『バーブル・ナーマ 1』by 出口 治明

出口 治明2014年10月11日 印刷向け表示
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バーブル・ナーマ 1: ムガル帝国創設者の回想録 (東洋文庫)
作者:バーブル
出版社:平凡社
発売日:2014-09-10
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間野英二先生の「バーブル・ナーマの研究<3> 訳注」が、松香堂から出版されたのは1998年。初めて読み終えた時の感動は今でも忘れることができない。間違いなく人類が書き残した自伝の最高傑作だと確信したものである。松香堂本は絶版となって久しく、長らく復刊が待ち望まれていたが、ついに東洋文庫から改訂新版が出されることになった。なお、東洋文庫版は3巻に別れている。本書がフェルガーナ(中央アジア)、第2巻はカーブル(アフガニスタン)、第3巻がヒンドゥスターン(インド)となる。早速手に取って初恋の人に再会したような気持ちで頁を開いた。

「バーブル・ナーマ」は、ティムール朝の王子として中央アジアに生まれ、アフガニスタンを経てインドにムガル朝を開いたバーブルの回想録である(ナーマは書の意味)。書き出しは「至高なる神のお恵みにより、(中略)1494年6月9日、私はフェルガーナ地方で、12才で支配者となった」で始まる。続いてフェルガーナの地誌やバーブルの父をはじめとする有力者の人物像や系図が語られる。「バーブル・ナーマ」の特徴の1つとして、当時の政治・経済・社会・文化や地理的状況、特産物などについての簡潔で的確な描写があげられるが、これに匹敵し得るのは、おそらくカエサルの「ガリア戦記」ぐらいではないか。

1497年、バーブルは父祖の都、サマルカンドを領有、征服する。「世界でサマルカンドのようにすばらしい都市は稀である」。しかし相次ぐ戦火によって「サマルカンドは荒廃の極み」にあった。しかも、本拠のアンディジャーンが敵に包囲されたため、バーブルはサマルカンドを100日天下で去らなければならなかった。加えて、アンディジャーンも失ったバーブルは「愚か者は、ここを出て、そこにも入れない」という諺のごとくになった。バーブルの苦難が始まる。付き従うものは、わずか200人~300人であった。2年後、アンディジャーンは回復されるが。

1500年、バーブルは結婚するが、2人はうまくいかない。バーブルはバーブリーという少年に初恋する。「われ、かの人に不思議なほど強く魅せられぬ。かの人に対する想いわが身を焦がし、われを狂気へと駆りたてぬ。」詩人バーブルの何という率直さ。これがバーブルの人間的魅力の最たるものだ。サマルカンドはウズベクのシャイバーニー・ハン(1507年にはティムール朝のもう1つの都ヘラートをも征服してティムール朝を亡ぼす)の手に落ちる。バーブルは急襲によってサマルカンドを再征服するが、戦いに敗れ籠城するものの1501年、姉をシャイバーニー・ハンに与えてサマルカンドを脱出せざるを得なくなる。バーブルの苦難は続く。「われ、わが魂のほか信を置くべき朋を見いだせず。われ、わが心のほか秘を告ぐべき友を見いだせず。」1504年、放浪を重ねたバーブルは「いったいいつまでこのフェルガーナ地方にあてもなく暮らしていなければならないのだろう。いろいろな方面に別の機会を見つけよう」と考え、ホラーサーンをめざして出発する。こうして第1巻は終わる。

バーブル(1483~1530)は、フランス王フランソワ1世(1494~1547)、イングランド王ヘンリー8世(1491~1547)やローマ皇帝カール5世(1500~1558)とほぼ同時代人であった。しかし、他の3人の君主が、このように率直で鋭い観察眼を持つ優れて近代的な自伝を書く能力を有していたかどうかは極めて疑わしい。誰よりも勇猛な軍人であったバーブルの肖像はそのほとんどが書物を手にして描かれている。この時代、経済力のみならず、人間個人の文化的洗練度(成熟度)の面でも実は東風が西風を圧していたのだ。挿絵もすばらしく、また巻末の解題、術語解説などもとても充実している。2巻、3巻の発売が待たれてならない。

出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。  
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