『レオナルド・ダ・ヴィンチ』傑人が残した「メモ」から思考の中身を垣間見る

2019年6月15日 印刷向け表示
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レオナルド・ダ・ヴィンチ 上

作者:ウォルター アイザックソン 翻訳:土方 奈美
出版社:文藝春秋
発売日:2019-03-29
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アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズの伝記が世界的なベストセラーとなり、一躍脚光を浴びた伝記作家、ウォルター・アイザックソンの新刊である。

なぜ今、レオナルド・ダ・ヴィンチの伝記を書こうとしたのか。それは、科学と芸術、人文学と技術といった異なる領域を結びつける能力こそが真のイノベーションのカギとなるという、アイザックソンが一貫して追い求めたテーマを最も深く体現しているのが、レオナルド・ダ・ヴィンチだからである。

またレオナルド、グーテンベルク、コロンブスが生きた15世紀は、発明、探求、新たな技術によって知識が「拡散」する時代だった。それは私たちが身を置く現代と類似している点も見逃せない。

本書の際立った特徴は、レオナルドの代表作である20点あまりの絵画を物語の中心に据えるのではなく、7200ページに及ぶ彼の「メモ」を元に書かれた点だ。

メモの中身は多彩だ。買い物リスト、やることリスト、科学的な探求、人体解剖のスケッチといった内容が、びっしりと書き込まれていた。その分量と内容の濃さから、レオナルドの頭の中の一端をのぞき込むことができる。

膨大なメモの中でも特に目を引くのが、鋭い観察眼、旺盛な好奇心、実験による検証、通説や常識を疑う姿勢だ。レオナルドは鋭い観察眼で事実を見抜き、それが通説と異なる場合、何度も実験を繰り返して検証し、理論を導き出した。このような経験主義的なアプローチは、レオナルド生誕年の112年後に生まれたガリレオ・ガリレイが祖といわれている。この点をとっても、レオナルドの知性の輝きを見ることができる。

レオナルドは解剖学にも熱中しており、加齢による動脈硬化発生のメカニズムを史上初めて説明した人物だ。

さらに重要なのは、心臓の大動脈弁のメカニズムを完全に理解していた点だ。なんと1960年代までは、心臓学者の間ですら大動脈弁の仕組みが正しく理解されていなかったという。ではなぜ、レオナルドが何世紀も前に解明した医学的知識がその後、忘れ去られたのか。それはレオナルドがメモに残したさまざまな実験結果を論文にして発表すると明言したものの、ひとつとして完成させられなかったからだ。彼の仕事の遅さは有名だったのだ。

レオナルドは注意散漫で移り気な性格だった。彼は論文の執筆や絵画を完成させることよりも、好奇心の赴くままに、実験や観察を続けることに関心があった。有力な人物の依頼であっても、興味のない絵画を描くことはなかったという。

そのために作品や論文にならなかった多くの「発見」を、個人的なメモとして残した。これは後世の人間から見れば損失と感じるかもしれない。だが、鑑賞者の視点によって揺れ動くように見える『モナ・リザ』の微笑みは、解剖学から得た筋肉の知識、網膜の仕組み、光学などを駆使して描かれているのだ。

興味のない作品制作の依頼は大金を積まれても引き受けず、探究心を満たし続けた姿勢こそが、芸術と科学という異分野をつなぎ、後世に残る偉大な仕事へと結びついているのだと著者は喝破する。

※週刊東洋経済 2019年6月15日号

レオナルド・ダ・ヴィンチ 下

作者:ウォルター アイザックソン 翻訳:土方 奈美
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