病に対する扱いを根本から変えるものとなるだろう。なんてたって、うつ病はただの「心の問題」(や「脳の問題」)であるだけでなく、「体の問題」でもあるというのだから。しかし、その見方には本当に説得力があるだろうか。

著者によれば、体の炎症とうつ病との関連を示す証拠は年々増えてきている。たとえば、9歳の時点で軽い炎症を起こしている子どもは、その後の18歳の時点でうつ状態になっている可能性が明らかに高い。また、B型肝炎の治療として患者の体内で強い炎症反応を生じさせると、患者のじつに3分の1がうつ状態になってしまう。そのように、近年集まりつつある科学的証拠は、炎症とうつ病との因果関係を示し始めているというのである。

だが、体の炎症がうつ病の原因であるとして、前者は後者をいったいどのようにして引き起こすのか。その因果的メカニズムを明らかにすることこそが、著者の研究の最も目を惹く部分であり、本書のハイライトでもある。以下で、その概略を簡単にたどってみよう。

ポイントとなるのは、免疫系の働き、とくに免疫細胞とサイトカインの働きだ。免疫系は、異物の侵入などからわたしたちの体を守ってくれる防衛軍のようなものである。たとえば、あなたが外傷を負ってしまい、その傷口から細菌が体内に侵入してきたとしよう。すると、マクロファージ(白血球の一種)などの免疫細胞がいち早くそれを察知し、細菌を「非自己」として排除しようとする。傷口周辺が腫れたり、熱をもったりといった炎症反応が生じるのも、じつはそのように「免疫系が非自己から自己を守る行動」が起きているからなのだ。

そしてそうした免疫系の闘いは、局所にとどまらないことがある。なかでも、現場の部隊だけでは対処できないようなケースでは、前線のマクロファージはほかのエリアにいる部隊へ速やかに情報を伝達することになる。そしてその際にマクロファージが発するのが、サイトカインというホルモンだ。そのホルモンは血流に乗ってほかのエリアへ運ばれ、そこにいる免疫細胞たちに警報や出動命令を伝えていく。そうやってサイトカインは、ほかのマクロファージたちを「怒らせる、つまりもっと炎症を起こさせるのだ」。

さて、そこでとくに重要となるのが、免疫細胞やサイトカインがじつは脳にまで到達するという事実である。従来は、脳は血液脳関門(BBB)という障壁に阻まれていて、体の免疫系から完全に切り離されていると考えられていた。ところが、最近の研究によって、BBBの壁(内皮細胞)には十分な隙間があり、サイトカインや免疫細胞がそこを通過していることがわかってきたのである。

ということはつまり、体の免疫系は脳に対して影響を与えうるというわけだ。実際、体で炎症反応が生じると、そこで放出されるサイトカインをとおして、その影響は脳にも及んでいると考えられる。その際にサイトカインは、(脳内のマクロファージともいえる)神経細胞のミクログリアを活性化させ、「脳の炎症」を引き起こす。そして、その結果大きな被害を受けていると考えられるのが、(扁桃体や前帯状皮質を含む)脳の情動ネットワークだ。だから、体に炎症が生じると、人は気分がひどく落ち込み、その行動が変わってしまうことがある。だから、炎症を原因として、人はうつ病になってしまうことがある、とそう著者は主張するのだ。

以上が、「炎症はうつ病を引き起こす」と述べるときに、その因果的メカニズムとして著者が見ているものである。そしてその見方と関連して、本書ではほかにも次のようなトピックが論じられている。そもそもわたしたちはなぜうつ病になったりするのか(第6章)。うつ病と炎症に、社会的ストレスはどのように関係しているのか(第6章)。そして、上の見方が正しいとしたら、うつ病の治療は今後どのように変わっていくのか(第7章)。それらのトピックに関してもユニークな見解が示されていて、本書は最後まで読者の好奇心を刺激し続けてくれる。

著者の書きっぷりも小気味よいものであるので、わたしのようにサイエンス読み物を好む人であれば、本書の展開にグイグイ引き込まれてしまうのではないか。そうした意味でも、本書は専門家以外の読者にも広くおすすめできる1冊である。ただしもちろん、本書の見方が正しいかどうかについては、今後のさらなる検証を待つ以外にないだろう。その新たな見方は本当に革命をもたらすのか、その結果がいまから楽しみである。

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