『愛を科学で測った男』 愛情と孤独のあいだ

高村 和久2014年07月09日 印刷向け表示
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愛を科学で測った男―異端の心理学者ハリー・ハーロウとサル実験の真実
作者:デボラ ブラム(著)
出版社:白揚社
発売日:2014-06-26
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本書は、サルによる実験を通じて「愛情」の研究を行ったハリー・ハーロウ教授の伝記である。

著者は、「霊長類を動物実験として用いることについての倫理問題」を論じた連載でピュリッツアー賞を受賞し、当初はハーロウ教授が行った実験について批判的であった人だ。しかし、その後、「育児放棄」の破壊的な影響について連載した際に考え直す。

結局のところ、これはハリー・ハーロウの業績だわ。

本書の表紙は、有名な「代理母」研究におけえる写真だ。布が貼られた人形を“母親”だと思い、しがみついている赤ちゃんサルは、あまりに印象的で切ない。実際には、単なる「布おむつ」であっても同じ結果が得られる実験だった。しかし、ハーロウ教授は、頭と顔が必要だと言った。人にとってなにかリアルな物を付加し、愛情について考えて欲しかったのだ。

今となっては信じられない話だが、1950年代当時は、母親と子どもは「授乳のみで結びついた関係」であり、赤ちゃんは、母親を愛したり、必要としたりはしていないというのが通説であった。むしろ、抱きしめたり愛撫しすぎたりすると、「軟弱で、引っ込み思案で、怖がりで、警戒心の強い、劣った子どもになる」と言われていた。ハーロウの「代理母」の研究は、それを覆した。母親と子どもの絆が、その後の成長に決定的な影響を与えていることを完璧に示したのだ。

なぜ、「赤ちゃんは隔離するべき」というアイデアが強固な説だったのだろうか?医学的には、感染を防ぐ意味があった。1915年の調査においては、10施設中、一つを除いてすべての孤児院で、収容された子ども全員が2歳までに死亡していた。コレラやジフテリア、腸チフス、猩紅熱などが蔓延し、抗生物質やワクチン等はまだなかった。一般家庭においても、25%以上が5歳未満で死亡していた。子どもに近づきすぎないことが奨励された。両親はそれまで小さな子どもと同じ部屋やベッドで寝ていたが、別室で寝かせるようになった。さらに、この状況を、「過剰な愛情は有害」とする心理学の通説がサポートした。

これに反対する学者もいた。ボウルビーは、赤ちゃんは親がそばにいることを欲しており、愛し愛される必要があるという「愛着理論」を述べたが、アンナ・フロイトの怒りを買い、学会から追放されてしまった。

本書の主人公である若きハーロウがウィスコンシン大学の先生になり、初めて受け入れた大学院生のマズローと共に、近所の動物園のオランウータンの研究を始めたのは、このような時代であった。カエルの研究で傷心した(「カエルが一番バカだと科学者が発見」と新聞に揶揄された)後の、オランウータンとの出会いであった。

本書はここから、霊長類研究所を作り、サルの繁殖センターを作り、代理母の研究から隔離実験へ進んでいくハーロウを描く。

愛を研究するなら、あらゆる側面を研究しなければならない。

それは「愛情の研究」から「喪失の研究」への必然的な流れであった。代理母の実験を通じては、完全に守られているという安心感が、思い切った関係の拡大の連鎖に繋がることを見た。その一方で、「邪悪な代理母」の実験でも実現できなかった真の抑うつ状態、「人生がやりきれないというような麻痺した感覚」を引き起こす、絶望の淵と呼ばれる装置を開発する。

思い出してほしい。虐待されるサルの一匹一匹の背後には、それぞれ100万人もの虐待されている子どもがいる。

著者は、最初に本書のアイデアを思いついたとき、すぐに却下しようとするのをかろうじて思いとどまったという。そこには動物実験の可否と言う倫理的な問題がつきまとった。

どうしてそんなことをしたの?

ハーロウ教授の同僚や友人は、以前に批判的な本を書いた著者に言った。「あなたの本は大嫌いだし、あなたのことは気に入らない。だけど、彼については教えてあげたい」

貧相な身なり、仕事中毒で、チェーンスモーカーでアルコール中毒、駄洒落を連発し、離婚し、再婚し、死別し、深刻なうつ病になり、詩を書き、性差別等の挑発的な発言で多くの物議を醸した教授は、著者にとってあまりにもリアルで、心の中で会話できるほどになった。

どうしてそんなことをしたの?

どうしてそんなことを言ったの?ハリー。

「代理母」の実験において、小さなサルは何度も、何度も、繰りかえし、繰りかえし、観察している大学院生が全員寝てしまうまで、“母親”を見るためにパネルを開け続けた。ある実験などでは、19時間ぶっ通しで窓を開け続けた。赤ちゃんザルがあまりにも母親を見ることに固執したため、その実験用の箱は「ラブ・マシーン」と名づけられた。

サルが教えてくれたことがあるとすれば、生き方を学ぶ前に愛し方を学ばなければならないということだ。

私の話に耳を傾けなさい。大切なことを話しているのだから。

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