『贈答の日本文化』

山本 尚毅2011年09月01日 印刷向け表示
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贈答の日本文化 (筑摩選書)

贈答の日本文化 (筑摩選書)

  • 作者: 伊藤 幹治
  • 出版社: 筑摩書房
  • 発売日: 2011/7/13

ホワイトデーは日本で創られた日だった、本書を読んだ中での一番の驚きである。

日本でのバレンタインデー導入の際に、洋菓子業界が販売戦略の一環として創られた。ホワイトデーは創出された実に巧妙な企業戦略であった。ホワイトデーが「お返しの日」として日本で創案&浸透したのは、バレンタインで受け取ったチョコに対する返礼として、贈り物をすることで「贈答」の機会を創出したことにある。ホワイトデーなしでは、日本でバレンタインデーは普及しなかったかもしれない。

ホワイトデー創出の謎は、本書の核となる互酬性及びその原理について考えることで紐解けていく。互酬性とは自己と他者の間に形成される相互関係のことである。自己から他者に与えられる贈与が、自己と他者の間でやり取りされる交換に転移するのはそこに相互関係としての互酬性が介在するからである。そして、互酬性には贈る側の「返礼の期待」と贈られる側の「返礼の義務」の二つの原理がある。互酬性の原理に含まれる返礼の義務をあらかじめ男性に仕組化したものがホワイトデーである。この贈りものにより、女性の返礼の期待を満たすのだ。日本では欧米諸国と比較して、贈りものに対するお返しが重視され、贈答の文化が高度に発達している。その背後には、恩と義理という社会規範が底辺に流れている。恩と義理と贈答の関係性はここでは書ききれないので、ホワイトデー日本創出の謎解きの続きは本書を購入してほしい。

話は変わって、日本の近代政府は贈答の慣行を政府は廃止しようと企んでいた。しかも、明治、大正、戦後の三回に渡り、形を変えて、実施されていた。生活の簡素化が強調され、お中元、お歳暮の廃止、子どもの楽しみであるお年玉まで廃止の対象としていた。北海道の結婚式に根付いている会費制(ご祝儀ではない)は戦後の生活改善運動の成果であろう。しかし、日本社会には返礼の期待と返礼の義務という、人間社会に普遍的な互酬性の原理が深く根ざしており、国家権力が介入しようとも廃止することはできなかった。では、人びとは本当に贈り物のある生活を好んでいるのかといえば、そうではない。少々古いが1970年代の調査で贈り物のない生活を44.4%の人が望んでいるという結果もある。

伝統的な贈答の機会が廃止されようとしていたが、高度成長期には新たな贈答の機会が市場経済の要請からであろうか、導入されて続けている。近代以降に欧米から受容された家族の誕生日、クリスマス、結婚記念日、1970年代以降に父の日、母の日が導入された。気がつけば、保育園児のころから、父の日や母の日が近づくと似顔絵を書き、クリスマスが近づけば、サンタクロースにクリスマスプレゼントを期待する習慣ができていた。自分の記憶は曖昧だが、保育士8年目の姉の仕事風景を眺めていれば、わかる。僕の幼児期には存在しなかったハロウィンも今や保育園の定例行事と化し、11月はオレンジ色に染まる。同じオレンジでも不発に終わっているものがあるようだ。本書には登場しないが、柑橘類生産農家などが4月14日をオレンジデーと呼び、恋人同士(男性女性とも)でオレンジを贈りあい、愛情の確認をすることを提案しているらしいが、まったく浸透していない。お隣り韓国では、毎月14日が恋人の記念日である。贈答に関係するものをピックアップすると、7月のシルバーデー&百合デー、8月の下着デー、9月フォトデー&帽子デー、5月のローズデーなど無茶苦茶である。各業界の思惑が垣間見えてしまう。

本書の最終章「贈答と現代社会」には、各国の献血事情、臓器提供、タイガーマスク現象、国際開発援助(ODA)、震災ボランティアまで、贈答や互酬性の視点で取り上げられている。本書には登場しないが、巷で謳われているシェア文化にも互酬性の原理が見え隠れする。最後の最後で、話はそれるが、ずっと個人的に疑問だった「なぜ日本では寄付文化が根づきにくいと言われるのか?」「旅先のイスラム教徒はどうしてやたらと親切なのか?」そんな問いに対するヒントが各宗教が持つ贈与の特性という切り口からも腑に落ちてしまう。互酬性の原理はシェア文化の中を生きる20代の若者はすでに装備しはじめているんじゃないかなと勝手な私見。タイトルだけで判断すれば20代には無縁であろう本書だが、あえてお勧めしたい。

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著者の伊藤幹治氏の最近の新刊。読めてはいないが、タイトルからして気になる。

民俗学と民族学の両方を研究分野としてきた著者は、柳田と梅棹という強烈な個性と関わってきた。二人の知のスタイルは、西洋の学問に依存せず、自分の目で見、耳で聞き、身体で感じ、自分の頭で思考することだった。稀有なリーダーシップによって学問の場をつくりあげた二人にまつわるエピソードから今日の学問状況を考える。 (amazonより引用)

柳田国男と梅棹忠夫――自前の学問を求めて

柳田国男と梅棹忠夫――自前の学問を求めて

  • 作者: 伊藤 幹治
  • 出版社: 岩波書店
  • 発売日: 2011/5/14

本書でも何度か出てくる贈与という概念。『贈与論』を世に出したマルセル・モースを紹介した本。贈与論の入り口として、お勧め。

マルセル・モースの世界 (平凡社新書)

マルセル・モースの世界 (平凡社新書)

  • 作者: モース研究会
  • 出版社: 平凡社
  • 発売日: 2011/5/14

クリスマスに胸をときめかせる、そんな理由とは。

サンタクロースの秘密 (serica books)

サンタクロースの秘密 (serica books)

  • 作者: クロード レヴィ=ストロース、中沢 新一
  • 出版社: せりか書房 (1995/12)
  • 発売日: 1995/12
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