その場でビビってしまう君へ『なぜ本番でしくじるのか』

栗下 直也2011年11月30日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
なぜ本番でしくじるのか---プレッシャーに強い人と弱い人

なぜ本番でしくじるのか
  • 作者: シアンバイロック、東郷えりか
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2011/10/20
  • メディア: 単行本

学生時代を思い出すと、「なぜあいつが」という思いをした経験は誰もがあるはずだ。成績は学年でも一桁の順位だったのに入試に失敗したり、部活動で練習試合では抜群の動きを見せるのに公式戦ではいまいちだった友人や知人が周りにいただろう。今でも周囲を見渡せが、「なぜあいつが」はいるに違いない。万全の準備をして問題ないだろうと思われる大事なプレゼンで失敗してしまう同僚や、商談で普段は考えられない余計なことを言ってしまった部下をみてこなかっただろうか。周囲の人間だけではない、あなたもだ。ゴルフで、ここぞというときに普段は考えられないショットを打ってしまったことはないか。女性(もしくは男性)に誘われながら性交渉に失敗した経験に心当たりはないか。パットで起こることはベッドでも起こるのだ。

本書ではこうしたプレッシャーを感じて本来の能力を発揮できない「チョーク」という症状がなぜ起きるのかを脳科学や心理学の観点から紐解いている。プレッシャーを感じると人の脳はどのように作用するのかを、試験やスポーツ、面接、商談、性行為、人前で話す行為などさまざまなケースごとに豊富な実験の結果をまじえて解説している。そして、HONZらしくないので恐縮だが、プレッシャーに打ち勝つには何をすべきか、本番で能力を発揮するための処方箋まで実験を参考に、ケースごとに書かれている。入試や就職試験の到来を控える今、これから本番に臨もうとする御子息や御兄弟がいるなら是非、一読を進めたい。

「いや、うちの娘は優秀だから」。そんな声も聞こえてきそうだが、著者によれば、優秀な人ほどプレッシャーの影響を受ける可能性が高い。たとえば、数学の問題を所定の時間で正解できれば賞金を払うが不成功の場合、先に成功していたパートナーの賞金も没収という実験をしたところ(あくまでも仮定の話でパートナーなど存在しないのだが)、脳の処理能力が大きい人ほど影響を受けたという。また、偏見が影響を与えることもある。たとえば男女を対象に「これから受けてもらう試験は男女間で成績差が大きかった」と試験前に伝えるだけで、伝えなかった場合に比べて、女子生徒の成績は男子に比べ、著しく低下した。それも、高い学力を持つ女性ほど著しく結果が悪くなったという。「女子は数学が苦手」という言外の固定観念がじわりと影響した形だ。いずれの例も、優秀な生徒ほど自分がどんな実行能力を発揮できるはずなのかを改めて意識させられることで多くの作動記憶容量と脳の情動中枢を動かして、この情報を処理したためだ。そのため、通常であれば問題を解くことに専念できる知力が、不安を抑えることに向けられ、問題を解くために頼れる処理量が少なくなり、結果的に実行能力に影響が及んだという。

「う、う、うちの娘は優秀なのに!それでは、どうすれば良いのだ!!!」と絶叫する方もいるかもしれないが、もう、ここまで読めば、処方箋は実は出ているのである。つまり、プレッシャーにさらされることで人のパフォーマンスは落ちるし、能力に対するステレオタイプの見方にさらされることでも人の能力は影響を受ける。そのためには、それを自覚することが重要なのである。つまり、本書を読み、さまざまな実験に基づく脳とパフォーマンスの関係を頭に入れておけば、試験場でもゴルフ場でもベッドの中でも落ち着き払って普段どおりの力を発揮できるのである(※効果には個人差があります)。より詳しく知りたい人は本書の6章の「ストレスのもとで確実に成功するための秘訣」という項を読んでいただきたい。箇条書きで対策が書いてある。

ただ、注意も必要だ。この本の試験とプレッシャーの話は日々努力しながらも本番でなぜ、力を出せないのかという観点で書かれている。つまり、もともと勉強していない人は実はノウハウの面では対象外なのである。実際、本書の実験結果でも、一定の状況下では、成績の優れない人はプレッシャーの影響を受けないことが報告されている(むしろプレッシャー下では処理能力が高い人と同等のパフォーマンスを発揮している!)。だから、もし、あなたの息子や娘や親族が成績があまり芳しくないのに「ああ、明日入試だ。わたし、プレッシャーに弱いのよ」などと面白いことを言っていたら、「馬鹿はプレッシャーって関係ないんだよ。全力を出せるはずだ。シアン・バイロックが言ってるぞ」と励ましてやるべきなのである。家族間に亀裂が走っても知らないが。ちなみにシアン・バイロックは本書の著者であり、シカゴ大学の心理学部の純教授で認知科学が専門だ。

季節柄、今回は試験とプレッシャーの内容の一部に触れたがスポーツについての考察も面白い。84年のUEFAチャンピオンズ・カップ決勝でASローマのエース、フランチェスコ・グラツィアーニはPKをなぜ外したのか、99年の全英オープンでヴァン・デ・ヴェルデは最終ホールのパー4で7打も叩いたのはなぜか。スポーツ好きには忘れられない記述とその考察があふれている。歴史を振り返れば、プロスポーツほど「なぜあいつが」の連続の物語はないだろう。それを考える一助になる。

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら