『リーマンショック・コンフィデンシャル』金融危機時の人間ドラマ

久保 洋介2014年03月25日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
作者:アンドリュー・ロス ソーキン
出版社:早川書房
発売日:2014-02-07
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
リーマン・ショック・コンフィデンシャル(下) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
作者:アンドリュー・ロス ソーキン
出版社:早川書房
発売日:2014-02-07
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

歴史的金融危機の内幕に迫る希代のノンフィクションが遂に文庫版になった。読んで損はなく、ぜひオススメしたい。

これまでさまざまな学者や評論家がリーマンショックについて解説しており、「住宅ローン基準の緩和に伴うサブプライムローンが、、、」といった抽象論は耳にたこができるほど聞かされている人は少なくないだろう。

私自身そんな大勢の一人で、今更リーマンショックの顛末にあまり興味はなく、本書を手にとったのは、「フィナンシャル・タイムズ」「エコノミスト」両紙の2009年ベスト・ビジネスブックとして選出される傑作ノンフィクションの文庫本と知ってから。ただ、一度読み始めると、その緻密な取材に裏打ちされたリアリティー溢れるストーリー展開に、ページをめくる手をとめられなくなったのは偽らざる事実だ。

本書は、リーマンショックが起こっている最中の当事者たちに焦点をあて、当時の危機に対応した(せざるをえなかった)一握りの人々が、オフィスや家で何を考え、何をしたのかを克明に記録している人間ドラマである。膨大な取材をもとに、金融機関の最高経営責任者らや政策担当者の一挙手一投足をあぶりだしており、さながら小説を読むが如くのストーリー展開だ。

主な登場人物の一人は米証券大手リーマン・ブラザーズの最高経営責任者のリチャード・ファルド。米サブプライムローン問題が原因で会社の経営が急速に悪化し株価暴落・資金難に陥る中、大口投資家へ出資を募ったり、政府救済を懇願したり、他社との合併を画策したりと、リーマン・ブラザーズ存亡のために奔走するファルドの様子が本書では克明に描かれている。

評判通りの傲慢さや独裁ぶりがありありと目に浮かぶ一方、欲望や保身で動く他の登場人物とは違い、愛する会社を守りたいという強い願望が彼を突き動かされていることも同時に伝わってくる。英政府の介入により、英バークレー証券によるリーマン・ブラザーズ買収提案が白紙撤回され、結果としてリーマン・ブラザーズの倒産を余儀なくされた場面での、「完全に終わった」と寂しく妻に報告するファルドには、彼に対する世間一般の批判をいったん忘れ、同情の念を禁じ得ない。

また、当時財務長官やNY連銀総裁であったポールソンやガイトナーも重要な登場人物だ。本書には、彼らが自らの専門性とリーダーシップをして未曾有の金融危機に不眠不休で対応する真摯な姿が克明に描かれている一方、彼らの場当たり的な対応が関係者をよけい混乱させている場面も同時に記録されている。

ベア・スターンズやファニーなどの金融機関を国民の税金を原資に救済したことにより世論からの批判が強まったポールソンは、リーマン・ブラザーズが倒産する4日前の9月11日午後6時の会議で「私は“ミスター救済”にはなれない」と断言しリーマン・ブラザーズへの救済は一切断りつづける。しかし、6日後の17日には米大手保険会社AIGの救済を率先して執り仕切っているポールソンの姿がそこにある。本書はこの間のポールソンの葛藤を二章にわたって詳細に記録しており、ニュースのヘッドラインでは知り得ない当時の状況を明らかにしている。

なにより本書を読んでいてとても驚かされるのは、徹底した取材による詳細な事実の掘り起こしである。著者は、200名以上に500時間を超えるインタビューを行い、また関連するメールのやりとりや議事録などの内部資料を精査し、当時の状況を詳しく浮かび上がらしているという。不眠不休で活動していた関係者の証言には多くの食い違いがあったというが、著者は会合の参加者全員にひとつひとつ内容を確認して編集している。

「神は細部に宿る」というが、本書を読んで初めてリーマンショックで起きていた出来事を深く理解できたような気がする。リーマンショックは何だったのかについて抽象的な記事や書物を読むよりも、史上類を見ない悲惨な出来事の時々刻々の進展を克明に伝えている本書を読んだ方が百倍面白い。最高のエンターテインメントであり、かつ、一級のケーススタディー書と言えよう。

こんな大作を上梓した著者は出版当時若干32歳の記者で、本書が処女作という。今後どんなノンフィクションを書くのか今から楽しみだ。
 

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら