『独裁者のためのハンドブック』 独裁者は援助がお好き?

村上 浩2013年12月02日 印刷向け表示
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独裁者のためのハンドブック (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)
作者:ブルース・ブエノ・デ・メスキータ 翻訳:四本健二
出版社:亜紀書房
発売日:2013-11-15
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民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。

これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。

イギリス首相として、第二次世界大戦を勝利に導いたウィンストン・チャーチルの言葉だ。たしかに、民主的選挙で選ばれた日本の政治家の醜態を見るにつけ、民主主義は最悪の形態だと言いたくもなる。しかし、独裁政治体制下の貧困や拘禁の恐怖におびえる生活を想像すると、民主主義国家以外で暮らしたいと思えなくなることもまた事実である。

それでは、民主主義と独裁の本質的な違いはどこにあるのか。この2つを分かつのは国民の貧困レベルや市場経済の有無、そして統治者の腐敗度でもない。本書の著者が「現代世界の独裁者の殿堂」入りだと称えるリー・クアン・ユーは、秘密口座で私腹を肥やすこともなく、経済改革によりシンガポールを世界トップクラスの豊かな国とすることに成功している。

民主国家と独裁国家の違いは、リーダーが権力を維持するために支持を必要とする集団の大きさの違いにあると、著者は指摘する。民主国家では、権力維持のために独裁国家よりも多くの集団からの支持が必要となる。このリーダーの権力維持構造(支配者を支配するルール)の違いこそが、リーダーが「何を」、「どのように」行うかの違いを生み出す主要因となるのだ。

著者はリーダーを支える集団を、名目的な有権者集団、実質的な有権者集団、盟友集団の3つに分類する。上場企業を例に取れば、何百万人といる小口の個人投資家は「名目的な有権者集団」、大手機関投資家などの大株主は「実質的な有権者集団」、そして実際にボードメンバーを選ぶ人々が「盟友集団」となる。この3集団のフレームワークを使えば、権力者たちの思惑と行動の因果関係が驚くほど明快に浮かび上がってくる。

本書では、このフレームワークに沿って100人を超える独裁者が紹介されている。彼らの壮絶な人生に触れるだけでも驚きの連続。個性的な独裁者たちの行動は常人の理解を超えている。数百万人が飢えに苦しんでいたエチオピアは海外からの援助物資に関税をかけようとした。軍を掌握し長年民衆を苦しめ続けていたはずのガーナのJ・J・ローリングスは、突然自らの意思で民主化へと舵を切った。彼らはなぜこれほど残酷に、また場当たり的に行動するのか。

非合理に思えるこれらの行動も、3つの集団間に働く力関係を基にした分析を読めば、実は合理的なものなのだということがみえてくる。そして、リーダーにとっては権力の維持こそが最重要課題なのだと痛感する(権力に固執しない者は、権力を掴む競争に勝つことはできない)。本書では様々なリーダーの行動が解説されているが、ここでは上記のローリングスによるガーナの民主化への軌跡を、独裁者が気を付けるべきポイントとともに紹介したい。

ローリングスは、軍事クーデターにより権力の頂点に立つことに成功した。彼が国家元首として先ず取り組んだのは軍事費の増大と、反対勢力の粛清だ。民衆が飢えに苦しんでも、ローリングスが資金を貧困解決に向けることはなかった。彼にとって、軍隊こそが自らの権力の維持に不可欠な、盟友集団だったからだ。彼は何も多くの国民を殺してしまいたかったわけではない。自分の権力を維持するためには軍からの支持が必要で、それにはお金がかかるのだ。

独裁政権維持のためのポイントは、いかにこの盟友集団のサイズを小さく保つかにある。大きな盟友集団には、多くのお金が必要となるからだ。もう1つのポイントは、盟友集団たちに、彼らの地位がいかに不安定なものかを思い知らせることにある。盟友集団の人々も、自分たちの存在が取り替え可能なものだと分かれば、要求できるお金は少なくなり、より従順にせざるを得なくなる。(多くのものを望みすぎるとあっさりと暗殺され、他のメンバーに取って代わられるだろう)。

それでは、ローリングスは、なぜ民主化へと向かったのか。もちろん、飢えに苦しむ民衆の姿に良心が痛んだからというわけではない。民主化を推し進めたのは、彼が自由にできる資金の枯渇である。資金の枯渇がどうして民主化に繋がっていくかについては、是非本書で確認して欲しい。

苦しむ人々に寄せられる援助は独裁政権の維持のために消費され、より大きな苦しみを招く場合がある。民主主義国家の都合が、独裁者を生きながらえさせてきたという側面もあるのだ。我々は別々の世界を生きているわけではなく、それぞれに影響し合っている。本書では、国際援助以外にも、公共事業、財政、賄賂や腐敗がどのような仕組みで発生しているのかが語られている。

著者は、本書の目的は「べき論」を語ることではないと断りながらも、より良い世界の実現への希望を捨てていない。国際援助も、正しい条件付けのもとでは正しく機能する可能性が大いにある。先ずは、支配者がどのようなルールに縛られ、「何を」、「どのように」行ってきたのかを知る必要がある。本書には、行き詰まっているかに見える民主主義を「より良い最悪」に改善するヒントが詰まっている。『独裁者のためのハンドブック』は、民主主義国家を生きる人々のためのハンドブックでもあるのだ。

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