『水と人類の1万年史』 人と水と重力の物語

村上 浩2012年04月02日 印刷向け表示
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水と人類の1万年史
作者:ブライアン・フェイガン
出版社:河出書房新社
発売日:2012-03-20
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“1万年”をひとつの区切りとしたノンフィクションは数多い。『1万年の進化爆発』や『パンドラの種』、『加速する肥満』などはこの1万年間における人類の変化をエキサイティングに教えてくれる。この“1万年”には、数字としての区切りが良いと言う以上の意味がある。およそ1万年前に農耕が始まり、その農耕は人類を根本から変えてしまうほどのものだったのだ。

本書はその農耕に欠かせない水を人類がどのようにコントロールしてきたか、またコントロールできなかったのかについての歴史である。中学校のときに習った世界四大文明を思い出すまでも無く、水に対するアクセス性が文明の発達に大きな影響を与えたことは想像に難くない。蛇口をひねれば水が出てくる現代において想像し難いのは、水の利用において重力がいかに大きな影響を与えていたかと言うことである。高きから低きへ、重力に引っ張れる水を思い通りに操るために人類はありとあらゆる知恵を絞ってきたようだ。ちなみに、四大文明の各地での水利用についても本書で詳しく解説されている。

しかし、1万年前の当時のことを知ることは容易ではない。古代の住民がつくったほんの小さな設備の上に大規模な灌漑施設が幾度と無くつくられ続けているということも稀ではない。そんなときにできることと言えば、地道なフィールドワークだけかと言えばそうでもない。最近ではGPS機器やコンピューターを用いた地図作りや衛星写真の活用も欠かせないそうだ。アンコール遺跡の調査でも、3,000平方キロにおよぶ地図を衛星画によって作成することで、1,000平方キロ以上にわたる水路と堤防、貯水地の気の遠くなるような巨大ネットワークが構築されていたことが明らかになっている。

本書の範囲は、どのような建造物やシステムが水と人類の関係性を構築してきたかの追及にとどまらない。もちろん、世界各地における灌漑、カナートや水路などについての解説はなされている。しかし、本書の見所はそのような建造物がどのような集団のどのような意思決定において構築されたのかに対する考察ではないだろうか。もちろん建造物の痕跡さえ微かな状況で、その背景にある集団の意思決定方法を探ることは、輪をかけて難しい。それでも著者は世界各地で行ったフィールドワークの研究結果をもとに、様々に興味深い論を展開している。

例えば、人類学者のマシュー・デイヴィスは、現在もケニア北西部で自給自足を続けるポコット族の意思決定プロセスを「やんわりとした寡頭政治」と呼んでいる。なぜ“やんわり”なのかと言うと、水の利用は基本的には話し合いで決められるからである。皆が集まった集会の場での話し合いは、利害が対立したときには怒号が飛び交うほどに白熱することもあるようだ。しかし、そんな会話もいつの間にか長老のありがたい昔話にすり変わっている。そして、最後には双方の言い分を聞いた長老が配分方法を決め、皆がそれに従うことになる。長老が全権を握って何でもかんでも決めてしまうわけではなく、皆が納得する落としどころを探っているのだ。農耕に欠かすことのできない、月日のリズムを最もよく知る年長者や祖先を集落の皆が敬うという下地があってこその意思決定プロセスだろう。

ローマ人のお風呂好きは、それをテーマとした漫画がヒットする程有名であるが、インドにおいても浴場は欠かすことのできないものであった。ハラッパーの主要都市のひとつ、モヘンジョダロには縦12メートル、横7メートル、深さ2.4メートルのプールがある。なんとこの浴場用の水は人の手で運ばれていたようだ。その労力の大きさを考えると、この浴場が古代の人々にとっていかに重要であったかが伺える。本書には地上絵で有名なナスカやマチュピチュ、アンコールワットに古代ギリシャと人気の旅行先の当時の水理事情が満載である。出かける前に本書を読んでおけば、現地で見つかるちょっとした溝にも興奮できるかもしれない。

本書には水に関する世界各地の神話が数多く紹介されている。あるときは大氾濫を起こして全てを流しつくしてしまったかと思えば、嘘のような旱魃で大飢饉を引き起こしてしまう水を、古代の人は人智を超えた大きな存在としてとらえていたのだろう。「日本人は水と安全をタダだと思っている」とも言われるが、多くの先進国では水はタダとまでは言わないが非常に安く、いつでも好きなだけ手に入るものと考えられているだろう。そのような状況は持続的ではないと著者は警告する。劇的に増え続ける人口や無謀とも言える量の地下水の汲み上げなど、水を取り巻く環境は楽観視できない。

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水道が語る古代ローマ繁栄史
作者:中川 良隆
出版社:鹿島出版会
発売日:2009-08
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こちらは本書でも取り上げられている古代ローマにフォーカスした一冊。その驚くべきテクノロジーの詳細に是非触れて欲しい。成毛代表による書評はこちら

文化遺産の眠る海: 水中考古学入門 (DOJIN選書)
作者:岩淵 聡文
出版社:化学同人
発売日:2012-03-28
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水は水でも、こちらは水中のお話。水中考古学という聞き慣れない学問の成り立ちとその意義からしっかりと解説。水中考古学って、宝探しみたいなもんでしょ、と思っている人にもおススメ。それにしてもDOJIN選書は外れが少ない。

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