突き放した視点で見る宗教、発想が変わる『教養としての宗教入門』 基礎から学べる信仰と文化

山本 尚毅2015年01月26日 印刷向け表示
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フランスの風刺週刊紙「シャルリ・エブド」 の襲撃事件、1年あまりで国家に近い体制を築いた「イスラム国」、そして日本人2人が人質となった事件、2つの旬なイシューは国際政治や経済の問題であると同時に、宗教から見つめることができる。そのための浅く広い基礎知識と斬新な見方が本書にあると言っても過言ではない。 

教養としての宗教入門 - 基礎から学べる信仰と文化 (中公新書)
作者:中村 圭志
出版社:中央公論新社
発売日:2014-11-21
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「宗教」という言葉の起源は西欧語"religion"を翻訳語で、中国語や韓国語の「宗教」は日本からの逆輸入・再輸入である。従って"religion"の概念的なモデルは、一神教の意味合いが強い。東アジアは神道、儒教、道教、仏教、自然信仰と、あらゆる宗教がチャンポン状態になっており、どれが主力とも言えない関係にある。多神教と呼ばれる由縁であるが、これらの全体を総括として、"religion"と呼ぶのか、一つ一つを"religion"とするか、これは未だ学問的に解決していない問題である。

外国からは日本人は無宗教だ、宗教を持たないと揶揄されるが、自覚を大切にするキリスト教の教理をモノサシにするからである。どれかひとつの宗教に排他的に打ち込むことは、一神教の世界では大事なことかもしれないが、日本を含む東ユーラシアの多神教世界ではそれほどでもないと言える。

一神教と多神教、世界の主な宗教の解説はざっくりと本書でもチャートや系統図を利用して、丁寧に説明されている。大雑把に捉えれば、一神教は「神(唯一神)とはなんであろうか?神の正義とは何であろうか?人間にとって神の救いとは何であろうか?」と探究し続けるゲームであり、多神教である仏教徒は「悟りとは何か?それはどのようにしたら達成されるのか?自分の現在の境地はどの程度のものか?」と探究するゲームである。

宗教の参加レベルは十人十色、それを本書では信仰の濃い薄いというレベル別で捉えている。これが非常に面白い。まず、薄いものは浅い文化的習慣としての宗教である。例えば、毎週日曜に教会に通ったり、アメリカの大統領が就任の際に聖書に手を宛てて宣誓したり、クリスマスを祝ったりすることだ。これらは宗教的な思考と習慣の総体であり、文化の共通語彙として地域や民族社会を覆っている。ただし、長い歴史のなかで淘汰され生き残ってきたものであり、どこまでが宗教のシステムで、どこまでが世俗のシステムかの区別は難しい。

一方で、濃い宗教は信仰という形で、個人が深く想い入れるレベルのものを指す。こちらは少数派であり、神仏や霊や救いや悟りの世界に深く耽溺している。病気や家庭不和などの人生の苦難に直面した個人が、救いや希望を求めて、信仰を深めていく。濃い宗教は人生の深い洞察を得るための道具になる。しかし誤った道に向かい、馬鹿げた霊感商法やカルトに堕することもある。宗教は馬鹿と鋏と同様に、「使いよう」ということになる。

信仰に濃薄はあれど、どちらにも共通しているのは、戒律と儀礼という仕掛けを持つことだ。ライフスタイルや身体の動作に関わり、個人の生活に習慣として根付いている。余談ではあるが、日本人の夏の国民行事であるラジオ体操、ブラジル・サンパウロの公園ではラヂオ・タイッソの碑が立っている。世俗的な行事も異民族国家ではエスニックな象徴的行事の地位を獲得し、さながら宗教の行事のようになっているようだ。

宗教は戒律や儀礼により、長い時間をかけて人々の生活に浸透してきた。しかしながら昨今、テクノロジーや科学がテコとなり、猛烈に変化する時代に追いつけず、宗教の輪郭はぼやけ、地位は下がっている。宗教は元来、人と人とのゆっくりと時間をかけた付き合いのようなものを前提にしているため、小刻みなタイムスケジュールをこなしながら、隙間時間を利用して膨大なタスクをこなす現代の社会システムとはかけ離れている。そして宗教家でさえ、資本主義の原理と新たに登場するテクノロジーの世界に生きざるを得ない。

そして、宗教的世界を防衛しようとすれば、多かれ少なかれ閉鎖的になり、思想の面で閉じれば「原理主義」になり、空間的に閉じればカルトになる。さらに「攻撃が最大の防御」へと転じれば、ミサイルや化学兵器で武装する教団になる。彼らの矛盾は、他の点ではまったく保守的であろうとするのに、インターネットや兵器などのテクノロジーの利用は、先進的であることだ。宗教も資本主義の原理とテクノロジーのイノベーションからは逃れられないのだ。これは「イスラム国」で起こっていることとも重なりあうだろう。

宗教は長い歴史をたどれば、数多くの失敗を繰り返している。ハンセン病患者を差別し、女性を差別し、他宗教を迫害し、ときには戦争をするなど、無数の宗教的迷妄がある。しかし発想を転換すれば、私たちは失敗のアーカイブスとして、宗教を知的資産として活かすことができる。このように宗教を少し突き放した視点から見ることで、発想を転換できると著者は期待している。

時計の針を戻せば、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロや、1995年に起こったオウム真理教の地下鉄サリン事件のような衝撃的な事件にも宗教の影があった。ニュースにならなくとも、世界中で日夜起こっている宗教の対立が起因となった小競り合いや争いごとも起こっている。混沌とした現代社会の情勢を理解するために、宗教の基礎知識は教養として必須になる。今こそ本書を読むタイミング、万人におすすめできる一冊だ。
 

科学と宗教 (サイエンス・パレット)
作者:Thomas Dixon
出版社:丸善出版
発売日:2013-09-26
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宗教を生みだす本能―進化論からみたヒトと信仰
作者:ニコラス・ウェイド
出版社:エヌティティ出版
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イスラーム国の衝撃 (文春新書)
作者:池内 恵
出版社:文藝春秋
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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