『操られる民主主義 デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』

草思社2018年09月21日 印刷向け表示
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操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか
作者:ジェイミー・バートレット 翻訳:秋山 勝
出版社:草思社
発売日:2018-09-20
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本書は、イギリスのシンクタンク「デモス」のディレクター、ジェイミー・バートレットの最新作The People Vs Tech: How the internet is killing democracy (and how we save it)を全訳したものである。原題を直訳すれば、『「国民」対「テクノロジー」:インターネットはどうやって民主主義の息の根をとめるのか(そして、いかにして民主主義を救い出すのか)』となる。原書は2018年4月19日、ペンギン・ランダムハウス系列の出版社で、ノンフィクションを得意とするイーバリー・プレスから刊行された。

著者のジェイミー・バートレットは「デモス」でソーシャルメディア分析センターのディレクターとして働くかたわら、ジャーナリストとしても活動を行い、「スペクテイター」誌のネットニュースに寄稿したり、BBCなどに出演したりしている。邦訳は本書が二冊目で、2015年には『闇ネットの住人たち:デジタル裏世界の内幕』(CCCメディアハウス)が刊行されている。また、闇ネットについては、TEDスピーチで本人が報告している様子を閲覧することもできる。

さて、本書で論評されているのは、脆弱な政治システムである民主主義が、デジタル革命のもとでどのような脅威にさらされているのかという問題だ。人間を自由にすると思われたインターネット。美しきユートピアを夢みて迎えたミレニアムだったが、デジタル・テクノロジーによって人々の生活は一変した。それは恩恵と同時に、アルゴリズムの壁の向こう側にいるシリコンバレーの夢想家や広告屋、ベンチャーキャピタルといったひと握りの人間に、あまりにも多くのものを差し出す結果を招いてしまった。

すでに、そこかしこに「リトルブラザー」が現れつつある。独占されたテクノロジーによって、民主主義を保持してきた壁は徐々に蝕まれている。格差がますます拡大し、中流階級がなし崩し的に姿を消している。主権と市民社会が衰え、国民は批判能力とともに自由意志さえ失いつつあると本書では指摘されている。そして、テクノロジーを足がかりに、経済・政治・文化でも”独占”は着実に進んでいるのが現状だ。

猛々しい資本主義のもと、これまでにも独占は繰り返されてきたが、今回の独占が過去の例と異なるのは、国民がものを言おうにも、その発言の場であるプラットフォームが独占企業によって支配されている点だ。技術を持ち、プラットフォームを持つ者が圧倒的な独り勝ちを果たせるのがミレニアムの独占なのである。「ヨハネの黙示録の四騎士」とたとえられるAGFA(アップル、グーグル、フェイスブック、アマゾン)についてはいまさら触れるまでもないだろう。

技術的特異点があると言われるように、実はモラルにも特異点が存在しているとバートレットは説いている。この地点に達すると、人間はモラルと政治をめぐる判断を人工知能に委ねてしまうという。批判と判断能力が衰えてしまえば、何もかもコンピュータに任せてしまったほうが楽だし、確実でもあるからだ。そして、技術的特異点がそうであるように、モラル・シンギュラリティもまた、いったんその地点に到達してしまえばもはや後戻りはできない。現状のままでは、民主主義はまちがいなく衰退する。

本来はたがいに相容れない、水と油の関係にある民主主義とテクノロジー。そもそも、民主主義はテクノロジーを想定して制度設計されていない。バートレット自身、当初はテクノロジーによる民主主義の支援を夢みていた。勤務先のデモスでは、2015年のイギリス総選挙に向けて投票アプリの開発にも携わった。だが、いま本人は真逆の考えを抱いている。こうしたアプリで短期的な便宜は得られても、それは将来にわたる人間の判断能力を蝕む犠牲を伴うと固く信じるようになった。だから、衆愚政治を招くとして、デジタル投票による国民投票にも疑問の目を向けている。

モラル・シンギュラリティは技術的特異点に先立って発生する。指数関数的に進化するテクノロジーに対し、手遅れになる前に対処していかなくてはならない。そのためには、民主主義を機能させる6つの柱を堅持せよと本書では説かれている。6本の柱とは、①行動的な市民、②民主主義の文化の共有、③自由な選挙の維持、④平等性の確保、⑤競争経済と市民の自由、⑥政府に対する信頼ーーいずれも極めて原則的な提言だが、これらの原理・原則がどれほど破綻しているのかが第1章から第6章の各章で描かれている。いずれも単なる論に留まらず、ジャーナリストの視点から、具体的な事例が交えて描かれているので、興味をもって読んでいただけるのではないだろうか。

原書刊行の1カ月前、イギリスの選挙コンサルティング企業ケンブリッジ・アナリティカの元社員クリストファー・ワイリーは、同社が5000万人のフェイスブックユーザーの個人データを吸い上げ、2016年のアメリカ大統領選挙に利用したことを告発すると、さらにイギリスのEU離脱派の宣伝活動にも加担していた事実を暴露した。4月4日、当のフェイスブックはケンブリッジ・アナリティカによって最大8700万人分のデータが不適切に共有されたと発表、10日にはマーク・ザッカーバーグが米上院の公聴会に召喚された。

デジタルプライバシーの流用については、「自由な選挙の維持」を論じた本書の第3章に詳しい。トランプに勝利をもたらした「プロジェクト・アラモ」が拠点としていたサンアントニオを訪れたバートレットは、その直後にケンブリッジ・アナリティカの最高経営責任者にインタビューを行っている。ケンブリッジ・アナリティカのみならず、グーグルやフェイスブックが企業としてトランプの選挙キャンペーンにどうかかわっていたのかについても触れられている。イギリスの「タイムズ」紙は、原書の刊行に合わせ、「これ以上ない格好のタイミング」という書評を載せていた。

余談ながら、ケンブリッジ・アナリティカは告発から1カ月半後の5月2日に破産手続きを申請したことを発表した。事業の継続が困難になったことが理由である。さらに親会社の戦略的コミュニケーション研究所(SCL)も破産の手続きを開始した。この報せを受け、本書にも登場するジャーナリストのキャロル・カドウォーラダーは、「肝に銘じなくてはならない。SCLとケンブリッジ・アナリティカは偽情報の専門家だ。両社は実際に何を閉鎖して、なぜ閉鎖しようとしているのか」とツイートした(両社の出資者であるロバート・マーサーなる人物と、ケンブリッジ・アナリティカの役員を務めていたスティーブ・バノンの2016年大統領選の活動については、拙訳『バノン 悪魔の取引: トランプを大統領にした男の危険な野望』(草思社)に詳しい。データマイニングだけでなく、メディア操作を含め、反ヒラリー・クリントンのキャンペーンが実は数年越しの取り組みだったことがわかる)。

フェイクニュースやロシアの米大統領選介入疑惑など、フェイスブックをめぐる問題は少なくない。ユーザデータの流出に際し、アップルの最高経営責任者ティム・クックも、「フェイスブックの収入モデルは個人のプライバシーを侵害している」と批判していた。フェイスブックの株価は急落を続け、時価総額で1200億ドルをこのとき失っていた。もっとも、その後は順調に株価を戻し、7月25日午後4時には終値で過去最高の217.50ドルまで伸ばしたが、さらなる衝撃に見舞われたのはそれから二時間後のことだった。時間外取引でフェイスブックの株価は176.26ドルにまで一挙に下落、時価総額で1190億ドル(13兆2000億円)が一瞬にして吹き飛んでしまう。時価総額の一日の下げ幅としてはアメリカ史上過去最大の規模で、金額はクウェートの国内総生産(GDP)に匹敵した。

暴落の背景には、ユーザー数の伸びに以前の勢いがなくなったことへの懸念があった。順調に推移してきたデジタル広告への不信だ。アメリカとカナダのユーザー数が前四半期から伸びていないのは、フェイスブックが多くの問題を抱えていることから、ユーザーも大規模で影響力のあるプラットフォームを使うことに慎重になったからである。ザッカーバーグも、「今後はプライバシーとセキュリティー対策に重点的な投資を継続する。われわれにはユーザーの安全を確保する義務がある」として収益の悪化を表明していた。また、本書のエピローグにあるように、EU市場ではEU一般データ保護規則(GDPR)の影響は見逃せないと本人も認めていた。

本書の第2章で、ソーシャルメディアは「自分たちは”プラットフォーム”というインフラであって、物申す”パブリッシャー”ではないと執拗に言い張る」が、「パブリッシャーのように振る舞い、また、そのように振る舞うよう規制がかけられるかもしれない。そうなれば、彼らもこのジレンマから公然と逃れることはできなくなる」と記された通りの展開である。フェイスブックのみならず、ツイッターも株価を下落させ、フェイクアカウントを大幅に削除した。

こうした現象は、ソーシャルメディアが単なるプラットフォームではなく、文字通りメディアとして社会的責任に対するコストを担う兆しなのだろうか。ソーシャルメディアのユーザーもまた、デジタル・テクノロジーに伴うプライバシーの脅威を自覚するようになったのか。2004年から2006年に創業したフェイスブック、ツイッター、ユーチューブの各社は、15年目の時期を迎え、ある種の潮目を迎えているのかもしれない。

現在、世界一厳しいと言われるEU一般データ保護規則で、個人のプライバシーと尊厳を守ろうとするEU、その一方で、あくまでも徹底した自由を追求するアメリカのイノベーションの申し子たち。彼らを「カリフォルニアン・イデオロギー」の信奉者でリバタリアンとして見れば、あのスティーブ・ジョブズの見方も変わってくるかもしれない。独特の美的センスを持つクールな天才であると同時に、ジョブズもまた文字通りの革命を夢見ていたのではないのかと思えてくる。

アメリカ政府もまた、プロバイダーの免責を定めた通信品位法230条の無力化には慎重だ。表現の自由と恣意的な規制の運用への懸念を表向きの理由にはしているが、本書にも書かれているように、そもそも大統領選にビッグデータを持ち込んだのは民主党のバラク・オバマである。党利党略を踏まえれば、ソーシャルメディアへの規制は共和・民主両党にとって得策ではないのが本音なのだろう。本書を読み、ビットコインなどの仮想通貨も、反中央集権主義のクリプトアナーキストたちがそもそも夢みたシステムであると知った方もいるのではないだろうか。

「世界の金融制度に不信を抱いていたナカモトは、ビットコインこそこのシステムを破壊に追いやる手段であると思い描いた。マネーサプライの鍵を握り、自分たちの都合に合わせて供給量を操作する銀行家と政府を、ナカモトは忌み嫌った」とあるように、サトシ・ナカモトが仮想通貨の論文を発表したのは、2008年のリーマン・ショックの直後だった。無能な中央政府や中央銀行が法定通貨を握り、通貨量を操作することへの怒りである。

いまのところ世界で流通している仮想通貨は1500種類以上、時価総額は30兆円規模に達した。2010年、アメリカ人技術者ラズロ・ヘニエイツがビットコインではじめてピザを買ってから8年、仮想とはいえさまざまな人間の利害が絡むビットコインに対し、すでに「ごく少数の人間が不釣り合いなほど大量のビットコインを所有している」とバートレットは疑義を呈している。分権的な脱中央ではなく、政府による民主的な管理が必要ではないかと説いている。

本書『操られる民主主義』は小部な一冊ではあるが、ビッグデータにマイクロターゲティング、人工知能、デジタルプライバシーなど、民主主義とテクノロジーの関係を取り巻く現状を理解し、何が問題であるのかを見通すうえで格好の俯瞰図となるのではないだろうか。政府にしろ、企業にしろ、国民を支配し、消費者をコントロールしようとするのが本能である以上、データが悪用されるリスクはこれからも確実につきまとう。

エントリーシートの書類選考で、人工知能とマシンラーニングによる合否判定を導入した企業が日本でも増えた現在、デジタルプライバシーはやはり揺るがせにはできない問題だ。本人のあずかり知らぬところで人工知能の低い評価がくだされ、低評価のまま下層に固定される「バーチャルスラム」がいよいよリアルになりつつある時代では、なおさらのことと思われる。

2018年8月 訳者 

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