神に近い存在『鳶』

足立 真穂2014年06月13日 印刷向け表示
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鳶 上空数百メートルを駆ける職人のひみつ
作者:多湖 弘明
出版社:洋泉社
発売日:2014-05-10
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上空数百メートルを自由自在に飛び回る、リアル「鳶」職人ライフ。姿を見かけたことはあってもよく知らない――内実が書かれているのだけれど、とにかく、鳶の人たちは、熱い! 写真を見ているだけでドキドキしてくる。

とはいっても、そもそも鳶というのはどういう職業なのか。曖昧に捉えている人が多いのだろう。「鳶=ドカタ」ではない。そう、初っ端に書いてある。
鳶職人視点では、「ドカタ」とは、地面に近い部分や地下で、穴を掘ったり整地したり、土木工事に携わる人たちのことで、本の中で主に紹介している高層建築の工事現場では、「土工」や「コンクリート工」のことを指すそうだ。
工事現場にはさまざまな関係者が出入りする。「基礎工事」→「躯体(くたい)工事」→「電気設備工事」→「内装仕上げ工事」→「外構工事」と進む工程の中で、だれよりも先に現場に入って柵や鉄骨を組む人たち、それが、鳶職人だ。仕事内容の凄まじさからなのか、高いところで作業をするせいなのか、「神に近い存在」と言われているそうだ。昔の火消しに端を発する地域密着型の「町鳶(まちとび)」も鳶だが、著者は高層建築の現場でゼネコンに雇われて働く「野帳場(のちょうば)鳶」という鳶らしい。

カバーを見ているだけで高所恐怖症の人にはお勧めできないふんわり感。数多くの写真が収録されているが、そりゃドキドキするわけだ。なにしろ宙に浮いている。例えば見開きで掲載された写真の下にはこんな説明が。

『地上約100メートルでの梁の取付作業』
後ろに見えているのは皇居のお堀。車がまるで、おもちゃのミニカーに見える。

これはもしや最近リニューアルした大手町界隈の某ホテルかな、などなどと想像をめぐらせるのも愉しいところ。にしても、た、高い! さすが、「鳶」と言われるだけのことはある。タカ目タカ科、ピーヒョロロと跳び上がる猛禽鳥類、トビ(トンビとも)。

当たり前ながら、現場はひたすら安全第一。高所での作業は、墜落防止のために必ず、安全帯という、先にフックがついていて「命綱」をかけるベルトを常に体に付ける義務があるし、ものを落とさないように細心の注意を払う。なにかものを落とすということは、誰かに当たって怪我をさせることとイコールなのだ。

著者の多胡さんが仕事を始めて間もない頃のこと。高さに対して恐怖を感じず、自分は絶対に落ちないという根拠のない自信から、命綱をつけずに作業をしていたそうだ。聞くだに肝が冷えてくるが、そんなある時鉄骨の上から上司が思い切り彼を蹴り落とす! 

死んだ、と思ったその瞬間――自分が知らない間に命綱はかけられており、宙ぶらりんに。「お前、わしが今、安全帯かけてやらんかったら、死んでたなあ」とその上司には言われたそうな。
上司は、見かねて実力行使に及んだのだろうけれど、この問答無用ぶりが熱い! 

ついでにこの多胡さんのキャラも相当に熱い。1976年に大阪に生まれ、高校を卒業するも、バイク事故で「半身不随覚悟」と医者が伝える大怪我を負う。なんとかリハビリを経て復活し、「バイト、こーへん?」と声をかけてきた友人に誘われて鳶の現場へ。15歳の頃に梅田スカイビルの工事を見て憧れていた職業だと知り、そのまま鳶になる。仕事が性に合っていたのだろう、1998年から翌年にかけて、鳶の制服かつトレードマーク、ニッカボッカの姿のままヨーロッパへバックパックの旅に出かける(足下は寒くなければ足袋だったそう)。帰国後に東京スカイツリー建設の噂を聞き、「鳶をやっているからには世界一に」と上京し、2003年から実際に東京スカイツリーの現場で働くことに(鳶の花形!)。ちなみに、上空数百メートルでの作業中に東日本大震災に遭遇……(またまた肝が冷える)。明るくて結果オーライなこの人は、鳶界でも人気者なのではなかろうか。

写真で見るとお似合いなニッカボッカ、と一般には呼ばれるダボダボズボンは、職人の間では「七分(しちぶ)」と言うそうな。この「七分」に、足裏にゴム底のついた地下足袋、手甲シャツ、加えて手首に手甲を巻き、首筋のエリを立てれば、これぞ鳶の正装なり。
私事だが、出社途中、ここ2ヶ月ほど何度か見かけている3人組の七分メンズは、ハッとするほどお洒落だ。この本の定義では鳶と思われる。遠目だったが、花柄が一部入っているような七分を履いていて、3人で色まで合わせていることもあった。七分の着こなしに自信を持って歩いているのが颯爽としていてかっこ良かった。この本を手に取ったのはそういうわけなのだが、いやはや、鳶ってこういう人だったのね。

この他にも、打ち上げでの腕相撲にけんか、資格をとって一人前になるまでの苦労、などなど職人の世界は毎日いろいろとありそうだ。現場でのぶつかり合いもしっかりあるらしい。一方で、宇宙飛行士もそうだが、極限状態の危険な現場はチームワークがすべて、仲間への思いについても書かれており、おそらく本を書くことになったのも、そのためではなかろうか。

実際に多胡さんの身の回りでも、事故は起きている。それでも、どこか読んでいて爽快な気持ちになるのは、青空を背景に自在に動く軽やかさと、この人が面白さを感じながら使命感を持って、命の危険と向き合っているからなんだろう。

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