『エピジェネティクス』を理解するために パート1 サイエンス通信番外編

青木 薫2014年08月28日 印刷向け表示
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今月の「青木薫のサイエンス通信」は番外編でお送りいたします。仲野徹の『エピジェネティクス』を読んだ青木さん、自身のFacebookに書かれていた感想があまりにも面白かったため、そのまま掲載してみます。全3回に渡る連載の第1回目は、エピジェネティクス関連の書籍について。

エピジェネティクス――新しい生命像をえがく (岩波新書)
作者:仲野 徹
出版社:岩波書店
発売日:2014-05-21
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仲野徹さんが、岩波新書の一冊として『エピジェネティクス』という本を出されたので、その紹介をしてみたいと思います。とはいえ、「この本にはこんなことが書いてあります」という話をするのではなく、むしろ同じ分野の本を何冊かまとめてご紹介しながら、何か見通しが得られるような路線で書いてみたいな、と思うんです。

購読している大好きな雑誌、『ニューヨーカー』のブックレビューはそういうスタイルの記事が多いんです。で、そんなふうにやってみたいなぁ~と思ったんです。何より、そのほうが、仲野さんの本の特徴や位置付けも、よりはっきりと見えてくると思うのですよね。

さて、エピジェネティクスは、生物学の現場ではもう20年とか30年位も前からバリバリと研究されてきた分野ですが、近年、いよいよ、現場として先端と言うだけでなく、「みんなの常識」の領分に入ってきたように思います。エピジェネティクスは、心理学や脳科学という、大変人気のあるテーマに密接に関わっていますし、病気の原因や、その治療法というテーマにも、今やはずせないトピックとなっています。そのため、タイトルに「エピジェネティクス」と銘打った本だけでなく、え、ここにも? あそこにも? というぐらい、いたるところにエピジェネティクスが顔を出すようになってきました。

みなさん、「二重螺旋」とか「塩基配列」とかいう言葉を聞けば、だいたい何の話をしているかぐらいはわかりますよね。それと同様に、今や「DNAのメチル化」とか「ヒストン修飾」とかいう言葉を聞いて、だいたい何の話をしているわかり、よそのイメージが持てるほうが良い、っていうフェーズになってきていると思うんです。

というわけで、今、「DNAのメチル化」と言われて頭が真っ白になった、そこのあなた、とりあえず何か一冊読んだほうがいいです。

そこでまずお勧めしたいのが、岩波科学ライブラリーの一冊、佐々木裕之著『エピジェネティクス入門 三毛猫の模様はどう決まるのか』です。

著者の佐々木さんは国立遺伝学研究所教授(刊行当時)で、まだ院生かそのぐらいだったときにエピジェネティクスに出会い、それからずっとこの分野の研究に取り組んできた人です。だもんで、行間から、「若いうちに面白い分野に出会えてよかった~」という気持ちがにじみ出ているように思います。朝顔の絞り模様や、猫の毛色から話がはじまっているので、江戸の園芸に興味のある人や、猫好きの人には入りやすいしれません。

何より驚くべきは、本文はわずか90ページほどしかないいうことです!そんなわずかな分量の中に、厳選された題材が、優しい言葉で語られているのです。厳選されているから、この本に出てくるような話題は、エピジェネティクスを扱った本なら、どれにでも出てきますよ。基本のキですね。どなたにでもお勧めできる、最初の一冊に好適な本です。

しかし、「もっと広く、そして、もっと”深く”書いてもらったほうが、結局、内容が頭に残るんだよね~」という向きもいらっしゃることでしょう。そういう人にオススメしたいのが、講談社ブルーバックスの太田邦史著『エピゲノムと生命』です。

エピゲノムと生命 (ブルーバックス)
作者:太田 邦史
出版社:講談社
発売日:2013-08-21
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この著者は破格の書き手ですね、ええ。東京大学大学院総合文化研究科教授で、専門は分子生物学、遺伝学、合成生物学、ということになってるんですが、なにせ教養の幅が広い。語りがうまい。さらに、バイオベンチャーの分野でも大きな成功を収めているという人で、本書の中で創薬関連の話題などがちらほら出てくるんですが、その背後にはベンチャーのホットの現場が広がっているんだろうなぁ~と、私などにも感じられて、キュキュっと好奇心をそそられます。

なんといっても、書き出しが『源氏物語』からの引用なのですよ~~。これにはわたくし、ハートを鷲掴みにされましたね。引用されているシーンは、光源氏が政敵である右大臣家のパーティーに遅れて登場するところ。それも単に遅刻するだけではありません。みんなは地味な背広上下を着ているような状況のところに、アルマーニのスーツで、胸にバラの花を刺して登場、みたいなマネをするわけです(アルマーニというのは、あくまでも、ものの例えですが)。

しかも光源氏といえば、自他共に認める絶世のイケメンですからね。もう、まずいよマズイ、これはまずい、と。ハラハラどきどき、ハートを鷲掴みにされたまま、一気に最後まで読んでしまえます。

とはいえ、それで一気に最後まで読めるのは、ちゃんと化学(とくに有機化学)を勉強して、大学は理系学部に進もうと思っている高校生か、理・工・農・医あたりの学部生以上だと思います。ええ、正直なところ、有機化学、細胞生物学あたりのレベルが、かなり高いんです。相当高いです。エピジェネティクスを知るという目標を、階段を上るというプロセスにたとえるなら、いきなり階段の五段目から始まるようなものです(これに関して言えば、仲野さんの本も同じく五段目からです)。

理系を自認する人ならば、たとえ有機化学や細胞生物学には少々疎くとも、えいやっと腹筋に力を入れて、一気に五段目にまでジャンプして飛び上がることも可能でしょう。でも、「自分は、ちょっとそれはムリ……」という人も少なくないに違いありません。

そんな「ちょっとムリ」なあなたに、ぜひともお勧めしたいのが、ダイヤモンド社『エピジェネティクス 操られる遺伝子』(リチャード・C・フランシス著、野中香方子訳)です。

エピジェネティクス操られる遺伝子
作者:リチャード・フランシス
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2011-12-09
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著者のリチャード・フランシスさんは神経生物学と行動学の博士号取得後、科学哲学などの方面でも論文を発表するようになり、現在はサイエンスライターとして活躍しています。欧米にはたまにいるけど、日本にはまだちょっと少ないタイプの書き手ですね。太田さん(や仲野)さんの本で、階段の五段目にジャンプするのはちょっとムリ、という広い範囲の読者のために、じつに配慮の行き届いた、巧みな書き方で、四段目までをきちんと乗らせてくれます。これ、かなり力量のいる作業で、わたしはそれだけでもうなりましたね。

そしてフランシスさんは、科学哲学にも通じているので、たとえばエピジェネティクスの概念史みたいなところも、掘り下げ方が、類書とくらべてぐっと深い。面白いです。さらに、「もぐらタタキのように際限なく浮上する宗教的前成説VSエピジェネティクス」という構図まぜも視野に収めるあたり、うーむ、さすがです。エピジェネティクスと社会や文化といった最先端の問題は押さえておきたいけれど、有機化学の勉強したくない、というそこのあなた。そんなあなたには、この一冊を強くお勧めします。何といっても、野中さんの翻訳が素晴らしく、内容がスパスパと頭に入ります。どなたにも、自信を持ってオススメできる一冊です。

以上で、だいたい準備ができたので、いよいよ、「では、こうした状況の中、仲野さんの本はどう読むのか」という話に入っていきたいと思います。 ※第2回はこちら

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かね@勝どき2014.8.28 12:36

HONZメンバーの仲野さんの本を青木薫さんが紹介するなんて、とても新鮮、いいですね。途中に『だもんで、』って出てきたけれど名古屋弁かぁ久しぶりに聞いた(見た)。直さないでそのまま残しておいてくださいネ。

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