『<眠り>をめぐるミステリー』最新の脳科学本

久保 洋介2012年03月05日 印刷向け表示
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「致死性家族性不眠症」という病気をご存知だろうか?眠りたいのに眠れなくなり死に至るという奇病だ。現在のところ治療法は見つかっていないため、想像を絶する苦しみの中で確実に訪れる死を待たなくてはならない。考えるだけで気分が悪くなってくる病である。ダニエル T.マックス著『眠れない一族』がこの病気にまつわるイタリア貴族の家系を紹介しているので、知っている人もいるかもしれない。

本書は、まず「致死性家族性不眠症」のような睡眠に関する奇病を取り上げ、その後で睡眠の機能をはじめとしてさまざまな脳の機能を解説していく、という章立てになっている。第一章も、「致死性家族性不眠症」という奇病を取りあげた後、そもそも眠りがどんな役割をもっているのかを科学的に解明していくのである。<眠り>をめぐるミステリーを題材に、最新の神経・脳科学を解説する本だ。

第二章では、夢遊病を含む「睡眠時随伴症」の事例を取りあげる。眠りながら無意識に冷蔵庫を開けて食事をとる人や眠ったまま性行為をする障害などはまだまだ序の口である。この世の中には、眠ったまま自宅から23km離れた街の妻の実家に自ら車を運転して訪れ、義母を殺害し、義父に重傷を負わせた人物もいるそうだ。1987年にカナダで起きた実際の事件である。本件を心理学者・神経学者・睡眠障害の専門家が検討した結果、「眠っていたため意識がなかった」という結論に至っている。司法もその専門家達の意見に基づき彼を無罪にした。

「そんな馬鹿な」と思うかもしれないが、科学的には、深く眠っていても脳の一部(大脳基底核)が覚醒していると、意識が無くとも行動してしまうことが立証されているのである。今後更なる研究が必要であるが、私たちが「自由意志」を持って行動している、と信じていることは幻想なのかもしれない。

本書は、まだまだ謎が多い夢についても最新の神経科学に基づいて解説している。どうやら最新の研究によると、フロイトが唱えた「夢は自らの願望が現れたもの」という仮説はあまり正しくなさそうだ。夢を分析したところでその人の性格や心理を知ることはできないという。

本書によると、人は睡眠中に記憶の重みづけ(タグづけ)をしていると考えられており、不要な記憶は遮断している。夢は、この睡眠過程で遮断しきれなかった情報が意識にのぼってしまった、ただの「情報漏れ」だそうだ。本書を読むと、夢の内容に一喜一憂するのはもうやめようと思う。

睡眠の役割について面白いのは、今一番注目を浴びている睡眠と記憶の関係だ。最新の研究では、睡眠中に記憶が「強化される」ことが分かってきているそうだ。ただその原理はまだ解明されていない。睡眠中にシナプス(情報処理に関わる細胞であるニューロン同士を繋ぐ構造)が最適化されることにより、記憶の固定と生理が行われているという説が今のところ有力だ。要は、パソコンと同じくデフラグメンテーションが行われているようだ。つまり、テスト前や大事な商談の前は、よく寝た方がいいのである。もっと早く知っていればと、悔やんでやまない。

ハーバード大学の研究によると、睡眠によって、記憶だけでなく知的能力・認知力も向上するそうだ。毎日睡眠をたくさんとる人を後押しする研究結果である。本書を読むと、夜な夜な本を読んだり出歩いたりするのが億劫になってしまう。夜本を読む人、又は、夜遊び好きにとっては読まない方がいい本の筆頭である(が、むちゃくちゃ面白いので紹介する)。

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