『レオナルド・ダ・ヴィンチ』ダ・ヴィンチ伝の最終決定版

堀内 勉2019年05月06日 印刷向け表示
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レオナルド・ダ・ヴィンチ 上
作者:ウォルター アイザックソン 翻訳:土方 奈美
出版社:文藝春秋
発売日:2019-03-29
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レオナルド・ダ・ヴィンチについては、これまで数多くの本が出版されてきたが、本書は正に、「ダ・ヴィンチ伝の最終決定版」である。

ダ・ヴィンチの作品に焦点を当てたこれまでの評伝とは一線を画し、世界的な伝記作家であるウォルター・アイザックソンが、現存する7,200頁ものダ・ヴィンチの自筆ノートを全て読破した上で、それをベースに執筆している。

日本でも、2005年に開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」で、ビル・ゲイツが所有する「レスター手稿」が一般公開されたが、それを直接見た時の感動は今でも忘れられない。アイザックソンは、ダ・ヴィンチのそうした手稿に直接当たることなく、ダ・ヴィンチの見た夢について、全く見当はずれな後講釈の診断をした心理学者のフロイトのことも手厳しく批判している。

そうした意味で、本書は、スティーブ・ジョブズ、アルバート・アインシュタイン、ベンジャミン・フランクリン、ヘンリー・キッシンジャーなど、これまで数々の優れた評伝を世に送り出してきたアイザックソンとダ・ヴィンチとの、500年の時を隔てた濃密な対話なのである。

アイザックソンはなぜ今、ダ・ヴィンチの評伝を書いたのだろうか。それは、彼がこれまで伝記作家として追い求めてきた創造性(クリエイティビティ)というテーマを、ダ・ヴィンチが最も体現しているからである。そして、我々が生きている現代は、ダ・ヴィンチの生きた時代にそっくりであり、彼から学ぶべきことはとても多いのだという。

ダ・ヴィンチ、コロンブス、グーテンベルクの生きた15世紀は、発明、探求、そして新たな技術によって知識が急速に広がる時代だった。そして、成長著しい商人階級が新たなパトロンとして社会的地位を獲得しようとしていた当時のフィレンツェでは、ルネサンス美術や人文学が花開き、これほどクリエイティビティを刺激する環境は、後にも先にもなかったのである。

そして、当時のフィレンツェは、ダ・ヴィンチのような、非嫡出子で、同性愛者で、菜食主義者で、左利きで、注意散漫で、異端でもあった、いわば社会の枠からはみ出た人物に対しても寛容であり、それが大いなる繁栄の礎になったのである。

そうした環境で育ったダ・ヴィンチは、意外なことに学校教育をほとんど受けておらず、ラテン語や複雑な計算もできなかったが、彼の本当に優れた点は、学校では教えてもらえないような、異なる分野の物事を相互に結びつける能力にあった。

ダ・ヴィンチを敬愛してやまなかったジョブズは、生前、「レオナルドはアートとテクノロジーの両方に美を見いだし、二つを結びつける能力によって天才となった」と語っている。当時も今も、イノベーション、イマジネーション、インスピレーションを生み出す鍵となるのは、芸術、科学、技術、人文学といった異なる領域を結びつける能力であることに変わりはないのである。

ジョブズは、アップルの新製品発表会のクライマックスで、しばしばリベラルアーツとテクノロジーの交差点を示す道路標識のスライドを見せたが、ダ・ヴィンチは正にそうしたアートとサイエンスを結びつける特異なクリエイティビティを持ち、「アートとテクノロジーの交差点」を生きた総合芸術家だったのである。

そして、ダ・ヴィンチはあらゆる芸術の中で、視覚を重視する絵画の優位性を信じていた。真のクリエイティビティには観察と想像を結びつけ、現実と空想の境界をぼかしていく能力が必要であり、その両方を描くのが偉大な画家であると考えていた。そのために、絵画を光学という科学的探究や遠近法という数学的概念と結びつけ、スフマート(ぼかし技法)、陰影、光の反射、柔らかさ、色彩遠近法といった細かな表現技術を駆使したのである。

ダ・ヴィンチが遺した絵画については、本書の表紙にもなっている「モナリザ」が最も有名だが、ひとつの作品を長く手元に置いて何度も手直ししたため、非常に寡作であった。残された絵画数にはいまだ諸説あるが、ダ・ヴィンチ作とされる作品は20点ほどしか現存していない。

青いローブをまとったキリストを描いた「サルバトール・ムンディ(救世主)」が真作と鑑定され、2017年、アメリカのオークションで4億5031万ドル(約510億円)の史上最高値で落札された。落札者はアブダビ文化観光局で、その後、ルーブル・アブダビ美術館で展示されることになっていたが、ダ・ヴィンチの単独作品なのかについて疑義があると伝えられて以降、展示は無期限延期になっている。

そして、ダ・ヴィンチの作品の中で次なる発見として期待されているのが、本書で詳細に語られている「アンギアーリの戦い」である。

1504年、ダ・ヴィンチはフィレンツェ共和国からの依頼を受け、ヴェッキオ宮殿(フィレンツェ政庁舎)の「500人大広間」の壁に「アンギアーリの戦い」を描き始めた。これはダ・ヴィンチ最大の大作であり、軍旗を奪い合う兵士たちや軍馬の衝突が描かれている。彼は本作をフレスコ画ではなく油絵で挑戦し、実験的な手法としてロウを混ぜた下塗りなどを試したが、表面の絵の具が流れ落ちてしまい、結局この壁画を諦めることになった。

同時に、同じ大広間の反対側の壁では、ミケランジェロが「カッシーナの戦い」を構想していた。これは、入浴していた兵士たちが不意打ちを喰らう場面で、下絵は完成したものの、その後、ミケランジェロが教皇の墓を手がけるためにローマへ呼び戻されたため、結局、壁画は制作されなかった。

こうしてダ・ヴィンチとミケランジェロという二人の巨匠の未完成の壁画が同じ部屋に残されることになったのだが、その後、この大広間は改築され、その際に二つの未完成の壁画は共に壁ごと失われたと考えられてきた。

しかしながら、「アンギアーリの戦い」は、その後に描かれた壁画「マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い」の裏に今も隠されているのではないかという新説が唱えられ、調査の結果、2011年には実際に壁画の内側にもうひとつの壁が発見された。そこでダ・ヴィンチのものと思しき顔料も確認され、新発見への期待が大いに盛り上がっている。

絵画以外にも、ダ・ヴィンチは彫刻、建築、音楽、舞台芸術、数学、天文、航空、軍事、人体など様々な分野で功績を残した「万能の天才」であり、その天才性に異論を挟む者はいないだろう。しかしながら、アイザックソンは、ダ・ヴィンチはアインシュタインやニュートンのような神から与えられた超越した頭脳と才能を持った「天才」ではなくて、その素晴らしい業績は、彼の人並み外れた好奇心と徹底した観察力のなせる技だったと言っている。

つまり、ダ・ヴィンチの天才性は、常人にも理解できる範囲のものであるし、努力さえすればある程度は誰にでも学習できるということを、繰り返し強調している。そして、ダ・ヴィンチを天才たらしめたあくなき好奇心や進取の気性は、与えられた知識を受け入れるだけでなく、積極的に疑問を抱くこと、想像力を働かせること、人と違った発想をすることの大切さを、今を生きる我々に教えてくれるのである。

本書については、レオナルド・ディカプリオ主演で映画化が決まっている。そもそもディカプリオがレオナルドと命名されたのは、彼の母親が妊娠中にフィレンツェの美術館でダ・ヴィンチの絵を鑑賞していたときに、赤ん坊がお腹を蹴ったからだそうだ。また、ディカプリオという名字も、元々は「カプリ島の」という意味で、ダ・ヴィンチの「ヴィンチ村の」という呼び方と相通じるものがある。

そして、本書にも繰り返し出てくるが、ダ・ヴィンチは稀に見る美男子だったらしい。豊かな金髪の巻き毛をたたえ、体格が良く、身のこなしも優雅で、色鮮やかな装いで街を歩く姿や馬に乗る姿は美しく、またとても人付き合いが良く、誰からも愛されたそうだ。そうしたダ・ヴィンチをディカプリオがどこまで演じ切れるか、こちらも今から楽しみである。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 下
作者:ウォルター アイザックソン 翻訳:土方 奈美
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