『時間とは何か?』-流れるの?流れないの?

高村 和久2011年11月29日 印刷向け表示
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時間とは何か? (別冊日経サイエンス 180)
作者:
出版社:日経サイエンス
発売日:2011-08-09
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前々回、 『生物のなかの時間』 を紹介したあと、“ このまま終わってしまっていいのか、自分? 「スデモン」とか「カバさん」とか言っておわり、って、それはさすがにイカガナモノなのではないか?” という、そこはかとない秋の風情を感じたのだった。いや、季節のせいではない。もし万が一、私が安穏とした老後をむかえることになり、縁側でお茶なんぞ飲んで秋を迎えるようなことがあったりしたなら、きっと、あのときなんでカバさんで終わったのだろう、と思いかえすに違いないのである。いや、確かにあの本はすごかった。すごすぎた。やっぱりあの時、たのしいひと時を過ごしすぎたのだ。しかし、時は戻らない。なので、何度でもやり直す。なんちってー

というわけで今回も時間の本だ。本書は『サイエンティフィック・アメリカン』を翻訳している月刊誌『日経サイエンス』の中から時間にまつわる記事を集めた別冊本で、編集したのは吉永良正さん、京都大学理学部数学科と文学部哲学科卒の准教授でサイエンスライターなおかただ。ということで、 “ 時間とは何か? ” というテーマを、哲学、物理学、工学、生物学と、いろいろな面から紹介している、不思議でおもしろい一冊となっている。専門用語もときたま出てくる本だが、わりと早々に重版になっているのは、そういう部分をさらりと読みとばしても全然大丈夫だからだろう。

まず始めに「時間の物理的意味とは」からだ。「時間はどこへ行く」って、考えすぎちゃうか? と、それを言っちゃあおしまい的なことを一瞬思ってしまった。たぶん今ファミレスでこれを書いていて隣の若い男女が「好きなマンガはなに?」とか言いあってるせいだ。しかし、相対性理論と量子力学における時間の概念は実際にややこしい。相対論では、高速ですれ違ったり加速度がかかっている場合に、相手の時間が遅く流れているように見える。「お互いに」だ。さらに一方で同時に見えるイベントが、もう一方では違うタイミングに見えたりする。さらにさらに、これと量子力学を融合して「宇宙全体の方程式」を作ったら、時間の項がなくなってしまった。物理法則が時間なしで表現できたのだ。本書の表現によれば、時間は「お金と同様、自然が本質的に持っているものだとは言えない」。私も以前から時は金なんじゃないかと思っていたのだが、やっぱりそうだったのだ。ちなみに、そんなホイーラー・デウィット方程式を作ったホイーラー教授は、プリンストン時代のファインマンさんの先生で、「多世界解釈」を提案したエベレットさんの先生だったりもする。

また、「時間の流れ」はどうやってできるのだろう?という議論については、それは「エントロピー増大の法則」があるからです、というのが一つの答えになっている。エントロピーとは「どれだけ散らかった状態か」を表す数値のことだ。覆水が盆に返らないように、私の机の上のように、世の中のものはどんどん散らかっていくことになっていて、それが時間の流れを決めている。でも、ここまではいいのだけれど、実は、物理の式自体には、過去と未来で「差」がない。右に進んでも左に進んでも空間の物理法則に違いがないように、過去に行っても未来に行っても、時間の物理法則は本来変わらないのだ。じゃあ、なんで、エントロピーは過去から未来に向かって非対称に増大しつづけるのだろう?それについては、遠い昔、なんらかの原因で「散らかっていない状態」ができあがり、それがあまりにも整理整頓されていたので、それから今まで、宇宙はずっと散らかり続けているのです、というのが現在の仮説らしい。これを説明するべく宇宙論が研究されている。遠い過去には時間が逆に流れる宇宙があったかもしれないという。

「時間の矢」には、もう一つ説明がある。量子力学の世界では、観測されるまで確率的にフラフラしていた物質の状態が、観測した際にどれか1つの状態に確定するということが起こる。この際、他の状態になる「可能性」を捨ててしまっていることが、時間の流れを戻せなくする。まあ、このあたりは「そう習いましたよね~」なのだが、本書によれば「アハラノフ・ボーム効果(AB効果)」を予言したアハラノフ教授は、「未来の終状態」が、我々の現在を「選択」しているという。その現象を「弱い測定」という実験を通じて観測できるかもしれないらしい。未来の世界が、現在の状態を選びに来る。もはや意味がわからない。が、ほかにもキモチワルイことがたくさん起きている量子力学だ。あり得るかもと思わなくもない。過去も未来も方程式的に変わらないのだ。過去から未来じゃなくて、未来から過去に来たっていいじゃないか。単に自分に記憶がないだけだ。って、なんだかライトノベルみたいだ。いや、ライトノベルがこちらを真似しているのか。サイエンスの世界はすごいことになっている。

3章は、うってかわって「時計の歴史」だ。農業や公共行事などに使用するために、少なくとも5000年前にはバビロニアとエジプトに時計が存在した。中世では、キリスト教の日常生活のために時計が必要となった。クロックという単語は、教会で鳴らす鐘(clocca)からつけられたものだ。そのころの時計は、ホイヘンスやガリレオの力をもってしても精度が低かった。なので、航海における経度の測定には使えないと思われていた。その代わり、月と星の位置が使用された。昔、航海するためには天文学が必須だったのだ。グリニッジ天文台は、設立認可状に海上での位置を測定するのが役割と書かれていた。時計単体では正確な経度が測定できない、そんな常識を打ち破ったのがハリソンの航海用時計「H1」だ。本書に載っているレプリカの写真がとてもかっこいい。そんな調子で、世界最先端の原子時計までが説明されている。世界最先端、10のマイナス18乗の精度を目指す「光格子時計」の研究は、日本の香取英俊教授がリードしている。ここまで精度が上がると、相対論の効果が日常生活において見えてくる。歩いている人の時計は、止まっている人の時計より18ケタ目が遅く進む。ちょっと見てみたい。ネバダの山頂の洞窟に設置予定という、一万年動く機械式時計「Long Now」も見てみたい。というか、実現して欲しい。洞窟の天井の裂け目からもれる光で機械式時計を補正するらしい。おしゃれだ。

最後の4章は生物における時間についてだ。脳が持つインターバルタイマーや、時計遺伝子の話など、生体のリズムを調整する機構の話や、また、生物の寿命がどのように決まるかという話などが紹介されている。花粉症の症状が最も悪化するのは朝7時らしい。心臓発作や脳卒中を最も起こしやすいのは朝8時だ。ロブスターの寿命が100年以上あるとは知らなかった。カロリーを制限すると寿命が延びる。おもしろい。最も衝撃的なのはダマジオ教授の「心の時間」という紹介記事だ。脳の損傷部位によって記憶にどのような影響が出るかという研究が行なわれている。ある出来事について憶えていても、それがいつごろ起きたことかという記憶はない場合がある。時間を記憶する処理はけっこう複雑らしい。自分が意識できる「時間」は、脳によって作り出されている。さあこれから指を動かすぞ、と自分が意識する前に、脳の実際の活動は始まっているらしい。

なんちってー、とか言いつつ、けっこう書いてしまった。というか、気がついたらファミレスで0時を過ぎていた。なんでタクシー使ってるんだろう俺。なんで家で書き続けてるんだ俺。やっぱりサイエンス本は書きたいことが多いなあ。実は、本書の内容を説明するにはまだまだ書き足りない。のこりはまたいつか、時間があるときに。


宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体 上
作者:ブライアン・グリーン
出版社:草思社
発売日:2009-02-23
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宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体 下
作者:ブライアン・グリーン
出版社:草思社
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超ひも理論の研究者ブライアン・グリーンによる、時間と空間についての詳細かつわかりやすい解説本。訳もすばらしいです。

経度への挑戦―一秒にかけた四百年
作者:デーヴァ ソベル
出版社:翔泳社
発売日:1997-07
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ニュートンもハレーも無理と言った「経度を測ることができる精度の時計」を作ったのは、独学で勉強した無名の職人ハリソンだった。

僕は人生を巻き戻す
作者:テリー マーフィー
出版社:文藝春秋
発売日:2009-08-27
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時間を戻せるように全てを記憶することにした少年の物語。本当は心理学が一番重要なのかもしれない。代表 成毛眞のレビューをどうぞ。

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