いずれは我が身か? 『本で床は抜けるのか』

峰尾 健一2015年03月19日 印刷向け表示
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本で床は抜けるのか
作者:西牟田 靖
出版社:本の雑誌社
発売日:2015-03-05
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木造二階建てアパートの二階にある4畳半の部屋に仕事場を移したところ、畳がすべて本で埋まってしまった。

この一文から本書は始まる。移した蔵書の数は「少なくとも1000冊以上、2000冊以下」とのこと。ちなみに築年数は50年で、下見の段階で押し入れの床からはメリメリと板が裂ける音が。引っ越し終了後、自宅へ帰るバンの中で「もっと慎重に物件を選べば良かった」と後悔する著者。まあ思うところは色々あるが、とりあえず読み進めていくとする。

ひょっとすると床が抜けるのではないか。一抹の不安に襲われた著者はSNSに「現場」の写真を載せ、広く意見を求める。結論は出なかったが、この問題に興味を持った著者はさらに、「床抜け」経験者やその話を聞いた人はいないか情報を募った。すると、「2階の部屋の床は抜きました」「父の兄の嫁さんがぶち抜きました」などなど書き込みが相次ぐ。

著者はノンフィクションライターである。自分の部屋の顛末と他人の蔵書問題を取材した様子を書いていくということで、たちまち連載が開始された。不定期ながら足かけ2年以上に渡るその内容をまとめたのが本書だ。

実際に床が抜けたらどうなるのか。本書には色々なケースが出てくるが、中でも悲惨なものは本当に笑えない。

5000~6000冊を所有していた小山さん(仮名)。地震をきっかけに部屋の床が抜けた結果、何百万という弁済金を大家に支払って退去を余儀なくされたという。著者との電話でのやりとりを見るだけでも、そのショックは察するに余りある。

「お聞きして疑問に思ったことがあります。例えば弁済金の具体的な額ですが……(以下略)」

「……」
「もしもし」
「……この話そろそろやめてもいいですか。名前? 匿名にしてくれれば何を書いてもいいです。 ……ガチャ」

とはいえこんな事故はそう頻繁に起こるものでもないので、床抜け話は全体の一部に過ぎない。本書の大部分を占めるのは、床抜けよりも前の段階(という言い方も変だが)、蔵書に関するあれこれである。

本との格闘という意味でいえば、ズバ抜けているのが2008年に亡くなった評論家の草森紳一さんだ。その生活環境は、まさに異空間。「2DKに約3万冊」、「まったく本が置かれていない場所は浴室のみ」、「カニ歩きでしか移動できない」と言われても、文章としては分かるが、頭の中で像が結ばれない。そんな状況のため、亡くなった時にもひと騒動あったそうだ。

部屋には所せましと本が積み重ねられており、遺体はその合間に横たわっていた。あまりの本の多さに、安否を確認しに訪れた編集者でさえ、初日は姿を見つけることができなかった、という。
(『読売新聞』2008年7月30日付)

これぞ、本好き冥利に尽きる、すさまじい死に方。

本書はこうした蔵書に関する逸話が盛りだくさんで、単純に読み物として面白い。立花隆さんや故・井上ひさしさんなど10万、20万という規格外の蔵書を持つ巨人たちや、18万冊ものマンガを所蔵する「館」など、そのスケールには圧倒されるばかりだ。

結局ぶっとんだ話ばかりなのかと思いきや、そんなことはない。蔵書問題に苦しむ本好きにとって、身近な話もしっかり書かれている。

例えば「電子化するか否か」問題。蔵書のほとんどをデータ化または処分したノンフィクション作家の武田徹さんや『困ってるひと』著者の大野更紗さんといった作家さんに加え、自炊業者にまで取材の手を広げて、電子化の長短を探っていく。

武田さんと大野さんは自炊や電子書籍を合わせて数千冊をデータ化した電子化の大先輩だが、紙の方が読みやすいという意見で一致していたのは印象的だった。他にも「背表紙が見えないと読まなくなる」「洋書は辞書を使える分電子が良い」「電子化や処分は一気にやり過ぎると後悔する」など経験に裏打ちされた教訓もちりばめられているので、蔵書スペースに頭を悩ます人にとって参考になる部分は少なくないだろう。

さて、各方面への取材を通して床抜け問題や蔵書問題を幅広く考えてきた著者だが、その身に突然危機が訪れる。とはいっても床が抜けたわけでもない、蔵書が散乱したわけでもない。

簡単に言うと、積み重なった本の山よりも先に、夫婦関係が崩壊してしまったのだ。床抜けや倒れてくる本の山など色々な危機が描かれる本書だが、正直この最終章の部分が一番リアルでスリリングだ。家庭を持つ人にとっては、「家族の理解」こそが蔵書問題の要諦なのかもしれない。僕も将来が少し不安になった。一部始終は是非本書を読んで確かめてほしい。

手に負えなくなった蔵書の山。人によって規模は違えど、どんな山も何らかの物語をまとっている。それは持ち主の歩んできた知的探求の道程であると同時に、増殖する本と限られたスペースとの間で繰り返された格闘の軌跡でもある。

本書に詰まった幾通りもの蔵書物語には、夢や哀しみや諦めがつきまとっている。それらを読んでいくうちに、自分自身の物語にも自然と思いが馳せられるはずだ。比較するのもおこがましいが、自分も積読タワーに居場所を奪われる1人として、そこに向き合う勇気をもらった気がする。

蔵書で圧迫されていた心に少しスペースが空くような本書、HONZ読者の方々に是非オススメしたい。
 

本の雑誌381号
作者:
出版社:本の雑誌社
発売日:2015-02-11
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今号の特集は、その名も「本を処分する100の方法!」。
 

随筆 本が崩れる (文春新書)
作者:草森 紳一
出版社:文藝春秋
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タイトルからしてすごい。
 

捨てる女
作者:内澤 旬子
出版社:本の雑誌社
発売日:2013-11-20
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著者は内澤旬子さんにも取材している。仲野徹のレビューはこちら

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森崎 俊朗2015.3.20 12:26

こういう人たち専用の集合住宅を創ったら需要あるようなw 真ん中辺りに私設共同図書館できたり(笑)

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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