脱・脱成長 『世界を変える5つのテクノロジー』

吉村 博光2021年10月10日 印刷向け表示
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世界を変える5つのテクノロジー ――SDGs、ESGの最前線 (祥伝社新書)
作者:山本 康正
出版社:祥伝社
発売日:2021-09-01
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良い本を読んだ。得した気分だ。本書は、食糧問題、教育格差、医療介護、気候変動など、現代の諸問題に対して、正しい形でファイティングポーズがとれるようになる本だ。未曽有のコロナ禍による疲労。その蓄積により、私たちは闘う気持ちが削がれつつある。でもここで「脱成長」に逃げ込むのは「他国から取り残される未来」を選ぶのと同義である。

本書が目指すのは、テクノロジーを加速させて社会課題をビジネスチャンスに変えることだ。いま世界各国ならびにGAFAMをはじめとした巨大企業は、ESGやSDGsを自分ごととして大転換をはかっている。本書ではそのダイナミックな動きが紹介されていて実に楽しい。国ごと企業ごとの活動の濃淡も、うっすらと見えてくる。

投資を本業にしている著者ならではだろう。また、京都大学で生物学、東京大学大学院で環境学を学んだ後、グーグル勤務を経た著者だけあってアカデミズムとビジネスの双方の知見をもっている。だからこそ「ESGとSDGsでビジネスがどう転換するか」という、いま我々が一番知りたいテーマに読者は最速でアプローチできる。

俯瞰から入り、最終的には日本企業の道筋を示す構成がじつに秀逸だ。文章はよみやすく簡潔で、トピックの選択も的確である。

第一章は経済成長だけを求める経営が過去のものであることを示し、次に5つのテクノロジーを紹介する。第三章でアップルやソニーなどの勝ち方を示し、次にエネルギーや自動車産業など激変を余儀なくされる業界をいくつか紹介する。そして、最後に日本企業への処方箋を提示してくれる。まさに立て板に水。読後感は抜群だ。

昨今は「脱成長」という空気感が広がり、「仕事で成長する」「仕事を楽しむ」という価値観への怨嗟の声が渦巻いているといわれている。ただ私の周囲にも、その状況に反発している者もいる。「自分は成長・進化を止めたくない」「科学の力で解決したい」というのだ。そういう人には、大いに勇気を与える一冊だ。

本書の冒頭では、先日のノーベル物理学賞で話題になった「気候変動政府間パネル」による2050年の世界を紹介している。それによると、その夏の東京の熱中症による死者は過去最高の6,500人に達し、パリの最高気温は50度を突破し農作物の収穫量は2020年の半分になると書かれている。こんなディストピア、受け入れたくない。

そして最後の章では、著者が尊敬する経済学者・宇沢弘文氏の「経済学が本当に人類を幸せにする学問であるならば、公害のような社会問題は本来起こりえないはずだ」という言葉を紹介している。日本が世界に誇る二人の学者の研究や考えをベースにした、この冒頭と最後がたいへん印象に残った。

宇沢が生きた高度経済成長期と違い、もはや人類に残された時間は長くない。これからは社会問題の発生を抑えつつ(ディストピア化を防ぎつつ)経済活動をおこなうのは万人に必須の要件なのだ。そのために人類が生み出したのがESGやSDGsという概念である。その二つと経済を両立させることができる武器は、テクノロジー以外にはない。

根拠が乏しく感情論に傾きがちな脱成長論よりも、ずいぶん論旨が明確ではないか。

そのテクノロジーの例として、本書の第2章ではフードテック、エドテック、ヘルステック、クリーンテック、リサイクルという5つのテクノロジーを紹介している。このなかのフードテックのページを読んでいて驚いた。最近、私は東急フードショーに足しげく出入りしている。その売り場でやたら目立つのが「ヴィーガン」という文字だ。

飲食業界の人やコンサルタントも、わけ知り顔でこの言葉を良く振り回す。

ただ誰に聞いても「ベジタリアンみたいなもの」という程度の答えしか返ってこなかった。本書によると、「食肉ビジネスは地球環境に優しくない」から肉を食べない、という信条の人であることがわかる。博多一風堂でさえ、海外の店舗では豚骨スープを植物性由来の原料で代替したヴィーガンラーメンを提供したこともあるという。

本書によると、牛のゲップやおならから、毎年20億トン(二酸化炭素換算)のメタンが放出されているらしい。

日本では「意識高い系」が疲れ気味だが、海外では「地球環境のために」肉を食べないのだ。現時点でこの差があるのは激ヤバだ。私が知っている日本のコンサルタントが「ヴィーガン認証があったほうが売れるから、シールをつけましょう」という古い時代の論理を振りかざしていたのを思い出して、笑ってしまった。

本書で紹介されていた「フードテック」は、代替肉、ネクストミーツ、昆虫食、アグリテックがある。そこで私は、三重県のエスカルゴ牧場がふと頭をよぎった。数億円という私財を投じて牧場を作った鉄工所の社長さんには、実は先見の明があるのではないか。本書を読んで、食×テクノロジーの可能性は大きいと感じた。

あ!しまった。少し(いやかなり)「食べ物」に文字を割いてしまった。ただ、その前に本書の大きなポイントは書けていると思うので、本書の読みどころをいくつか列挙しつつ、本稿を締めたいと思う。

ESG経営ときいてもピンと来ない方もいるかもしれない。簡単に説明すると「売上や利益だけを重視するのではなく、環境・社会・企業統治の3つの観点から複合的に捉えて企業価値を向上させていく」という考え方のことだ。

世界はすでに、それがなければ消費者から支持されなくなっている。医療の問題を解決するためにAmazonが声からメンタルの状況を把握しようとしたり、再生可能エネルギーのためにテスラがソーラールーフを販売したりしている。

化石燃料から再生可能エネルギーへの転換、ガソリン車からEVへの転換、現物のお金から中央銀行デジタル通貨(CBDC)への転換など、既に始まりつつある生活の大転換についても本書は新たな視点を与えてくれる。

本書を読むとワクワクする。面白いことこの上ない。しかし、一番おかしかったのは日本企業への処方箋のなかに書かれていた「日本の社長はなぜタイムラインに現れないのか」だ。企業のトップが嘘のない言葉でESGを反映させたパーパスを語れなければ、海外ではもはや生き残れないのである。

日本では依然として、やや斜めを向いた社長のスーツ姿の写真とともに、毛筆署名付きの挨拶文をホームページに掲げている企業が多い。就職活動中の学生がいれば、そういう企業に入るのは考え直した方が良いかもしれない。今はやや疲労があるかもしれないが、その先に踏み出していく日本企業が増えていって欲しいと心から思った。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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